黒の部隊

 カズキは瞬間的に飛び出していた。

 喉から自分のものともしれぬ濁った音が溢れていく。

 柊が助けを呼んでいる。SOSを発している。それがカズキの冷静さを崩壊させた。復讐と怒りの激情が心を支配する。

 それにあの女。

 見覚えがあった。

 柊が書いた似顔絵の女にそっくりだ。

 柊の足と、公平を奪った張本人。

 人型ヴィクター。

「お前か、私の同胞を殺したって奴は」

 女は薄い笑みを湛え、おもむろに腕を前に突き出す。

 ヤバい。

 冷や汗が噴き出す。

 こいつらは生体金属を自在に操る。

 前のやつもそうだった。

 体内から黒い塊を噴出させ、イブの装甲をも貫く槍と化す。

 今になって思い出す。

 こちらは生身。

 イブに乗っていなければ、カズキはただの人間。それも、運動能力が他よりも一際弱い唯の案山子だということを。

「うおらぁ!」

 空気を震わす怒声とともに、鞄が飛んでいく。

「今だ!」

 寺坂がそこら辺にある物を無茶苦茶に投げている。女を怯ませようという作戦か。彼女もまた、目の前にいるものが人間でないと気がついたようだ。

「柊っ!」

 カズキは精一杯手を伸ばす。

 彼女は車椅子。自分で逃げることすら叶わない。人の手を借りなければ、自分の身を守れない。

 なんと卑劣な奴なのだろう。

 弱者を盾にし、こんなところにまで現れる。やはり、奴らは滅しなければならない。害悪を駆逐しなければ。

 目の前が塞がれる。

 無機質な金属の質感のくせに、うねうねとうごめいている。おおよそこの世のものとは思えない、奇妙な物体。

 それが、カズキの首元を覆い囲む。生ぬるい温度を持つ、蛇が巻きついたような感覚。

 嫌な笑顔だった。

「あんまりお痛が過ぎたね。あんたたちは、黙って私らに搾取されてれば良かったのに。手を噛む家畜には、罰を与えないといけないねぇ」

 女はカズキを軽々と持ち上げた。巻きついた生体金属が気道を押しつぶす。呻きともしれぬ音が喉から鳴る。

 金属は万力のようにゆっくりと、首を締めていく。

 頸動脈が狭くなっていく。視界に白い斑点が見える。柔道で何度か経験したことがある。これは気絶する前のサイン。

 まずい、死ぬ。

 四肢が痙攣を起こす。筋肉が弛緩する。死の予兆。

 今更死など恐れない。

 悔しいのは、こいつに何の反抗もせず殺されることだ。

 こんな奴らが、のうのうと生きながらえていることだ。奴らは、カズキから大切なものを奪った。何という理不尽。何という不平等。

 何という、災厄。

 ふざけるな。

 俺にも、お前から奪わせろ。

 大切なものを。

 心の支えを。

 命を。

 お前たちが人類にとっての災厄ならば、俺がお前たちの理不尽に、不平等になる。

 災厄となる。

 そう決めたというのに。

 力を振り絞り、女に向かって唾を吐く。見事に顔面に命中。

「何のつもり?」

 女がわずかに怒りを覗かせる。

「死に、晒せ、化け物」

 瞬間、鈍色の光が眼前に振り下ろされた。

 オレンジ色の火花が飛び散る。

 それは、一振りの刀。

 直後、カズキは重力に引かれ一瞬の落下を体感する。拘束が解かれ、首に巻きついていた黒い金属はたちどころに液状化する。

 激しく咳き込む。肺が酸素を求めている。

「どいてろ新兵!」

 イブが駆けつけたのだと分かった。

 咄嗟に柊の車椅子をひっ掴み、全速力で駆け抜ける。

 どうしてここに、なんて疑問が浮かぶが今はそれどころではない。一刻も早くここから離れなければ。

「ナメくさった野郎だ! バケモノ風情が、一人でこの辺見基地に乗り込もうなどっ!」

 両断する横薙ぎ。鋭い風切り音。

 女は予備動作なしに後ろへ跳ねる。生体金属を利用した跳躍。女の服が一文字に引き裂かれた。

 紙一重の攻防。

 騎乗者は、小島警部補。県警機動隊からの選抜で機甲機動隊へと転属になった叩き上げ。剣道六段の強者。

 慌てる様子もなく、小島は女に向き直る。

 基本に忠実な、中段構え。

 そこから繰り出されるは回避不能、雷のごとき突き。イブの爆発的な推進力が加わり、弾丸の速度で敵を貫く。

「誰が、一人だって?」

 唐突に現れた一体のヴィクターが、女の死を阻んだ。

 肉壁。黒い盾。

 無情にも、その剣が女の喉元に届くことはなかった。

「な、に……?」

 女の背後から無数の影。うぞうぞとこちらに向かってくる。徐々にシルエットがハッキリとしていく。

 それは軍団。

 黒の部隊。

 災厄の始まりだった。

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