不審な老人

「失礼しましたグリーラさん。乱暴な言葉使いは控えるように言ってあるのですが」

 老人は若い刑事と交代した壮年の刑事をトルコ石のような青い目でにらみつけた。

「ふん。悪い刑事と良い刑事か」

「驚いたな。吹き替え映画のようだ。日本人と変わりませんね」

「仕事で使うからな。で、いつ帰れるんだ?」

「その仕事とは?」

「それは言えん」

「あなたは自分で状況を悪くしてるんですよ。分かりませんか?」

「働いてたら突然逮捕され犯罪者扱いだ。一体何の容疑だ? この国も先進国だろう。こんな扱いは法に触れるんじゃないか?」

「深夜に他人の家の屋根に上るのは法に触れるんですよ。先進国では」

「まさか今日が何の日か知らんわけじゃあるまい」

「よく知っています。珍しいトラブルとは言えません。しかしあなたの息からはアルコールが検出されなかった。これは珍しい」

「酔っていて仕事ができるか!」

「その仕事というのは?」

「それは言えん」

 堂々めぐりだ。刑事は頭痛に襲われたようなしかめっ面になると、けんに寄ったシワを伸ばすようにてのひらでゴシゴシとこすった。

「あなたは自分の置かれている状況を軽く見ておられるようだ」

「とんでもない。重大な国際問題だ。遠い外国から出張で来た老人を、警官がひまつぶしにいたぶっとる」

「やはり分かっていない。何の容疑かお答えしましょう。歳末警戒中に赤い服を着て赤い帽子を被った不審者が民家の屋根に登っている、という通報がありました」

「これほど知られた制服を着ていてどこが不審なんだ?」

「駆けつけてみれば外国の老人だ。じん常ならざる言語能力を有し、それでいて職務質問には非協力的です」

「嘘なんぞついとらんぞ!」

 老人の抗議に刑事は首を振った。

「隠し事は? してますね。この程度なら答えてくれますか? 仕事仲間は大勢いらっしゃいますね?」

「てんで足りん。夜のうちにさっさと済まさなきゃならんのに担当エリアは広くなるばかりだ。審査が厳しすぎるんだ」

「やはりそうですか」

「ようやく分かってくれたか」

 老人はにっこりと微笑んで立ち上がると握手を求めた。刑事は厳しい顔つきになると椅子を指し示した。

「座りなさい。話はまだ終わっていない」

 老人はうんざりした表情を見せると渋々腰を下ろした。

「この一カ月の入国記録を調べました。アイスランドからグリーラなどという人物は来日していません」

「来た事が知られたら仕事がやりにくいだろうが」

「それは自白と取っても構いませんか?」

「自白? 何のことだ?」

「あなたが国際的なせつ盗犯だと白状したように聞こえた、と言ったんです。実際そうなんでしょう?」

「……あんた何を言っとるんだ?」

「年齢不相応な運動能力と並外れた言語能力。そしてそのふてぶてしい態度。ベテランのあなたが我々の注意を引きつける。部下たちがその間に一仕事。そういう段取りでしょう。その手には乗りませんよ。しばらく留置場で過ごしてもらいます。そうだ、容疑でしたね。公務執行妨害です」

 青い瞳が見開かれ、真っ白なひげに覆われた口が大きく開いた。

「本気で言ってるのかね?」

 壮年の刑事が返事をするより先に乱暴な若い刑事が取調室に入ってきた。老人はあきらめたように首を振った。

「私は本当の事しか言っとらん。それは信じてもらえるかね?」

「真実を、巧みに小出しにし、我々に調べさせ、時間を稼ぐ気でしょう。ええ、信じますよ。裏を取ったりはしませんがね。時間が惜しい」

「じゃあ一つ教えよう。なに、確かめる必要などない」

「何です?」

「あんたは頭がどうかしとる」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る