再会
ゲームセンターにはいい思い出がなかった。カズキの住む田舎ではゲーセンといえば不良のたまり場で、よく絡まれていた。とある人物と知り合ってからはそういうこともなくなったが、それでも腕力に自信のないカズキには恐ろしい場所というイメージは消えなかった。
「なあお兄さん! お小遣いくれねぇかなぁ!?」
こういうことがあるから怖いのだ。
少し幼さが残る顔でカズキを睨め付ける、中学生と思しき三人組。彼らの顔にはにやけが張り付いている。
年下にナメられてる。
しかしカズキは言い返すことができなかった。相手は三人。もともと運動が苦手なのに加えて、ここ半年は殆んど引きこもりみたいな生活をしていたせいで筋力も衰えている。
こんな奴ら、頭の中ならボコボコにしてやれるのに。
格闘ゲームの技は全て頭に入っている。イメージを体現できる体さえあれば、俺は最強なのに!
「聞いてんのか? おい!」
「い、いや、あの……」
目が泳ぐ。震える手が懐の財布に伸びていく。三人組がくすくすと笑っている。カズキは屈辱と恥ずかしさで顔が紅潮した。
その時だった。
「おいクソガキ。たかってんじゃねーぞ」
太く、少ししゃがれた声。三人組がビクリと肩を震わせる。カズキはこの声に聞き覚えがあった。懐かしい声だった。
「公平!?」
「あれ、カズキか?」
浅黒い肌に精悍な顔つき。鋭い眼光の下には小さな切り傷。間違いなかった。
「おまえ、すげー久々だな! 相変わらず青っ白いなぁ」
宮石公平はカラカラと笑い、カズキの肩を叩く。その仕草があまりにも昔のままで、カズキも思わず吹き出してしまう。
「変わんないな、お前も」
公平に会うのは三年ぶりだった。カズキが高校一年の時、ぱったりと姿を消してしまって、それからは連絡の取りようもなかったのだ。
「おい、ガキども……ってあれ?」
「さっきの奴らならもう逃げてったよ」
公平のガタイに恐れをなしたのか、件の三人組は慌てて飛び出して行った。カズキは公平を羨ましく思った。公平はカズキの持っていないものを全て持っているように思えたのだ。
また、助けられてしまったな。
カズキにとって、彼はヒーローだった。小学生の頃から貧弱で、線の細いカズキはいじめっ子たちにとって格好の的だった。小さい頃から虐げられてきた経験から、性格も内向的になっていった。外で遊ぶ機会は日に日に減り、ひたすらゲームをやるようになった。
彼が現れたのは、そんなある日のことだった。
『宮石公平です。将来の夢は、警察官になる事です』
転校初日の挨拶だった。
聞かれてもいないのに夢を語り出す少年に、皆笑った。担任の先生も笑っていた。カズキも、その唐突さに不意をつかれ吹き出してしまった。それでも公平は真面目な顔をして一礼をした。
何が可笑しい。そう言わんばかりに。
公平は瞬く間に人気者になった。
元気で運動もできて、顔も良くて、少しバカでユーモアもある。そんな子が好かれないはずがない。
自分には関係のない人だと思った。クラスの人気者といじめられっ子。交わることのない人種だと。
『なあ、お前ゲームめっちゃ上手いんだって? クロファイってゲームが俺めちゃくちゃ好きなんだけど、もしかしてやってる?』
だから、そう話しかけられた時、夢だと思った。
クロファイとは、クロスファイターズの略で、当時流行った格闘ゲームの名前だった。小学生には少し操作が複雑で、学校でやっているものはあまり居なかったように思う。
屈託のない笑顔。爛々と輝く瞳。敵意にまみれた他のクラスメイトとは全然違う、清廉なヒーロー。
『う、うん』
『マジで!? やった! じゃあさ、一緒にやろうぜ!』
その一言が、カズキを救った。
きっと向こうは全く覚えていないだろうけれど。
「今までどこに居たんだよ? もしかしてずっとここにいたのか?」
カズキが矢継ぎ早に問う。
「いや、今日はたまたま」
「じゃあ、一体どこにいってたんだ? 心配したんだぞ」
「ちょっとあって、な」
公平は言葉を濁した。珍しいな、とカズキは思った。記憶の中の彼は隠し事のできない不器用な男だった。
まあ、人間誰しも変わるよな。
「カズキこそ、ずっとここ通ってたのか?」
「いや、僕も偶然。って言うか、新しいゲームやりに」
「お、実は俺もなんだよ」
公平の顔がパッと輝く。
「エグゾートってゲームがやりたくてよ」
そのゲームこそ、カズキがやりたかったゲームだった。近所のゲームセンターにはここにしか設置がなく、一週間くらい前に導入したばかりだった。
「一緒にやろっか」
「おう、また教えてくれや」
公平はゲームは好きだが腕前の方はてんで駄目だった。だからいつもカズキが操作方法や立ち回りのアドバイスをしていた。
この時間が好きだったな。
思い出して懐かしい気分になる。多分あれが、青春と呼べるものだった。
店内を奥に進むと、一際異彩を放つそれが鎮座していた。
エグゾート。
新感覚の操作性とは、なるほどこういうことだったのか。
「鎧?」
人間より一回り大きい、漆黒の機体。背中にぽっかりと穴が空いているのはあそこから入るということだろうか。全身を使って操作するというのは、確かに難しそうなゲームだ。
「はぁー、これがイブか」
「イブ? エグゾートだろ?」
「知らないのか? ふふん」
公平が得意げに鼻を鳴らす。
「一昨年、災害生物駆除法が成立しただろ?」
「ああ、あのヴィクターとかいうやつの」
ヴィクター大災害。三年前全国各地で同時多発した怪物騒ぎのことだ。
隣の市でも出たという話だが、詳しくは知らない。当時は世間も混乱していたし、メディアも踏み込んだ内容までは報道していなかったように思う。被災していないカズキにとっては対岸の火事のような出来事で、沢山犠牲者が出たというくらいの認識だった。
「そう、そしてその対策のため警察に設置された災害生物対策係。そこに今年から配備される最新装備こそ」
公平がビシッと指を指す。
「イブ、強化外骨格だ!」
その話ならばニュースで散々見ていた。試験段階で去年から実戦試験として現場に投入されているらしいが、その効果は絶大だという。通常ならば十人以上の警官が重火器を装備して殲滅せねばならなかったのを、その一台で全てこなすという。
しかし、このエグゾートの機体とイブでは似ても似つかない。
本物はもっと大きいし、見た目も装甲車が立ち上がったような感じだ。こんなペラペラの鎧ではないはずだが。
「それが噂によると、このゲームの操作方法は本物のイブの操縦システムが使われているらしい。ネットの噂じゃ、イブの開発チームの一人が、金欲しさにゲーム会社にリークしたらしいぞ。だからこいつは通称イブって呼ばれてんだ」
「へぇー、詳しいね」
「まぁな、色々調べたから」
そう言って公平はその機体を撫でた。その顔には笑みが浮かんでいる。
「警察官になることが夢だったっけ」
「おう、今も試験に向けて絶賛勉強中よ!」
公平は、カズキと知り合ったときから警察官になる夢を語っていた。それは正義感に溢れる彼にとても似合っている、とカズキは思っていた。
「それに、あんなカッコいいロボットにも乗ってみてーし。警察官になったら絶対警備課に入ってやる!」
カズキは、公平がロボットに搭乗している姿を思い浮かべてみた。彼ならば、きっと様になるだろう。
「今年で最後かもしれねーしな……」
公平が小さく、消え入りそうな声で呟く。
「ん?」
「いや、なんでもない」
「? そう。じゃあこれやってみなよ」
カズキが促す。しかし公平は首を振る。
「カズキからやってくれ。いつもそうだったろ?」
そう言えば、確かにいつもそうだった。
公平は、見た目に反して保守的なところがある。アイスは絶対バニラ以外選ばないタイプだ。
カズキはプラスチックの鎧に触れてみる。腕がわずかに動く。各関節ごとの可動域は相当狭いようだ。
どうやって操作するのだろう。
コインを入れ、とりあえずコックピットに乗り込む。着る、という方が正しいか。内側はクッション性の素材になっている。腕も足も固定されていて、僅かに動かせる程度だった。
目の前の液晶に、エグゾートと表示される。それからVRのだだっ広い荒野が描写されていく。そして相対する敵モンスター。
スタートの合図とともに襲いかかってくる。
回避するには、とカズキが足を動かした途端。
「うおっ!?」
画面上の機兵の足が大きく上がる。同時に右の側頭部ギリギリにモンスターの腕が伸びていた。ご丁寧なことに耳元で風切り音まで聞こえる。
間抜けにもひっくり返った。
なるほど、操作が難しいとはこういうことか。
動かした脚の動作が何倍にも増幅され反映される。これは性質上、実際に動き回ることができないゲームセンターという環境に合わせて設計されたものだろう。
しかしこんなにピーキーでは歩くことすらままならない。
救済措置か、左拳を握ることで立ち上がることができる。
まずはどのくらいの角度動かせばどの程度駆動するのか確かめなければならない。
実際の可動域が三十度くらいだが、画面上では九十度くらい動く。何度も挑戦してみるが上手くいかない。相当のボディコントロール精度が求められる。
回避自体は左右にスウェーすれば避けられるものの、それ以上のことができない。
運動の苦手なカズキが踏み込める領域ではなかった。
「どんな感じ?」
公平の声が聞こえる。
「ぜんぜん! ダメだ! これなら公平の方が上手いかも!」
「マジで?」
画面上の機体のエネルギー表示がみるみるうちに減っていく。敵を倒してエネルギー補給をしなけれぼならないようだが、攻撃がまともに当たらない。ぶんぶんと腕を振り回しているだけで、まるで幼子の駄々のようだ。
モンスターの攻撃も次第に激しくなっていく。エネルギーも残り僅か。せめて攻撃をヒットさせる感覚を掴むため、カズキは最後の一撃を放つ。
ゴツ、と鈍い衝撃音。画面上のモンスターに拳がぶつかる。ようやくまともな一撃を喰らわしたと同時に、エネルギーが尽きる。
『ゲームオーバー』
終了の合図。取り敢えず操作感覚は分かった。後はそれを磨いていくしかない。何度もやってきたことだった。
これは相当時間がかかりそうだ。
まぁ、そのくらい歯ごたえがないと面白くないか。
カズキがため息を漏らしたその刹那。
終わったはずのゲーム画面でモンスターが動く。カズキは反射的に左に体を捻る。
拳が目の前にとびだしてきそうな感覚がして、カズキは大きく仰け反った。驚きすぎて声も出なかった。心臓が跳ね上がり、額から汗が流れる。
不可避の一撃。
「どうした!」
公平の声で我に帰った。画面にはもうあのモンスターは居なくなっていて、代わりにゲームのPVが流れている。
なんだったんだ、今の。
バグだろうか。今の攻撃は明らかにゲームオーバーになった後に放ってきたものだった。予備動作すらなく、唐突に拳が迫ってきたのだ。
動悸が激しい。
何にしても腹が立つ。
あの瞬間、ゲームの世界である事を忘れ、驚きを超え恐怖を感じた。そんな自分が滑稽で恥ずかしく思えて、そんな思いをさせるこのゲームに憤りを覚えた。
やっぱクソゲーだ。
滲み出る汗を拭いながら、カズキはそう思った。
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