リンゴの木へ

 県内にある果樹園は計四六箇所。

 そのうちリンゴの木を栽培しているのは一二箇所だった。ネット検索でヒットしたのがそれだけという話で、そもそもインターネットでリンゴの木がどのくらいあるか把握するのは不可能だ。

 結局は足を使った捜査に頼るしかない。

 果樹園があるようなところは、得てして市街地からは離れた、いわゆる田舎に多く存在しているそして、そういったところには駐在所がある。

 交番と駐在所の違いは、そこに住んでいるかどうかだ。駐在所はその性質上、地域との結びつきが非常に強い。

「成さん、久しぶりです!」

「久しぶりっス! 成さんめっちゃ老けましたね!」

「いやー、このところ忙しくてね。すんごい白髪増えちゃったんだよね」

 成田邦明巡査長。三十二歳。警察学校第一◯三期短期(大卒程度)卒業生で、倉田たちとは同期にあたる。転職前は製造業をしていたが、妻と子供を守りたいという気持ちから警察官へと転身する。

「残念だったね、公平と柊のこと。お前たちは特に仲良かったから」

「警察官になった以上は、仕方ないと分かってはいるんですけどね。それでもやっぱり悔しいですよ」

「協力できることがあるならなんだってするよ。って、あんまり権力はないんだけどね」

 はは、と頭をかく。

 公平は根が明るく社交的な性格だったから、同期の殆どと交流があった。公平のためなら、と協力を申し出てくれる人も多い。

 だからこそ、今日はここにやってきたのだ。

「成さん、聞きたいことがあるんスけど、この辺でリンゴの木を栽培してる農家ってどのぐらいあります?」

「リンゴ? えーっと」

 そう言ってファイルを取り出す。巡回連絡ノートと言われる、各家庭の情報が書かれたもの。住民の協力を得て作成されるもので、災害時などの身元確認に使われるものだ。

「いち、にぃ、さん……。ここら辺では七軒くらいかな。農家じゃないところもあるけど」

 やはり。

 果樹園ばかりに気を取られていたら見逃すところだった。リンゴの木の栽培など違法でもなんでもないのだから、個人が所有していることだってあり得る。

「見せてもらっていいですか?」

「ああ、ほら」

 成田がノートをこちらに寄越す。

 小倉と石原とでこれまで回ったものと比較してみる。個人宅はもちろん、農家すら見落としていた。ネットに掲載されていない生の情報だ。

「? これなんスか? この、新谷羅教会ってやつ。教会ってリンゴ食っていいんスか?」

 創世記のアダムとイブの逸話。悪い蛇に唆され、神から禁じられた果実を食べてしまうという話。

「ああ、にやら教会ね。別にキリスト教じゃないからいいんじゃないかな」

「へ、そうなんスか?」

 教会と言えばキリスト教のイメージだったが、どうも違うらしい。

 神社や仏閣など特別に呼称があるものを除けば、どんな宗教施設も総称して教会と呼ぶのだという。

「ここは土着の神を信仰していたところみたいでね、何百年も続く由緒正しい神様らしいよ。村の人たちが祠を作ってそこに巫女を住まわせ、農作物の豊穣を願っていたんだって。まあ、それも今じゃ殆どと廃れてるけどね」

「なるほど、では今は何も無いんですか?」

「いや、今は孤児院になってるよ。そこの施設長さんがとても素晴らしい方でね、県内の孤児を引き取ってそこで生活しているんだ」

 宗教団体に孤児院。小倉にはあまりいいイメージが湧かなかった。

 映画や物語の影響だろうか。子供達が一人、また一人と居なくなり、最後には……。

 いや、失礼すぎるだろ、その妄想は。

 それに成さんもいい人って言っていたじゃないか。

「役に立ったかい?」

「はい、とても」

「ところで、君達は何のためにこんなことを聞いたんだ?」

 説明せずとも教えてくれるのは、成田の人の良さである。それだけ信頼しているということか。

「成さん、ここは何も聞かないで行かせて下さい……。男には、言えないこともあるんスよ!」

「はあ、まあいいけど。小倉がいるし、大丈夫でしょ」

「え! 良いんですか!?」

「うん」

 即答。

 それはそれで問題な気もするが、理由を聞かれないのは有難い。こんなことが署にバレでもしたら止められかねない。

「スゲー表情変わったもん、小倉。最初会った時なんて、こいつ本当に大丈夫かな、って思ったし」

 成さんと初めての会った時のこと。

 入校した頃の自分。

 長い間誰とも打ち解けられなかったあの頃。

 僕は怖くてたまらなかったのだ。

 それなりの正義感と使命感を携え、でもそれを表に出せなかった。力が弱いくせにヒーローを気取っていた小さい頃、よくからかいに遭っていた。お前なんかが、と笑われた。仲間外しにされることもしばしばだった。

 ヒーロー志望の気持ちは変わらなかったけれど、性格は内向的になっていた。

 入校して、周りにこんなに同志がいるのが嬉しかった。しかし、そんな中でも自分を出すことができなかった。人を守る。それが自分には大それたことなんじゃないか、と思ってしまう。

 そんなとき、柊組になって、カズキが声をかけてくれて、ようやく自分の言葉を表に出せた。馬鹿にせず、話を聞いてくれた。

 カズキさんも、柊さんも、石原も、公平さんも。

 本当の意味での、初めての仲間。

 その人たちを自分から奪ったヴィクターが憎いし、何かせずにはいられない。初めての感情だった。

「変わったんじゃなくて、変えてもらったんです。仲間に。だから、仲間のために尽くしたい。いってしまった人に見せたい。あなたのお陰で強くなれました、って」

「そうか」

 子供の成長を見守るような、柔らかで暖かい目。なんだかむず痒くなる。

「今日はありがとうございました」

 深々と頭を下げる。

「おう、気をつけてな。石原、もしもの時は頼むぞ」

「うっス! 任せてください!」

 ドンと胸を叩く。

 照れ臭くて絶対に言えないけれど、お前にも助けられたんだ。

 頼りにしているぞ、親友。

 駐在所に別れを告げ、車に乗り込む。

 さあ、次の目的地に急ごう。

 確か、新谷羅にやら教会だ。そこにあるリンゴの木を目指す。

「行こう、石原」

「おう」

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