花火大会

すかいふぁーむ

第1話

「先輩」

「はいはい」

「話があります」

「その問題、解き終わったらね」


 図書室にはもう、誰もいない。四時半に閉まる図書室だ。五時を過ぎた今は、図書委員の仕事という名目で二人のためだけの空間になっていた。


「もう解き終わっています」

「君は、たまにものすごい集中力を発揮するよね」


 敬語を使ってはいるものの、その言葉に込められた敬意は薄い。先輩だから仕方なく敬語にしているという形式的なものだった。最も、そこに悪意はなく、おそらく彼らの距離に対して先輩と後輩という関係が遠すぎることが問題なのだろう。


「それで、話なんですが」

「ここ、間違ってるからやり直しね」


 物腰柔らかに見える先輩だが、こういった部分には厳しいらしい。


「むむ……」

「急ぐとそういうミスをするんだから、気をつけてやらなきゃね」

「できました」

「話、聞いてた?」


 後輩の性格のにじみ出る一幕だった。結果としては、見事に正解に直されており、先輩の助言は虚しくも空を切る形になったのだが。


「それでですね」

「はい」

「今日は花火大会があるんですよ」

「そういえばもう、そんな時期だったねえ」


 夏休みに入って二週間。いよいよ夏らしいイベントが始まった。始まったと思えば、こうして機会を設けなければいつの間にか終わっているというのも、夏らしさの一つかもしれない。


「浴衣を買いました」

「そうなのか。じゃあもう今日の勉強は終わりにするから、行ってくると良いよ。片付けはやっておくし」

「花火大会、浴衣、あとは相手だけなんです」

「一番重要なところだねえ」


 笑いかける表情は穏やかだが、後輩のほうに笑みはない。


「もう、言わなくてもわかるんでしょう?」

「そうだねえ、友達の男に当たってみようか?」

「違います」

「でも、言ってくれないとわからないなあ」


 ニヤニヤと悪い笑みを浮かべる先輩に、先ほどまでの優しさは見られない。いっそこうなると、さっきまでの穏やかな表情でさえ信用できなくなる。


「先輩は……いじわるですね」

「その顔が見たくてついやっちゃうんだよ」

「先輩がそんなじゃなければ、私だってもう少し素直に……」

「ごめんごめん。じゃあ、行こうか?」

「先輩、浴衣は」

「随分前から催促されてたんだ、用意してあるよ」

「ほんとですかっ!?」


 泣きそうになったり不安そうになったり、かと思えば子供のようにきらきらした目で想い人を見つめる。


「さすがに、もうすぐ花火大会ですね~と毎日のように聞かされていたら、ねえ?」

「うぅ……うるさいです!」


 顔を真っ赤にするその少女を、やはりにやにやと眺める先輩がそこにはいた。


「早く着替えないと、いい場所は取れないんじゃないのかい?」

「地元民を舐めないでください!そこら辺は私に任せて、先輩は早く着替えてくればいいんです」

「年下にエスコートされちゃうのかあ」

「そう思うならもう少ししっかりしたところを見せてください」

「まあまあ、今日はお言葉に甘えるよ」

「いつもそうじゃないですか……」

「なら次はしっかりエスコートできるように、調べておこうかな」

「ほんとですかっ!?」

「いつになるかわからないけどね」


 期待に胸を膨らませる少女と、それを優しく見守る先輩。二人の夏が、これから始まる。

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花火大会 すかいふぁーむ @skylight

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