Ⅳ 聖夜の贈り物

 1


「メリークリスマス!」

 チィーンとグラスが鳴った。

 ――十二月二十四日の夕刻。クリスマスパーティーは無事、愛弓たちの家で開かれた。

「部長、遅いな」

 武居はまだ古藤のことを気にしていた。結局あのあと古藤は講堂に姿を見せなかったのだ。

「拓斗なら、さっき電話があったよ。遅くなるけど必ず行くって」

 クリスマスツリーを眺めていた晴樹が振り返って言った。

「何してるんだろう」

 愛矢も空いた椅子に目をやり、心配そうにつぶやく。

 愛弓は素知らぬふりをしてグラスのジュースを飲んだ。

 この時には、愛弓もうすうす、舞台の上から指輪を落としたのは古藤だろう、と察しが付いていた。あんな憎まれ口叩いといて、と思った。助けてくれるなら、最初から協力してくれれば良かったのに。

 あらかたごちそうも食べ、人心地付いても、古藤は現れなかった。

「騒いだら暑くなっちゃった。ねえ、ベランダに行きましょうよ」

 愛弓は武居の腕を取った。

 ベランダは夕風が冷たかったが、寒いほどではなかった。

 愛弓は手すりに手を掛けて伸びをした。

「今日はごめんね」

「まったく、はらはらさせないでくれよ」

「ほんとごめん。あとで愛矢にもちゃんと謝らなきゃ」

「部長には?」

「……」

 武居は愛弓をじっと見た。

「まだ、部長のこと怒ってるの?」

 愛弓はつんとそっぽを向いた。

「怒ってるわけじゃないわ」

「でも……」

「でも、部長ってわからないわよ。あんな意地悪言って、それなのに助けてくれて。自分のことしか考えていないようでいて結構お人好しだし、いつも底抜けに明るいくせにちょっとしたことで不機嫌になるし、何考えてるのか全然わかんない。ニューヨークでもそうだったわ。人に苦労させて、勝手ばかりして。自分の花壇が荒らされた時はあんなに怒ってたのに、よその家の庭の花は平気で盗むのよ」

 一気にまくし立てられて、圧倒された様子の武居だったが、それでも最後の部分には反論した。

「でもさ、部長がおれたちに取って来させた花は、どれも枯れ掛けたものばかりだったじゃないか。あのまま放って置いたら、多分、完全にだめになってたよ」

「だから何よ」

「だから……部長は、持ち主に見捨てられた花を助けたかったんじゃないかな」

「だったらどうしてそう言わないのよ……」

「そうだよな」

 武居は苦笑した。

「何でわざと意地の悪い言い方をするんだろう。でも、根はきっとすごく優しい人なんだよ。だから愛矢も好きになったんだと思うよ」

 一瞬まばたきした愛弓の目が、みるみる大きくなった。

「……え?」

「え?」

「愛矢が、何を好きになったですって?」

「部長を」

 武居は当然のことのように言った。

「気付いてなかったの?」

「気付いてないわよ、何よ、愛矢が部長のこと好きだなんて、何かの間違いでしょ」

「間違いないよ、見てればわかる」

「わたしなんか毎日見てるのにわかんないわよ」

「愛弓は鈍いんだよ」

「……」

 愛弓はふくれて夜空を見上げた。

 ――ほんとかしら。つまり、愛矢が一緒に戦いたいと言った相手は部長ってわけ? 愛矢が部長を……いまいち信じられないが、確かに武居の方が洞察力が鋭いと愛弓も思う。

「わたしが考えていたのは、武居のことだったわ」

 武居が、ん? と首をかしげて愛弓を見た。

「ううん、何でもない」

 愛弓は熱くなった顔を手で仰いだ。

 しばらく二人は空を眺めていた。夜になっても相変わらず雲一つなく、星がきらきらと輝いている。

「ホワイトクリスマスが良かったのにな……」

「そうだ。愛弓」

 武居がジャンパーをごそごそやって何やら取り出した。

「これ。クリスマスプレゼント」

 彼が差し出したのは、小さなピンク色の包みだった。

「わたしに?」

「当たり前だろ」

「……ありがとう」

 愛弓は少し照れて、包みを受け取った。

「わたしもプレゼント、あの、部屋にあるの。中に入ろっか」


 2


 愛弓と武居がリビングに戻ると、古藤がいた。何食わぬ顔で愛矢と話している。

「今まで何してたんですか、部長」

 武居の問いに、古藤はすまして答えた。

「ちょっと、クリスマスプレゼントをさがしにね」

「いい物見つかったんですか?」

「ああ。ほら」

 古藤が顔を向けた先にあったのは、何と六つ並んだ小さな雪だるまだった。

「ええ? 今日、雪降ったっけ?」

 愛弓は思わず叫んで駆け寄った。

「それで機嫌直せよな」

「先輩、わざわざ富士山まで行って作って来たんだって」

 にこにこしながら愛矢が言った。その口調は、いつもより少しはしゃいでいるように聞こえた。

「これ、富士山の雪なの?」

 愛弓は疑わしげに雪だるまをつついた。

「そうだよ」

 古藤はけろっと答えたが、怪しいものだと愛弓は思った。……ま、いいか。

「これ、おれたちなんだ」

 愛弓の後ろから雪だるまを眺めていた武居が、ふと気付いたように言った。

 あらためてよく見ると、確かに、テーブルに置かれた雪だるまは一つ一つ大きさが違う。小ぶりで双子のようにそっくりな二つの雪だるまに、少し大きめの雪だるまが二つ、夫婦らしく寄り添っているのが二つ。それぞれに草で作った髪の毛が付いている。

「良く出来てるね」

 武居はしきりに感心していた。

「それ作ったら手が冷たくなっちまったよ」

 古藤がわざとらしく両手に息を吹き掛けて見せる。

「嘘。手を使わずに作ったくせに」

 すかさず愛弓がつっこみを入れる。

「ばれたか」

 二人のやりとりに、みんながはじけるように笑った。


 3


 ――十二月二十五日。クリスマス祭最後の日。

 愛弓は講堂の客席に、武居と並んで座った。

 演じられているのは、愛矢のクラスのくるみ割り人形。愛矢の出番はないが、愛矢の作ったくるみ割り人形が出演している。

 さっき、講堂の入り口で和菓子に会った。小野尾が舞台に出るので、まるで自分が出るみたいにどきどきしているのだと言っていた。

「昨日、二人は付き合ってることを、お互いの両親に打ち明けたんですって」

 愛弓が耳打ちすると、武居は愛弓を振り返った。

「ほんとに?」

「うん」

「それで?」

「驚いてたけど、怒ったり責めたりはしないで、逆に自分たちのせいで我慢させて悪かったって言ってくれたそうよ」

 和菓子は嬉しそうに、そう報告してくれたのだ。

「そうか。良かったね」

「うん」

 愛弓は客席を見回した。少し後ろの方で、晴樹と八重子が愛弓たちと同じように肩を寄せ合って舞台に見入っている。

「どうしたの」

 小声で武居が聞いた。

「パパとママが来てるの」

「昨日も来てたよ」

「うん、そう言ってたけど。わたしは夢中だったから気が付かなかったの」

「一幕目に遅れたりね。まあ、誰もジュリエットが途中で変わったなんて、気が付かなかったみたいだけど」

「何かそれ、一生言われそう」

「一生言ってやるよ」

「もう」

 二人は声をひそめて笑った。

 これこそ、幸せの構図だ、と愛弓は思った。わたしは幸せだ。幸せをくれる誰かがいることこそ、最高の幸せなのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る