No.4

「もう、私何か食べたかったのに」


「ははは、でも異世界でも食事はあるから大丈夫だろ」


「そう言うのじゃなくて!」


 小奈美と仁は無法エリアに入ったところで軽く言い争っていた。

 その一方で幸江と武士は親であるかのようにその光景を見守っている。


「ところで幸江はどんなアバターにしたんだ、やっぱり岸○メルさんのようなかわいらしい女の子のイメージか?」


「ちっ、違うわよ。確かに好きだけど、どうせなるならやっぱ夢って持たなきゃダメじゃない?」


「おう、それは俺とも意見が合うな」


「まああなたはそのゴリラ体系をどうにかしたいでしょうしね」


「ゴリラいうなし」


 お互いの詮索を掛けてみるが、恥ずかしいのかやはりあまり口にしようとしない。

 どうせ異世界で会うことになるのだが、やはりお預けなのだろうか。


「あなたたちはどんな感じにしたの?」


 幸江は言い争っている二人に声を掛ける。


「へっ?私は普通かなあ」


「俺はスーパーイケメンにしたぜ」


 何とも曖昧な回答である。

 聞くだけ無駄だったと判断し、幸江は横に首を振った。


「ところでおぬし達、このエリアに入ったからには並ばないといけないぞ。そろそろ言い争っている時間ではないが」


「はっ、そういえばそうか。急がないと」


「おう、行かねえといけねえな」


 鶴の一声如く、武士の言葉は三人を行動に導いた。

 この四人は同時に申し込んだため、順番も連続であり時間も同じだ。


 なのでしっかりしている人が一人いればなんとかなるものだが、そこはさすが武士と言ったところか、彼がその役目を担った。


 この世界で過ごせる最後の日だというのに、何とも慌ただしい一日である。

 彼らは息が切れるくらいに走ると、急いですでに並んでいる順番の中に潜り込んで自分たちの居場所を探すのだった。


 機械はとてもシンプルだった。

 円柱型の筒が何本もそこに置いてあるだけで、中の様子は全くうかがえないものだ。きっと転生するための設備はこの地下にあるのだろうが、どうにもこの円柱だけが地上に現れていると少し不安になってしまう。


「うう、今更だけど怖くなってきちゃった」


「大丈夫だ、俺も怖い」


「それ、大丈夫じゃ無いじゃない」


 不安がる気持ちは誰にだってあるだろう。なにせ転生したところで結果がこちらから見えることはない。未だに本当に異世界を作ったなんて信じられるものではないし、ましてやそれがゲームの世界だとも思えない。


 一切の不安がないという方が珍しいだろう。


「そういう幸江は大丈夫なのか?」


「その二人よりは比較的安定しているわ」


「まあ俺も大丈夫だ、ハッハッハ」


 笑いをかます武士、まるでドン○ーコングであるかのよう。

 すでに携帯などは捨ててしまったので、話す以外に暇を潰すことは出来ないが、転生は着々と進んでおり、足は二分間隔ごとにゆっくりと動いていた。


 しかし緊張からか、不安からか時が過ぎるのはもの凄く早かった。その足は気がつけばもう目の前にあるほどで、もうまもなく呼ばれる距離にある。


 これまで何を話したかはそんなに覚えてない。この世界での思い出を語っていたかも知れないし、別れを告げた家族のことを思い出していたかも知れない。思えば思うほどその時間は足りなくなっていたのだろう。


 なんにせよもう会えなくなる。それだけは確実だったのだから。


「それでは次のグループの方、前へ進んでください」


 案内人がまとまった集団を呼ぶ。

 その中に含まれていた自分たちは指し示されるがままに歩み始めた。


「それじゃ、後でな」


 最初に、いや最後の最初に声を掛けたのは仁だ。

 この世界に戻れなくなるというのに少し気楽である。


「はい、はい、じゃあね」


「うん、またあとで」


 女子二人も顔で挨拶を交わしながらそれぞれの場所へ向かう。


「おっしゃ、行くぞ異世界!」


 そんな別れを惜しむ声と別に、武士だけはもの凄く張り切っていた。

 それぞれの機械の横に立つ人に自分のデータの確認をされ、了承をする。


 そしてカプセル型の機械に入り込む。


 中は思ったほど窮屈ではないが、横に腕を伸ばすことは出来ないし、特に見れる場所もない。

 天井と床だけが少し変わっているが、本当にこれで行けるのかやはり心配だ。


 そんなことを考えながら目の前に電子パネルが現れる。


 先ほど設定したアバターやユーザーネームなど、いくつかの確認事項をして『はい』のところを押し続ける。


 そうして私たちのこの世界での人生は終わりを告げたのである。

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