山中訓練 2

「よお、お前ら!」

「前田中隊長! お疲れ様です!」

 夜の森に現れたのは大男。機甲機動隊教育隊中隊長、前田光昭警部だった。

 慌てて立ち上がり敬礼。分隊長が他の隊員を起こそうとする。

「いや、良い。寝かせといてやれ」

「はい」

 それよりも気になるのが中隊長の装備だ。

 暗くてハッキリとは視認できないが、訓練服の下に何かを着込んでいるようだ。しかも暗視ゴーグルを着用している。

「中隊長、それは……」

「お、これか?」

 前田が動くたびに僅かな駆動音。機械でも取り付けているのだろうか、中隊長の立つ地面が沈み込んでいる。重量のあるものだということが分かる。

「これは今極秘で開発している、新型イブだ」

「イブですか!? これが?」

 イブといえば特徴としてあの巨躯がある。ヴィクターの攻撃を耐え、ヴィクターに攻撃を与えるために設計されたあの巨体。それがイブのはずだ。

 だが、これは。

「おお、そうだ。これは要人警護用に開発された、丁型強化外骨格だ」

 見た目には単に訓練服を着ているようにしか見えない。それ程までに薄い装甲だとでもいうのか。

「これは対ヴィクターを想定して作られたわけではなく、対テロ用の強化スーツなのだ。生体金属を筋繊維状に加工し、より集めたいわば人工筋肉というわけだな。薄いと言っても拳銃の弾くらいなら簡単にはね返せるぞ」

 技術の進歩がここまで早いとは。

 イブを基に作られているから、運動性能は折り紙つきだ。操作方法も基本的に変わらないらしいが、イブに比べると若干マイルドらしい。

 ここまでくると、SFの世界だ。

「で、なんだが。お前達に通達がある」

「はい」

 通達。訓練中にか。

 よっぽど重要かつことを急く事案なのか。しかし、寝ているものは起こさなくてもいいと。一体何が起こっている。

「明日の明朝より、丁型着用の旧隊連中がお前達を狩りに行く」

「はい?」

 分隊長が思わず聞き返す。言っている意味が理解できない。

 狩りに行く?

 誰を?

 俺たちを?

「去年よりはマシだぞ。なんせ乙型強化外骨格がこの森を走り回ってたんだからな。それに比べればちょろいもんよ」

 ガッハハ、と中隊長が豪快に笑う。頭がおかしい。生身の人間にイブをぶつけるなど、狂気の沙汰だ。

 そうか。

 だから過酷な訓練なんだ。

 カズキは唐突に理解した。

 イブに追い回されてこのサバイバル生活を強いられる。捕まったら終わり。イブの運動性能は知っての通り。目をつけられた時点でアウト。

 加えて距離ノルマがある。一所に留まることすら許されず、一週間神経を張り詰めて見つからないよう行動する。だから分隊なのだ。警戒する場所を互いに補完し合わなければ、一歩踏み出すことすらできないだろう。

 通りで完遂者が少ないわけだ。

「今回は最初に十人解き放つ。それから日を跨ぐごとに一人追加。どうだ、おもしろいだろう?」

 全くもって面白くない状況になった。

 しかし文句を言ったところで覆るはずもなく、新たに戦略を立てなければならない。

 新隊員が百五十、分隊を組んで三十組。丁型の実力は未知数。取り敢えずは明日死に物狂いで生き残り、どの程度隊が脱落するかでその性能を測る。それ以外に方法はない。

「毎年恒例行事でな、新隊員相手に性能を測るのは。もともとはレクリエーションの一環だったんだが、それがどうにも行き過ぎて」

 どういう事態が発生すればここまで過激になれるのか。カズキには理解できない。

 隣にいる分隊長も同様の意見だろう。先程から呆れた顔を隠そうともしない。

「ただ、お前達には反撃の機会が与えられる。これを使え」

 そう言って手渡したのはリボルバー銃だった。六発装弾済み。

 これで、まさか反撃しろと?

 いくらなんでも危険だ。いかに防弾性に優れた機体だといえ、当たりどころによれば死の危険性すらある。中隊長を見れば明らかだが、頭部がガラ空きだ。一応ヘルメットはしているものの、顔面に銃弾が撃ち込まれたら即死だ。

 跳弾の可能性もある。

「馬鹿もん! ゴム弾に決まっているだろう」

「ゴム弾」

 薬室を開き確認する。確かに、ゴム製の先端が顔をのぞかせている。

 ますます分からない。これで一体何をしろと。

「見事弱点である頭にぶち当てたならば、そいつは死亡扱いとして、この丁型を鹵獲し使用することができるのだ」

 あくまで要人警護のために製造された機体のため、本番ではヘルメットの着用はない。訓練では安全のためフルフェイスを被るものの、もしもそこに当てられたならば、死亡扱いとするらしい。

 つまり、この訓練で勝つ道筋は二つ。

 ひたすら逃げるか、戦うか。

「では、俺はまだ他の隊を回らねばならん。明日まで英気を養え。さらば!」

 そう言って中隊長が猛スピードで飛び去って行く。その姿を見る限りでも、相当の運動性能を保有していることが分かる。

「……」

「……」

 取り残されたカズキと分隊長。しばらく無言の時間が続く。

「とりあえず、明日考えよう」

 ここで隊員を起こすのは得策ではない、と考えたか。確かに、明日以降過酷な戦いが待っているのは間違いない。ならばせめて万全の体調で臨むべきだ。

「だったら、僕が火の番をしておきますよ。分隊長は寝てください」

「いや、お前こそ」

「僕はもう寝られないので。これは遠慮とかでなく、本当に寝られないんですよ。睡眠障害ってやつです」

 分隊長が考え込む。

 恐らくは小隊長あたりから話は聞かされているだろう。入隊にあたり、健康面、持病の有無の確認は徹底されていた。カズキも正直に話している、自分がいまどういう状態であるかを。

「分かった」

 素直に頷く。しばらくすると寝息が聞こえてきた。

 本当に、詮索しない人で助かる。

 森には静寂が訪れていた。風もない。たき火のバチバチと燃える音、時折まじる寝言の声だけで、あとは何もない。

 空を見上げても立ち上る煙と、漆黒がただただ広がっているだけ。

 ふと思う。

 柊はどうしているだろうか。

 小倉や石原は、頑張っているだろうか。

 思えば遠くまで来た。寂れた田舎町から、関東の見知らぬ山まで。あの頃の自分は、こんなところにいるなんて想像もしていなかった。

 夜は嫌いだった。

 いろんなことを考えさせる。

 楽しかったことも。

 苦しかったことも。

 あの日の出来事も。

 カズキはたき火をじっと見つめる。よくやる手だった。何かに集中し続ければやがて無になれる。何も考えなくて良くなる。

 そうして朝を迎えた。

 運命の朝を。

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