恋路ヶ浜ララバイ

 人は時折、ここではないどこかを求めます。


 日常という器は安心で、いささか退屈である。


 海が見たい衝動に任せて、アクアを走らせることにしました。


 一人で(相変わらずのオチです)。


 湾岸道路を走らせると観覧車が視界に現れます。刈谷ハイウェイオアシスも通り越し、東名道路へと繋がる。


 音羽蒲郡で高速を降りると、その先は下道で渥美半島まで向かうこととなる。


「うわっ」


 高速の出口は二股に分かれており、左折の望める車線にはトラックや一般車両がひしめきあっていた。ナビは当然、左折をしよと示してくれていた。


 やれやれ。ここで一旦足止めか。


 約束された停滞を思うと、少々うんざりとした。けれども仕方がない、か。


 覚悟を決めると、






 右方向にハンドルをきった(ん?)






 えー


 渋滞が嫌だったのでナビをガン無視しました。


 渋滞で止まるくらいなら、遠回りでも違う道から行くという財布に優しくないポリシーを持っています。←人と出かける時にはやるなよ。


 しかし、トヨタ様の純正ナビを使っている私には問題ないのです。どれだけ道を外れようとも、きちんと目的地まで導いてくれるのです。


 そうだろ。ナビさん!





 ナビ「……」





 ナ、ナビさーん?


 ガチで1分くらい沈黙でした。


 外れた道の先が、分かれ道のない一本道であったため、どうやら瞬時に別ルートがみつからなかったようです。

 ナビすら混乱させる私。




 とはいえ、蒲郡を南下するルートに変更されて、順調に田原街道を進んだ。


 山間の道を超えると、徐々に三河湾が景色の隙間に顔を出すようになり、テンションも上がってきた。


 揚々と案内を続けてくれたナビも、一息つくかのように告げた。


 まもなく、目的地です。




 愛知県の最南端、伊良湖岬にご到着だ。


 鳥羽、志摩方面に車を使って船で移動することも可能な、港としての機能も兼ね備えている。


 濃厚な海の色が視界に飛び込んでくる。むせ返るほどの潮の香りに、遠くに来た実感が湧いて来た。


 あー海は気持ちいいなあ(ゴーーーーーーーーーー)


 やっぱり波飛沫を上げている海は見ていて楽しい(ザザーンザッパーンザザザーン)


 いやあ来てよか(ビューンビューン)




 うるせえ!


 ってか風強っ。


 風が強すぎて、目を開けることすら出来ませんでした。


 せっかく来たのに、強風に煽られて到着2分で帰宅したくなりました。


 しかし約3時間かけて移動したのに、まだ帰るのはもったいないです。


 とりあえず散歩することにしました。


 ドンドン体温を奪われるほどの強風に攻められつつ、海沿いの散歩道を進みます。


 丸まった岩が連なっていて防波堤の役割を果たしており、叙情的な雰囲気を出そうとしているのか、俳句の書かれたプレートが、岩にハマっていました。


 200メートルほど先に進めば、10メートルほどの高さではあるが、ところどころ塗装のハゲた、しかし歴史を感じさせる灯台が堂々と建っていました。


 昭和6年からその海路を照らし、命を助けて来た灯台に、敬礼。登れるものであれば、登っていたのですが残念です。





 その道をすすむと、お土産やと飲食店が立ち並び、砂浜に迎えられました。


 恋路ヶ浜。


 ロマン溢れる名前を与えられたその浜は、かつて身分違いの恋に落ちた男女が辿り着いた先として、恋人たちにとっては聖地として崇められている場所となっている。


 幸せの四つ葉のクローバーの園。囲われた柵には恋人たちの願いが込められたプレートが繋がれていて、多くの恋路がここで演出されたのだと感慨深くなった。


 砂浜を望む人工的な石段には、ハート形のフレーム。その上部に取り付けられたのは、祝福の象徴たる鐘。


 幸せの鐘。


 永遠の愛と祝福を得られるという、魔法じみた儀式を彩るその鐘は、ただ一人で恋人たちの到来を待ちわびているようだった。


 また鳴らされる時が、来ればいいのにな。


 そう思いながら、一人で砂浜に足を踏み出した。






 なぜ海を眺めるのでしょうか。


 それは、大きな海のまえでは、ちっぽけなことなんてどうでもよくなっているから、かもしれませんね。


 それにしても不思議です。港の方では海から風が吹き上げてきたのに、ほんの数100メートル移動するだけで、山から海へ吹き抜ける風に変わっている。


 自然の営みは、ちっぽけな人間には到底想像もつきません。


 規則的に波は訪れるのですが、その波に同じものなど一つもありません。


 風も強弱があります。強く吹く時には、砂浜の粒を攫い、糸のように、霧のごとくあたりを白く染めます。砂塵のモヤは、ほんのちょっぴり異世界的です。


 ひときわ強い風が吹き抜けました。


 視界は砂塵に覆われ、海の方へ引き寄せられていきます。


 そう、私も。


「ぬおおおおおおおおおおおお」←必死の形相





 風強すぎて、海に落ちそうになりました。


 本当に足を取られて砂塵で何も見えないレベルの風でした。なんだかこの風に従って海に引き寄せられれば、異世界に行けるような気さえしました。多分、向こうの世界の美少女神官とかに呼ばれてましたね。

 しまったいけばよかったなー。


 あと根拠はないですけど、多分相手は巨乳ですね(アニメ脳)。




 で、その海を眺めていた時間は、20分もちませんでした(寒気)。


 やはりこの時期の海は寒いです。


 しかしここで何もせずに帰るのもと思いました。


 なので私は海に向かって。







「みつめあーうとーすなーおにーおしゃーべりーできーなーい♫」


 TSUNAMIをUTAIました(UZAI)


 一人きりのステージは、私の独壇場でした。


 めぐりあーえたーときーからー(一人)


 まほーうがとけーなーい(かかってない)


 ほほーえみをーくれたのはーだれ?(くれない)




 もう嫌です。


 なんか一人であることを考慮した曲を歌うべきでした。











 カーン


 カーン


 カーン




 自然に奏でられて音楽に乗せて、祝福の鐘が鳴り響きました。


 きっと今まで、幾千もの恋路が


 この鐘の音に幸福の約束を認められたのでしょう。


 ふふ。


 私はなんだか、嬉しくなってきました。


 なんだか私にも、幸せが訪れたような、そんな錯覚を抱きました。


 残念ながら、錯覚なのです。


 その鐘は鳴らされる。


 しかしそれは、死んだ目をした男によるものでしかないのです。






 鳴らしたのは私ですから(一人で)







 思ったより音が大きくて、そそくさと逃げました。











 えー


 なんか四つ葉のクローバーの発祥の地でもあるみたいで、とりあえず祈っておきました。


 パンパン。




 巨乳の神官様に召喚されますように。

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