新型
実戦投入されたイブ改良型の性能は、充分過ぎるほどに発揮されていた。旧型では決戦地に誘導しなければならない苦労も、新型ならば不要だった。重火器の使用が不必要になったからだ。
三メートル程の体躯を得てなお機動力を落とさなかったのは、やはりその独特な操作法にある。
「駆除モードに切り替え、用意!」
イブが右拳を三回グッ、と握り込む。その合図を承認したイブが、モードを切り替えていく。
増幅操作、と呼ばれるこの操縦法の最大の利点は、小さな力を容易に大きな力に変換することができるということだ。
市街地にヴィクターが出現したという通報を受けてから約五分。生体金属特有の濡れたような黒色が、四方八方から聞こえる鼓動の音に混乱していた。
搭乗者が小さく一歩踏み出す。その命令をイブは過敏に読み取り、爆発的に推進する。遥か遠くに見えた対象が、一瞬のうちに目前に迫る。
今度は右手を軽く突き出す。
分厚いコンクリートを易々と貫通する右ストレートになる。
イブの右腕には刺又状の装備(通称ジャベリン)が搭載されていて、ヴィクターは成すすべなく組み伏せられる。上から見ると肩から対角線の脇の下にかけて、まるで袈裟懸けのように押さえ込まれる。ヴィクターが暴れても、これならば物理的に攻撃は届かない。
「射出!」
火薬の弾ける音。刺又の中央部分からパイルバンカーの要領で鋭い槍が打ち出される。ヴィクターの堅牢な皮膚を打ち破り、心臓に達する。
ギイ、という短い悲鳴を上げのたうち回る。心臓を穿つくらいではこいつらは死なない。
ヴィクターのみぞおち辺りに全体重をかける。
ジャベリンを再装填。
顔面に射出。
大きく一回跳ね上がり、それから糸が切れたように動かなくなる。モニターに表示されたバイタルはゼロだった。
「駆除完了。死体回収にあたる、以上!」
驚異的な速さであった。最早ヴィクターなど脅威になり得ない程に。
全国の市街地に設置された音波装置により足止めされたヴィクターを、各所轄に配備されたイブが迅速に仕留める。そのシステムは既に完成されていた。
準災害生物駆除法成立から僅か二年で、である。
この異例の速さでのシステム構築の裏に、どんな政治的取引があったのか、三島には分からなかった。だが、これを仕掛けた人物がどれだけの傑物かは何となく感じ取れた。
対策室室長片桐孝一。若くして警視監の階級を拝命し、行く行くは警察庁長官と目される男。
既にイブは各警察署に一台配備されている。将来的にはバックアップを含め各署に最低二台配備、三交代制でローテーションする予定である。
対策室は指揮権のほとんどを警視庁及び各道府県警察に移しており、現在はイブの搭乗者の育成及び人員確保に尽力しているのであった。
「どーも、どーも、お待たせしました。学校長の三谷です」
「! 初めまして、警察庁の三島です」
「矢野です」
三島と矢野は相変わらず全国を飛びわまり視察の毎日であった。今日は某県の警察学校に来ていた。理由は一つ。三島達がスカウトした人物の状況把握のためだ。
「今日は、強化外骨格操作訓練の講座を開いていただけるということで」
「はい。適性を測る目的もありますが」
「なんと! ではもしかすれば県内初の機甲機動隊員輩出もあり得る、と?」
「ええ、適正があれば」
さすがにカズキの話しをするわけにはいかなかった。裏口のことを把握しているのは県警トップのほんの一部のみ、トップシークレットである。
現在この県警では管区機甲機動隊から出向という形で、ヴィクター防衛を行なっているのが実情だ。縄張り意識の強い県警は、忸怩たる思いで業務を他県の警察官に委任しているのである、らしい。
警察庁の三島には意味のわからない感覚だったが、矢野が言うにはそういうものらしかった。
ともかく、どうしても県警内から機甲機動隊員を輩出したいのだろう、できれば自分の在任中の学校生の中から。
その夢は数年後叶うさ。
「では早速」
「はい、場所はどこでしょう?」
「案内します。天音教官」
「こちらです」
女性警察官の微笑みに、三島は少しどきりとする。綺麗な人だ。三島より年上だろうが、何というか大人の魅力が漂っていた。
見習生には毒だろうな。
集団生活を余儀なくされ、プライベートが殆どないこの環境では、生殺しに近いものがあるには違いない。
生唾を飲み込む。
いかん、仕事中だ!
「よろしくお願いします」
おくびにも出さずそう言う。最近は考えが顔にでる癖も矯正されつつある。
それに矢野さんも居るのだ。口説くような真似など。
「三島さんは独身なんですか?」
「え! あ、はい!」
「そう、なんですか」
いきなりの質問に驚く。まさか向こうから聞いてくるとは。薬指をちらと盗み見る。指輪はしていないようだが。
「こちらです」
そんなことを考えていると、会場に着いてしまった。
「これを」
天音が、矢野に気づかれぬような小さな声で囁く。小さなメモ用紙をポケットに滑り込ませる。微かな香水の香りが鼻をくすぐる。
こ、これは!
「起立!」
そんなことなどなかったかのように、天音が厳しい声を発する。見習生が緊張している様が見てとれた。
肉食系女子。そんな言葉が脳裏によぎる。
正直どストライクである。
隠しきれぬ興奮で鼻息を荒くしていると、
「あんまりはしゃぎすぎんなよ」
と矢野が一言。三島のポケットを指差す。
目敏い、この。
「分かってます! 仕事に手を抜いたことは無いですから!」
気恥ずかしさから、ついつい語気を荒らげてしまう。
そんな心情すら見透かしたように、矢野が苦笑した。まだまだこの人には敵いそうにない。
用意された座席の前に立つ。
「礼!」
一糸乱れぬタイミングと角度。訓練の賜物だ。
懐かしいな。
三島が学校にいた頃、正確には警察大学校なのだが、やはりこっぴどくシゴかれたものだ。自分自身もあまり体力があるほうではなかったから、彼のことが少し気掛かりだった。
彼を見つけた時に抱いた感想は、随分変わったな、だった。
初めて彼に出会った時は、青っ白くてヒョロッとした、いかにもな少年だったのだが。一年以上ぶりに見た彼は、少し日に焼けた精悍な顔つきの青年然としていた。
男子三日会わざるや、とは言うが、頼もしく成長したようだ。
目が合うと露骨に逸らされるが。
「今日は警察庁から直々に講師に来てくださった三島警部と矢野警部補のお話し、真剣に聞くように! もしかしてとは思うが、万一寝るような奴がいた場合は、分かってるな!」
その言葉にことさら緊張が走る。
三島が壇上に立つ。
「只今ご紹介にあずかりました、警察庁の三島純一です。本日はイブについての講座のため参りました」
黒板に向かう。食い入るような視線が痛いくらいだ。
「そもそもイブとは、Extermination Victor Exoskeletonの頭文字を取った俗称で、正式には準災害生物駆除用特殊車両という呼称です。現在は新型の丙式が運用されています」
この辺の話は基礎的な知識であるので知っているもの多いだろ。
「操作が非常に扱いにくいため、熟練者になるには数年訓練を重ねなければなりません。ですから機甲機動隊に選抜されてからも、最低一年は学校で訓練漬けの毎日になります。はっきり言えば、この警察学校でやっていることなど、ままごとに感じるくらいには厳しい訓練です」
三島の言葉に見習生達が凍りついた。しかし事実である以上伝えなければならない。イブに乗るという夢を抱いているのならば尚更、知っておかねばならない。
「と、まあ脅してばかりではいけませんね」
そう言って鞄からある物を取り出した。コードの束と、その先端には丸いシールのようなものが張り付いている。ちょうど心電図を測る機械のようなものだった。
「これは姿勢制御矯正の機材です。これを関節部に貼り付けて、イブの操作を身体に叩き込む訳です。では、そこの君」
そう言って三島は見習生の一人を指差す。緊張した面持ちだが、好奇心もあるのだろう。張り切って前へ出る。
「仕組みは簡単です。イブ搭乗時に、これ以上は動かない、という角度に動いてしまうと、電流が流れるというものです。本来は吊るされた状態で行う訓練ですが、試しに」
見習生の身体に機械を取り付けて、動いてみるよう促す。
一歩足を踏み出す。本人は小さめの歩幅をとったつもりだろうが、まだまだ動きが大きい。
「イッ!?」
ピッ、という警告音とともに静電気程度の電流が流れる。見本のため出力は最弱にしてあるが、本来ならばこんなものではない。
「はい、これではまだダメですね。もっと小さく」
今度は見習生も恐る恐る足を踏み出す。すり足のように前進する。
「痛い!?」
またもや電流が流れる。
「正しい歩行の姿勢が出来ていません。これではイブは横転してしまいます。姿勢制御矯正ですからね、一定の動きができないと電流が流れます」
ごめんね、と見習生から機械を外す。もちろん成功するとは思っていなかった。どのくらい難しいのか理解してもらうためのデモンストレーションに付き合ってもらっただけだった。
「何台か持って来たので、五人ずつに分かれてやってみましょう」
物珍しさからか、娯楽に飢えていたのか、見習生達は我先にと立ち上がる。三島の元にも生徒達が駆け寄ってくる。
「お久しぶりです!」
「ああ、久しぶり、宮石くん」
宮石公平と会うのも随分久しかった。夏のあの日以来か。元々逞しそうなオトコだったが、更に頼もしくなったように思う。
「……ども」
それから森田和希も。
「久しぶりだね」
彼も変わった。不健康そうな顔だったのが、日に焼けて幾分生気が宿っている。
「やってみるかい?」
「……はい」
カズキに装置を取り付ける。筋肉がついてきているのが分かる。初めて会った時の彼とはもう別人だった。
「さあ、進んでみよう」
その言葉と同時に、カズキが一歩踏み出した。それはとても自然で、彼の中にある黒い装甲の身体が三島にも見えるようだった。
「すごい……」
女生徒が思わず漏らす。三島も同感だった。
一年前、彼と出会った時のデータでは、こんな動きではなかった。操作は下の下、その特異な能力からスカウトの対象になった人間なはずなのに。
「どうして?」
当然の疑問が口をついて出る。
カズキは悪戯っぽい顔で笑う。
「俺も成長してるんですよ」
そうか、あのゲーム。
イグゾートはその役割を終えてもなお、一部地域で未だに設置されている。役割とは、強化外骨格の操作を習得した人間のスカウト。つまり、あのゲームでまともにプレイすることができる人間を探すということだ。
練習していたのか。
ここまでの挙動に至るまで、専門に訓練している人間でも最低一年はかかる。この短期間で、どれだけの鍛錬か想像もつかない。
見返すための努力。
恐らくは三島への意趣返しだろうが、それでも良い。
きっとこの努力は身を結ぶ。
望むべくは、彼が警察を好きになってくれること。誇りを持ってもらうこと。
そしてそれは、ここで養うしかないのだ。
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