ベッド・バッド

いすみ 静江

ある避暑地のベッド

 避暑地としても有名な蓼科たてしなエム女子中学校の寮がある。一年生は、三泊四日のスケッチ旅行に向かった。揺れるは大型観光バスだ。お隣は大好きなナオで嬉しい。


「どんな所だろうね、ナオ」

「ミヨっち知らないの? アトリエとかもあるんだって」


 大型バス泣かせのヘアピンカーブを見事に切り抜け、生徒達は拍手で讃えた。


「ひゃっは――! 長かったけど、着いたね」


 私は、うんと伸びをした。テニスコートをかこむように、回廊で継ぎ足した建物が見える。際立って、左手の金字塔はアトリエだろうか。


「班毎に並んでください。八人ずつですよ」


 担任の弘子ひろこ先生は、おっとりと優しくて好きだ。学校ではお喋りも目立つクラスも外ではおとなしいようだ。きちんと並んで、諸注意を聞きながら、寮の中を案内された。


 瓶の自販機があるエントランス。窓の高いキレイなアトリエ。ピアノのある広間。段差の楽しめる渡り廊下。会議室かと思った食堂。離れにあるタイルのお風呂。洗面所にトイレ。


 そして、泊まるベッドのある所。


「ナオ、見てよ! 随分しっかりした木製の二段ベッドだよ」


 私は、きらきらしたアトリエに比べたら、くすんだ木目に古めかしさを感じて怖気おぞけ立った


「丁度八人なんだ。向かい合って四人ずつの二段ベッドだね。下の通路でトランプとかもできそうだよ。布団でもひそひそ話もできそう」

「はいはい、寝る所を決めようよ」


 班長の品川しながわさんに言われてしまった。私は、奥の上の段にした。一応、柵があるから落ちはしないだろう。


 さて、今日のスケジュールをこなし、いよいよお休みタイムとなった。要するに就寝だけど、直ぐには寝る訳がない。はしゃいでいたら勿論、弘子先生がいらっしゃった。


「しまった」


 八人とも急いでベッドに入る。私も気を付けて梯子につかまり、布団にささっと入った。


「もう、寝る時間でしょう? 明日はハイキングもあるから、しっかり眠りましょうね」


 部屋毎にお話をしてくれた。悪戯っ子の皆は、寝たふりか、布団で身を隠した。

 それから暫く後、私は、異様な臭いにむせぶ。


「ぐっ……。う、けほっけほっ」


 元々喘息持ちなので、たばこの匂いとかに敏感ではある。


「げほ、けほ」


 ここだけ独特の臭いがする。覚えがあるけれども、どこで出会ったのかは分からない。私の前で横になっていた一人はもう寝てしまった。ひそひそ話をする二人はいる。そこで、はっとした。


「もしかして、ベッドの下だろうか。厚めのマットがあるのにね。こっちまで異臭が漂うなんて冗談にしてよ」


 ぞくり……。


 ちょっと待ってよ。もう寝ないといけないのに、なかなか寝付けないじゃない。うわー、結構弱いんだ私。弟もオカルトを怖がり過ぎて、神道を学びたいらしいし。


 ぞくり……。


 思い込みだけならいいよ。そう、そうかも知れない。こうなったら、マットの下を見てみるしかない。


「えい!」


 私は固まってしまった。おびただしい数の緑色が敷き詰められていた。


「あ、あ……」


 悲鳴と言うのは直ぐに出ないこともある。


「ひいい――!」


 ガタガタと階段を降りて、ベッドの沢山ある部屋から、飛び出そうとした時、弘子先生とぶつかった。


「どうしたの? 声が聞こえたけれど」

「ベッドの下に、あのベッドの下に」

「慌てないで。落ち着きましょう」


 先生と一緒にさっきの嫌なベッドに戻った。


「先生、ベッドの下を見てください……」


 とにかく確かめたかった。


「緑色のお線香に見えるけど」


 そうなのです。たまたま泊まったベッドにおびただしい数のお線香が敷き詰められていたのです。先生は、「気にしなくても大丈夫よ」と仰ってくれました。

 でも、お線香があった理由を誰も知りませんでした。


 背筋が凍ったのは私だけでしょうか……。

             【了】


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ベッド・バッド いすみ 静江 @uhi_cna

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