職業上の秘密

 ミコワイはシャンパンを瓶から直に飲んで大いにむせるとソファーに身を投げだした。幼い頃の思い出がよみがえってきた。そう言えば夜中にじいちゃんが出て行ってしまう夢を見て泣いた事があった。あれはいつだっけ? 現実だったのか。もう具合が悪かったのかもしれない。ぼんやりと天井をながめていると、ふと疑問が浮かんだ。


 なぜいまだに教えてくれないんだ?


 ばあちゃんが亡くなったのが十年前。僕は十六だ。何か話してくれても良さそうなものだ。両親に至っては毎年会ってるじゃないか。まだ甘えん坊のおじいちゃん子だと思われてるのか? そんなはずはない。じゃあなぜ教えてくれないのか?


 答えは一つしか考えられない。本当に誰も知らないんだ。


 ミコワイはソファーから起き上がると書斎に入り、足元に散らばった書類を見下ろした。印刷したみたいな字だ。具合が悪くてこんなきれいな字が書けるだろうか? 

『大事なことを書いた』。そう書いてあった。


 ミコワイは手紙を床から拾い集めると再び続きを読み始めた。


『……お前に届けてもらうことに決めた。一番の理由はお前がこの世で一番可愛い私の孫であり、私がお前に黙って居なくなったりするはずがなく、それをお前に説明するのが私のやり残した最も重要な事だからだ。


忘れもしない。今から三年前、お前が三歳の時だ。私はお前の、つまりマロースの家を回ることになった。身内の家は断るのが昔からの習わしだったが私はそうしなかった。お前に会える機会を逃すはずがない。だがそれが間違いだった。


夜中に部屋に入ると、お前は私を(その時は私とは知らんだろうが)待ち続けるつもりだったんだろう。ベッドにも入らず、両手に靴下を握ったまま部屋の真ん中で寝ておった。その様子の可愛らしかった事! あの時写真を撮らなかった事はいまだに悔やまれてならん。


抱き上げてベッドに寝かせてやるとお前は目を覚ましてしまった。なんという失態だ。ばれたら資格失効だ。私は大いに慌てた。が、すぐに自分が作業着を着ていることを思い出した。帽子もかぶったままだし、お前はまだ幼い。大丈夫、私だとは気づかんだろう。


大急ぎで袋をかつぎ、次の家に向かおうとするとお前は「じいちゃん行っちゃやぁだ」とぐずりだした。その声は福音ふくいんでもあり、同時に悪魔の誘惑でもあった。いっそ仕事なんぞ放り出してずっとお前のそばに居てやろうかと思ったぐらいだ。


私はその時、二度とお前を悲しませないと神に誓ったのだ。これで私がお前に黙ってどこにも行くはずがないということが分かってもらえただろう。


さて、理由はもう一つある。ジャックが依頼通りの仕事をしてくれれば、今日は大切な相手にプレゼントを贈る日だ。だがあいにく所持品はすべて警察に没収されてしまった。ジャックによると小包は持ち込み規制が厳しい(どうも空港に似とるようだ)から持っていたとしても渡せんらしい。


なのでずっと内緒にしていた私の職業のことをお前に教えよう。好きで隠してた訳じゃない。本当なら一緒に連れて回り、どうだ私の孫が一番可愛いぞと自慢したかった。だが厳しい決まりがあってな。この仕事は親から子だけに受け継がれる。孫ではだめなのだ。


息子のマロースは普通の仕事をすると決めた。受け継がない場合は誰にも口外してはならん。だからお前は知りようがないのだ。本当は教えちゃいかんのだが他に贈る物もない。ジャックに相談したら紙ならば問題ないだろうということだった。そこで私の証明書を同封してくれるように頼んだ。


どうだミコワイよ。お前のじいちゃんは世界で一番有名な老人だぞ。


ささやかなプレゼントだがどうか大目に見ておくれ。パーティーで友だちに見せたら面白がるかもしれん。この手紙が届く頃にはもう会うことはできんが、私はいつだってお前を見守っておるよ。


世界で一番お前を愛している老人より ありったけの愛を込めて


メリー・クリスマス』

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