対策室

 警察庁の一室。内閣府に置かれた災害対策本部は、新法により警察庁にその指揮系統を移した。継続的な対策が必要として、ヴィクターは準災害という新たな名称に認定された。

 災害生物対策準備室は、準災害生物駆除法の施行により、準災害生物対策室へと名称を新たにした。人員は補充されたものの、課題は山積みで常に人手不足だった。三島純一も今年から対策室の係員として配属されたばかりだった。

「ヴィクターの出現を確認! 第三管区機甲機動部隊の出動を許可!」

 ここは全国に設置された機甲機動部隊の司令室の役割を担っている。ヴィクター発生の通報を受け、司令部にも緊張感が走る。

 イブが実戦投入されてから、被害レベルは格段に下がった。また、戦い方のノウハウの蓄積により、ここ一年警察官の死亡率は1パーセントを切っている。

 それでも事故はあるものだ。大災害の教訓を、彼らは忘れてはいなかった。

「ヴィクターの誘導開始。第三管区決戦地丙へと向かえ」

 また、ヴィクターの生態も徐々に明らかになっていった。彼らは視力が極端に退化している。代わりに鋭い聴覚で周囲の状態を把握している。その中でも優先してターゲットとする音があることが判明した。

 それは、人間の鼓動の音だった。

 動悸の激しい人間を最優先に襲う習性の判明は多くの人間に戦慄を与えたと同時に、ヴィクターを音によって誘導するシステムを構築させた。

「デコイ発射。ヴィクターの攻撃行動を確認」

 決戦地に誘導が完了した後、対ヴィクター用デコイにより時間を稼ぐ。後は機甲機動部隊の到着を待ち、殲滅する。

「機甲機動部隊現着。ヴィクターと会敵。発砲許可を!」

 法律により、災害生物対策室の室長権限でヴィクター殲滅のための発砲許可を出すことができるようになった。これはイブに搭載されている火器が拳銃取扱規範の範疇ではないために必要な手順であった。

「発砲許可」

 室長の片桐が静かに言い放つ。この声は冷徹で、しかしどこか怒りを含んでいるようだった。

「発砲許可!」

 指令員が復唱。無線の向こう側の隊員がさらに復唱する。その後、激しい爆発音。大口径のライフル砲が着弾した。

「命中確認! 目標の反応消滅しました!」

 その一言で室内の空気が弛緩する。三島もホッと胸をで下ろす。

「死体を確認しろ」

 片桐が言う。その声音は毛ほども油断していなかった。確実に無力化したことを目視しなくてはすべてが終わったとは言えない。

「目標を目視。バイタル確認。無力化確認しました」

「作戦終了。死体を回収した後撤収」

 片桐の一言で今度こそ警戒体制が解かれ、ようやく一段落ついた。

 この緊張感には慣れそうにないな、と三島は思った。

「三島」

「矢野さん!」

 矢野通広は警視庁から出向してきているベテラン警備畑の人間で、今は三島とコンビを組んでいる。階級こそ三島の下だが、頭が上がらない存在だった。

「ちょっとコレ付き合ってくれや」

 矢野は指を二本口に当てる。タバコに付き合えということだろう。三島は喫煙者ではなかったが、コクリと頷いた。

「昔は部屋でも吸えたもんだがなぁ」

「流石にもう数十年前の話ですよ、それ」

「カカカ! もうそんなに経つか」

 矢野が快活に笑った。

 喫煙室には誰もいなかった。庁内は禁煙ムードが高まっていて、今は殆ど使われていない状態だった。秘密の話にはもってこいの場所だ。

 矢野がマールボロに火をつける。タバコの匂いが漂ってくる。三島が思わずむせると、また矢野がカラカラと笑った。

「悪かったな。タバコ吸うのに話し相手が居ないとなんか淋しくてな」

「いえ、自分で良ければいつでも」

 ふう、と大きく紫煙を吐きだす。

「例の件だが、一人トンデモナイ奴がいやがった」

「! それって!」

「あの一発に反応しやがった」

 三島は驚愕した。まさか、とも思ったが、矢野の顔は真剣そのものだった。

 なるほど、対策室では話せない訳だ。

 それは、三島と矢野が受け持っている裏の仕事だった。対策本部を警察庁に設置する対価として、優秀な人材の確保という名目で様々な人間をスカウトしているのである。いわば裏人事だ。

 その一環として、とあるゲームのデータ収集を行なっていた。

 エグゾート。

 ゲームメーカーにイブのデータの一部を提供し作られた体感型アーケードゲーム。それにより、特異な能力を持つ人間の選別を行なっていた。

 矢野が一枚の紙を取り出す。

「調べはついてる。血縁関係やら交友関係、経済事情諸々な」

「これは……!」

「面白いだろ?」

「貴重な戦力になります」

 三島は手渡された資料をじっと眺めていたが、やがて覚悟を決めたようにこう切り出した。

「私に、スカウトを任して貰えませんか?」

 ほう、と矢野が唸る。これまでスカウトを行なってきたが、必ず二人で当たっていた。それがセオリーだったからだ。それを一人でやろうというのである。

 矢野は少し思案し、静かに頷く。

「分かった。お前一人で当たってくれ。正し、失敗してもフォローは無しだ」

「はい! ありがとうございます!」

 矢野は二本目のタバコを取り出して火をつける。

 よし。

 小さく拳を握る。

 これはスキルアップと同時に、矢野に一人前であると認めてもらうためには大きな一歩である。熟練の現場警察官に認められるということは、庁内のある程度の人間に認められる以上に価値のあることだ。

「景気付けに一本吸ってくか?」

「いえ、私は––––」

「いいから一本持ってけ」

 固辞する三島に無理矢理タバコを握らせる。手巻きだろうか、ひどく不恰好な作りのものだった。

「向こうで吸え。都会と違って空気が旨いからな」

「はぁ……」

 不承不承といった感じで受け取る。腹芸ができないところが、良くも悪くも三島の特性だった。

「さて、仕事しますかねぇ」

 よっこいせ、と立ち上がる。すると三島は笑いながら、

「それ年寄りくさいからやめた方がいいですよ」

 と一言。

「おまえは……」

 矢野が肩から落ちるのを見て、三島はその理由が分からないでいた。

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