000.4 ブルーカラー

 


 人が増えすぎた。

 ともかく……そういうことで、人間を間引かなきゃならんわけさ。

 で、俺のような人喰いがたくさん出てきたと。

 どこから?

 そうさな、あのへんかな。



「身の上話はもういいよ」

 女子高生はヨネックスのラケットケースを肩からぶらぶらさせながら、懐かしげに白昼の薄っぺらい月を見上げる怪物のほうを振り向いた。

「そっちが聞いたのに……」

 青いツナギを着込んだ怪物は青年で、人を食べる。

 あと、顔が無かった。


 そこが好ましかった。

 だから朝、通学路のゴミ捨て場に粗大ゴミみたいになって捨てられていた黒いポリ袋の中の一介の死体でしかなかった怪物がゆっくりと再生していくのを黙って見守っていたし、野良ネコやカラスがついばみに来るのを追い払ったりもした。

 それでも粘膜にたかろうとする蠅の一匹一匹や、彼らの努力の結晶として表現された蛆、血が通い出したころを見計らってたむろするようになったヤブ蚊、その他こまかい甲虫などをまでどうにかする余力はなく、「大丈夫?」「かゆい」「バルサン焚こうか」「俺も死ぬかな?」「人間には効かないよ」「人間よりは、まだ虫に近い」「じゃあ、仲良くしなよ」「やだ……」などと言っている間に下校時刻になった。誰にも見られたくないと思ったので、女子高生はポリ袋ごと怪物を引き摺って河原までやってきたのだった。

 質量的な意味で言えば、確かに怪物は人間よりはまだ、虫に近かった。

 見た目とは不釣り合いに軽い。



「人間よりも、地中の微生物のほうが多いじゃん」

「人間も一人で一個じゃないでしょ。なんか、いろいろ……」

「あんた、頭悪いでしょ」


 青年は不本意そうにツナギの裾を引っ張った。

 再生が終了し、停止ボタンが押された身体には既に虫の一匹、微生物の一握、皮膚常在菌の一片すらも感じられない。

 共存できないのだ。


「あたしも頭、悪いよ……」




 

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