第一章

転落

 森田カズキは絶望した。

「な、ない……。番号が……ない!」

 掲示板に張り出された番号をいくら見比べてみても、カズキの受験番号は無かった。頰をつねってみる。痛みが無いから夢かとも思ったが、ショックのあまり感覚が麻痺していたらしく、遅れて鈍い痛みが広がった。

「嘘、だろ……?」

 あれほど勉強して、大好きなゲームも封印して万全の状態で受験に臨んだというのに。あれだけ自信満々に解答欄を埋めたというのに。

 受験失敗。

「は、はは」

 乾いた笑いが漏れ出てくる。滑り止めも受けず、この学校に的を絞っていたことが裏目に出た。

 浪人決定。

 涙が滲んでくる。全部かなぐり捨てて全力で勉強したこの一年はなんだったんだ。五年ぶりに新作が出た大好きなシリーズのゲームも我慢して、友人の誘いも全部断って、この日のために頑張ってきたというのに。

 全部、無駄だった。

「ははははは!」

 思わず笑ってしまう。周囲の人は不憫な目でカズキを見ていたが、そんなことはどうでもよかった。

 なんだ、意味ないじゃん。

 頑張れば夢は叶うって言ったやつは今すぐ責任を取れ。こんだけ頑張っても駄目だったじゃないか。

「……ゲームしよ」

 ポツリと呟く。もう我慢する必要も無くなった。これからは好きなだけゲームをすることができるのだ。なに、時間はたっぷりあるのだ。大学に通うはずだった時間が、全部。

 ようやくカズキは踵を返した。

 帰ろう。

 これ以上みじめな気分にならないうちに。

 それから、半年後。

 カズキは立派なニートへと成長していた。薄暗い部屋。散乱するゴミ。そこに淡く光るディスプレイ。カズキはゲーム漬けの生活を送っていた。

 両親はカズキの努力を見ていただけに不憫に思ったのか、あまり干渉してくることはなかった。たまに、勉強頑張ってるか、と聞いてくるくらいのことだった。

『KO!』

 画面から勝利を告げるコールが流れてくる。これで丁度三十連勝だ。

「小足見てから昇竜余裕すぎんだけど」

 ついでに相手を煽る。欠伸が出るくらい余裕の立ち回りで相手を圧倒する展開だった。

『テメェ逃げてばっかじゃねーか! そういうゲームじゃねーから、これ!』

 怒りのチャットが返ってくる。

「負け惜しみ乙」

 そう返してからカズキは通信を切った。このゲームも飽きたな。他のゲームを探そうか。

 パソコンを立ち上げる。ブン、と低く鳴り、OSを立ち上げる。何か面白そうなゲームがないものか。

 クリック。クリック。スクロール。クリック。スクロール。どのページを見ても、もう興味を惹かれるようなものはなかった。

「暇だな」

 虚脱感。虚無感。この生活になってから常に付きまとう感覚だった。それを打ち消すようにカズキはネットを徘徊する。

 ふと、とあるニュースサイトの記事にたどり着く。

『クリア不可能? 最高難度の操作性!? 新感覚体感型ゲーム登場!』

 そんなうたい文句がでかでかと踊っている。

「なんだこれ?」

 気になって調べてみる。どうやらゲームセンターに新しく置かれるゲームのようだ。プレイヤーがコックピットに入り操作するタイプのゲームで、その操作感がピーキー過ぎて話題になっているらしい。レビューを見てみる。

『難し過ぎて笑う』

『クリアさせる気の無い、クソゲー』

『敵強過ぎぃ!』

『操作に慣れれば神ゲー』

 賛否両論、主に否の意見だが、一部のマゾヒストには受けているらしい。全面クリア達成者はまだ全国で数名らしい。

「へぇ……!」

 心がうずく。クリア不可能なんて、実にゲーマー魂をくすぐられるうたい文句ではないか。

 受け取ってやる、その挑戦状。

 時計を確認する。午後三時二分。ゲームセンターは管轄外だが、そこにまだ見ぬ強敵がいるならば行かねばなるまい。それが男の生きる道である。

「いざ、参らん!」

 しかし、その選択がカズキの運命を大きく変えることになる。

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