000.3 ルッカ・チェッカ・テスタ

 


 歪んだ人の顔に見える。大口を開けて叫んでいる表情なのに口がいちばんちっちゃくて真ん中で黒い点のようになっている。これが我々の……私の、この、上空を覆っている。気象庁だ。いや、示唆を持つのは風景の全て。見るもの全てが、ブロック塀のざらざら、黄色いロープで囲われた雑木林、破傷風、水たまり、倒れた百葉箱。風は黒く、今にも渦巻いている。立ち上がり、背伸びをした。腕が吸い込まれ、回転しながら分解して黒い点へ向かう。そこから拡散し、120kmも先のコンビニエンスストアに突き刺さる。ペダルを踏み間違えた駐車場のオートマ車のように。

 考えるな。乗っ取られるぞ。

 銃じゃない。これは何でもない。私のことを考えよう。私は団地で生まれた。よく晴れた青空の日で、妹がいた。だめだ……これもだめだ。ルッカ!

 マズルフラッシュと同時に中年男性の頭蓋がねじ切れる。いや、萎れる。いや、吹き飛ぶ。穴が開く。わかんない。チェッカ! テスタ! 対象は沈黙した。

 奴らは突然変異だと思われているが、具体的な名称については知らない。私はただツチノコ人となぞる。学名の単語を途中で区切るとペニスって綴りが出てくるらしいことからチンコマンと呼ぶ友人もいる。頭があって、首があって、喉があって、腹があって、脇腹から足がたくさん生えている。形は指に近いが、関節はもうちょっとあり、長い。足を移動に使うことはあまりない。砂利道とかだけだ。普段は背骨を器用に使って這って進む。尻尾が生えている。尾てい骨っていうの? 知らないよ。皮膚を纏っている。人間と同じ。あんなのを移植して、あんたたち恥ずかしくないのかよ。気持ち悪いじゃない。

あッ……考えている。誰の頭のことを考えていたんだ。駄目だ、私のことを考えよう。私は体育館で生まれた。畜生。体育館で人間が生まれるわけないだろう。ルッカ!

 髪が長かったからたぶん女だ。やたらと集まってくる。橋の上なのにどうしてこんなに縦横無尽なんだ。いや、ここは土手だ。ここは電車の上で、ここは峠、ここは立体駐車場。チェッカ! 爆音と同時に痩せた腹が吹き飛ばされる。奴らは何を食べて生きているんだ。テスタ。灰になれ。

 考えては駄目だ。考えるんじゃ駄目なんだ。そう考える。引き金を引けば当たる。これは銃じゃない。大丈夫だ。ルッカ。狙いを定めなくてもいい。狙いを定めようとすれば、銃口は自分の額を向くかもしれない。確率は視界にある撃ち殺したいもの分の自分。チェッカ。さようなら。テスタ。

 いや……死んでないとは限らないんだ。実はな。

 私のことを考えよう。私は椰子。おい。誰だよ。お前おかしいぞ。親切心だ。普通ここまできたらもうどんな白衣の天使も天高く匙を投げるのに、私は不思議と大丈夫だった。ルッカ。初っからものを考える才能なんかなかったんだ。小学生の下あごがなくなる。だがきっと思考にはマイナスの値がある。だから乗っ取られないようにする努力を怠ることは即ち腰を下ろすのをやめること。チェッカ。だから家に帰ったらきちんと布団で寝よう。小学生の頭はなくなった。可哀想な小学生なんていなかったんだ! テスタ。横断歩道は消えた。

 なんだ……簡単だ。単純すぎる。複雑な文章題の最後に「先生の今年の年齢を答えなさい」って書いてあったときぐらいの拍子抜けだ。厄年だった。わかっている、そのぐらいは……

 ルッカ! チェッカ! テスタ! 皮と脂肪と頭を装備した背骨はマムシみたいに酒瓶へゴー! ゴー、ヘブン! 私は何もしていない。彼らは勝手に吹き飛ぶ。見る必要もない。線と、線と線と線と無数の点とグラデーションの塊が高解像度で数万フレームの風景。なにも感じられたものじゃない。音、音のようなものだ。ものすごく無害な音。鼻歌の百億万分の一も意味を持たない……んー、んんーんー、んー、んんんんー、んーんんんー、んん、んんーんーんーん、んんー、んんー、んんー、んーんん、んんんんーんーんん、んーんー、んー、んんーんーん、んーん、んんんんんーんんー、んんん、んんーんんんー、んん、ん、んーんーんー、んーんんん、んんーん、んーんーんんん、んんーんん、んん、んんんーんんんん、んん、んーんーんーん、んーんん、んんーんんーんん、んんんんん、んんーんんーん、んんんー、ルッカ、チェッカ。ルッカ、チェッカ。ルッカ、ルッカ、チェッカ、チェッカ、バイバイ。テスタ。





 私は暴風雨の過ぎ去ったグラウンドの真ん中に立っている。

 

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