第三章

帰路

 日の出ともに新隊員を乗せた大型車両は、隊列を組み基地を目指す。

 ようやくまともな寝床で寝られるとあって、隊員たちの表情も明るい。辛く、厳しい訓練の後だから、余計に自室が恋しかった。

 カズキは車窓から流れゆく景色を眺めていた。

 鋭い光が差し込むから、思わず目を細めた。

 結局山中訓練を生き残ったのは三組。

 カズキの所属した坂本分隊と西宮分隊、それから真っ当な若手のホープと目される新見巧を擁した片平分隊。これらの組は、訓練最終日までイブの騎乗訓練を行っていた。

 それこそが勝者に与えられた特権である。

 これは編成されて間もない機甲機動部隊内において、大きなアドバンテージだ。

 準災害生物駆除法成立以後に結成された隊は、組織としてまだ若く、指揮官の育成も遅れているのが現状だ。現在各隊長として割り振られている人材は、単に階級制度による当てはめに過ぎない。

 こと戦闘に関して、専門的に指揮をとれる人間はごく少数だ。

 だからこそ、隊はその道のプロフェッショナルを求めている。

 今後想定される対人型ヴィクターという大きな障壁を打ち砕くためにも、優秀な指揮官の育成は急務である。

 通常、警察官が昇進するためには勤務年数と昇進試験に合格することが必要となる。巡査部長、警部補、警部と続いていくが、必ずこの二つが無ければ一生巡査から上がることはない。

 試験では、警察官として必要な知識を求められる。憲法や刑法、実務にまつわることなど多くの専門的知識が問われる。

 ところが、機甲機動部隊隊員にはちょっとした特権がある。

 部隊内での訓練習熟度に応じて、試験考課での加点が成されるのだ。訓練習熟度とは、すなわちイブの騎乗年数である。

 新隊員にはイブに乗る機会はほぼ与えられない。最低一年は基礎体力、基礎知識及びイブの操法訓練に充てられるためだ。

 つまり、先の訓練において騎乗訓練を行ったことは、そのまま騎乗年数にプラスイチされるのと同義なのだ。

 寺坂や吉田などは機を見るに敏、日々叩き込まれた姿勢制御の確認を繰り返していた。

 彼らもまた、選ばれた人間である。その飲み込みは尋常でなく早かった。

 特に寺坂は初日から歩行、走行、単純な攻撃動作など次々とその独特の操作をものにしていった。

 一方でカズキは、黙々と動作確認を反復していた。

 今できる動きを確認し、咀嚼し、飲み込む。それから、それらを組み立てる。

 この辺は格ゲーのコンボを見つける作業に似ている。出来ること出来ないことを把握し、無理のない動きを突き詰めていった。

「……っ!」

 ジグジグとした痛みが走る。

 カズキは頭を軽く押さえる。

 いつもの頭痛だった。

 まるで心音に呼応するように、一定のリズムで鈍い痛みを発するのだ。

 寝不足のせいだろうか。

 訓練が進むにつれ、カズキの不眠症がぶり返した。自分の中の情動が昂って治らない。

 軽く目を閉じる。

 眠れなくてもいい。

 目を閉じれば脳は休息をとる。

 痛みも、いずれ和らぐ。

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