ジャック・ザ・ポストマン

玖万辺サキ

到着に難あり

 男は暗闇の中にいた。

 不自然に体をねじり、頭を下にして縦穴にうずくまっていた。


 ――変だな?


 男は脚を上に伸ばして穴のふたを開け、伸ばした脚を穴のふちに押し当てて軸にすると体を反転させた。続いて膝を曲げて脚を穴のふちに引っ掛け、体が回らないように固定しながら両腕を伸ばして穴のふちをつかむと、体を持ち上げて穴の外に降り立った。

 白く長い上着のすそを手ではらうと、何事もなかったかの様に胸ポケットから電子機器を取り出して画面を見た。


 ――二〇三七年十二月二十四日、午後四時。


 男は満足そうに微笑んで電子機器を胸のポケットに戻し、軽快な足取りで書斎に入るとクローゼットから大きな黒い鞄を取り出してデスクの上に乗せた。


 ――日付も時刻も完璧だ。しかし……


 男は上着のファスナーを下ろすと服の中に手を突っ込んでしばらくまさぐった。服の中からどう考えても内ポケットには入らない書類封筒を取り出すと素早く裏表を確認し、鞄の口を開けてその中に封筒を入れた。


 ――姿勢が変わる……場所は移動していないのに。


 考え事をしながら手慣れた様子で鞄の口を閉め、再びクローゼットの前に戻ると白い服を脱いでその中に放り込み、脱いだのと全く同じ白いスタンドカラーの上着と揃いのスラックスを取り出して着替え始めた。


 ――極めて不自然な……全身がからまったような姿勢だ。


 黒く光るエナメル靴の紐を締め、両手に黒の革手袋をはめると、黒いエナメルの帽子を手に取って鏡に向き直った。男は正面に映る自分の姿に満足したように大きくうなずくと鏡に歩み寄った。


 ――怪我をする前に改修しなければ……だが原因は?


 男の頭には髪の毛が一本もなかった。鏡をのぞき込み、頭皮に傷が付いていないことを確かめると、黒エナメルの帽子を乗せて慎重に位置を決めた。

 毛髪のない頭と眼帯をした左目を帽子で隠してしまうと、意外なほど印象の薄い顔だった。造作はいちいち整っていたが、人目を引くほど派手ではなかった。男はもう一度鏡に向かってうなずくと、机の上の鞄を取り上げて肩から斜めに掛けた。


 ――あんな変な格好になる原因は……なんだ?


 男はドアノブに手を掛けたところで突然何かひらめいたように歩みを止め、苦心して這い出した『穴』の前に戻ると声に出して言った。


「洗濯機だからか?」


 誰も返事をするものは居なかった。男はドアを押し開けて外に出た。

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