新年明けまして初ビンタ

 2018年1月1日。ホルスタインにでも侵入を許せば、一発で居場所が無くなってしまうような手狭な部屋に、男女6人が集まっていた。


 向かい合うのは1組の男女だった。男の方は、真剣な眼差しで女に視線を向けていた。対して女の方は、困惑したように瞳を揺らしていた。

 新年が明けたという気の緩みもあったせいか、弛緩した空気は淀んだ雰囲気を醸し出していた。酒に酔っているという状況もあるのだろう。二人の間の異質さには、周囲の者が口を挟めないほどの壁があるように感じた。


 その二人は、幼馴染の間柄であった。保育園という幼き時分の学び舎で、共に学んだ過去を忘れたわけではなかった。


 男は膝を付き、こうべを垂れて、女に近づいた。


 それはまるで、服従の姿勢を表しているようだった。言うまでもなく、女が主人で、男が隷従者。痛いほど張り詰める空気は、訪れを待つ暴虐に震わされていた。


 その男、遠藤は、まるで懇願するかのように、物欲しげな瞳を携えて、言った。


 私「……ビンタしてください」








 事の発端は、数時間前に遡る。





 12月31日は、毎年気心の知れた仲間と、飲み会をして過ごすことが多いです。関係性ですか? みんな中学時代の友達ですよ。中学では学年全体で47人しかいませんでしたから、そこそこ仲は深まっているように思いますね。もちろん、仲が悪い人はいますけど。


 今年の参加人数は、男女含めて6人でした。いつも参加してくれる女の子は、子供を授かって結婚しましたから、流石に今回はこれなかったですね。


 場所? 毎年駅前の居酒屋に行くんですが、今年は纏め役で童顔イケメンのDくんが「たまにはゆっくりしたい」と言い出しましてね。毎年彼にはお世話になっているものですから、みんなその提案には賛成しました。


 それで、場所はIくんの自宅を貸してもらいました。大きな部屋というわけではないですが、ある程度騒いでも許容してくれる優しい環境だったので、そうしました。


 そういった気安い環境が、今回の愚行を生んだと。そう言いたげですね?

 まあ、私としても否定をしきれないですね。気の知れた仲間と、落ち着く場所。外で飲む高揚感と違い、安心感に満たされていましたから。


 参加者は、Dくんと家主で優しさを発揮してくれるIくん。中学校の同級生だった、真面目なRちゃんに、保育園で一緒だった幼馴染のT。そして途中参加で天然調子のりのAくん。そして私の6人です。


 被害者のTは、どんな人か、ですか?


 小学校は別ですけど、保育園と中学が一緒でしたね。


 彼女の印象は……まあ率直に言ってしまうと女版ジャイアンという印象ですね。別に見た目が悪いというわけではないのです。普通な感じです。ただ、まあ男性的な目線で見ると、魅力的だと感じる部分はありますよ。どこがって……言わせないでくださいよ。


 ジャイアンという印象の理由は、ちょっと暴力的だったんです。中学の頃バレーボールのキャプテンをしていたTは、気に食わない奴を蹴りで一蹴するクセがありました。

 時折、親愛という名の下ではない平手打ちをくらった人は数知れないです。掃除をしない男子を蹴り、気にくわない男子を跳ね飛ばし、図書委員になることを面倒くさいと思い、全力で拒否した私もケツを蹴られました。まあ、若かりし頃の話です。


 どうしてもその時のイメージが私の中で強烈に残ってしまっていたんですね。なんせ二十歳の頃に、花見で久しぶりに再会した時も蹴りを繰り出していたのですから。私の中での彼女のイメージとして、どうしてもナチュラルに暴力的であると決め込んでしまっていたんですね。


 飲み会の話に戻れって。わかりました。


 ピザを頼み、近所の酒屋でお酒とおつまみをしこたま買いあさりました。会話の内容は、他愛のないことが大半でしたよ。紅白を見ながらでしたから、出てくる芸能人に対する話をしたような気もします。


 年に一回の忘年会。やはりお酒も進みまして、車のRちゃん以外はみんな相当にお酒が進みました。結構酔っていたと思います。


 酔いがまわると、どうしても色々な症状が出てきますね。


 年が明け、明けましておめでとうとみんなで挨拶をしました。程なくして、Aくんがうとうとと船を漕ぎ始めました。せっかく盛り上がりを見せていた中、寝てしまうことに少し不満を感じたDくんは、なんとかAくんを起こそうとしました。みんなでまだまだ楽しみたかったのです。


 そんな中、名案とばかりにDくんは言いました。


 D「それなら、Tにビンタしてもらえば目がさめるんざじゃないか?」

 T「え?」


 Tは戸惑いの声をあげましたが、以外にもAくんは乗り気だった。


 A「それじゃあ、お願いします!」


 無駄に声を張り上げて、Aくんは頬を差し出しました。


 私は、少しだけ気分がワクワクしていたんです。いい音を鳴らして、人がビンタされる様に焦がれていました。酔っていたのもあるのでしょう。中学生の頃に感じたTのイメージとして、初笑いになるようないいビンタをかましてくれるのではないかと、楽しみにしました。


 戸惑いつつも構えたTに向かって、Aは顔を突き出しました。









 しかし、快音が響くことはなかったのです。


 A「ごめんやっぱ無理こわい〜」


 Aくんは、直前でビビってやめました。


 私は、少々がっかりしました。


 そんな中、浸されたアルコールに狂わされたのか、私の中にとある思考が芽生えてきました。


 これってもしかして





 私がビンタをくらえば万事解決じゃない?(泥酔)








 このなんとも言えない空気を変えるためには、これしかない。最上の解決策であるように感じました。


 そして私は、Tの前で傅いて、ついつい言ってしまったのです。


 私「……ビンタしてください」










 で、








 T「できるわけないやん! 遠藤にビンタする理由ないし」





 結局、誰もビンタされることなく、その場は終わりました。






 私は、Tがすっかり変わってしまったことを知りました。


 欲望のままに、時に過剰な正義感を振りかざして、息をするように男を殴る蹴るしていた彼女は、もういないのです。


 私がビンタを懇願した時に浮かんでいた感情は、純粋な戸惑いでした。なんでそんなことをしなくちゃならないのかと、まるで何かに怯えるような瞳でした。


 私に芽生えたこの気持ちを、なんと表現したら良いのかわかりませんでした。


 彼女はきっと、大人になったんですね。


 その後みんなでコンビニに行き、商品をカゴに詰めながら、ある決意を口にしました。


 私「ここは出すよ」

 T「え、ええの?」

 私「別にいいよ」


 それならばとばかりにアイスをカゴに入れるTを見ていて、私の抱いた気持ちがなんだったのか、やっとのことで理解しました。


 そう、この気持ちは……












 罪悪感でしたー(なんか期待と違う)







 あのですね、特に何もしてないのにビンタしてと言った時に、ガチで戸惑われてしまってもうその様子が申し訳なくて申し訳なくて。


 特に意味のない暴力というのは、殴った側も痛くなるのだと言うことを失念していました←いいこと風に言うな。


 うん、奢りでもしなかったら罪悪感で潰れそうでした。


 ラブい感情?


 ないです。








 その後、IくんとRちゃんはひっそりとお金を出してくれました愛してる(かっこ悪)









 えー






 私は新年でしかも仕事をしながら、一体何を書いているのでしょうか?(誰もわからない)

 まさか元旦にエッセイを更新する羽目になるとは思いませんでした。






 これからも色々なことに挑戦しようと思います。


 あけましておめでとうございます。


 今年もよろしくお願いします。




 次こそ誰かにビンタされようと思います(懲りろ)。

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