宮殿
再び、時代は西暦でいうところの八千某年。人類は時間軸を自由自在に行き来できるほど、その文明を発展させていた。そして、ひょんなことから、その未来社会に来てしまった二十一世紀出身のツヨシは、言わば、古代人。
「オレは今、とんでもない未来にいる!」古代人ツヨシは興奮していた「空飛ぶ円盤が実はタイムマシンだったり、それに乗って、はるばるやって来た時代が、八千……何年でしたっけ?」
「八九一四年です」
「そう、なんと八九一四年だった……考えれば考えるほど、凄いことなんだ……パラディさんには分からないかも知れないけど、まるで縄文人が二十一世紀に来たみたいだ……って言ったら分かってくれるかなあ?」
「……正直、想像するくらいしか出来ませんが、ともかく、喜んで頂けて嬉しいです。さあ、宮殿へようこそ。ご案内します」
はっきり言って、パラディには、ピンと来てないようだった。いや、それでも構わない。とにかく彼はこの未来に興奮していた。
ツヨシがパラディにまず案内されたのが、宮殿の中庭で、そこはサッカーの試合が出来そうなほど、広大な吹き抜けの空間だった。芝生と石畳の中庭を、宮殿の居住エリアがぐるりと楕円形に取り囲んだその風景は、大型ショッピングモール……豪華客船……いや、それどころか、スタジアムとかアリーナとか呼んでも良いほどの広大な空間だった。
中庭を縦断するように小さな水路があった。上流には人工の滝、下流は、両サイドの階段と並行して斜面を下り、その先に広がる海へと流れていた。階段の向こうは海の上にせり出したテラスで、そこから海風が中庭を通ってどこかへ吹き抜けて行くのだった。海風は遠くから波の音と蝉の声を運んできていた。
パラディは宮殿の住人とすれ違うたびに、ツヨシを「命の恩人」と紹介した。そんな大袈裟な、と思ったが、確かに「ぶっ殺す」などと言われたら、幾ら超未来テクノロジーといえども、自動翻訳では額面通り訳してしまうかも知れない。それよりも住人がパラディのことを「姫君」と呼んでいたのが気になった。
「パラディ、凄い人なんだね」
ツヨシは感心した。
「凄い、というか、地位が高いのは確かですわ」
パラディは未来人特有の素直さで答えた。誰もが満ち足りた暮らしをしている、この時代、謙遜とか奥ゆかしさとか社交辞令とか、そういうものは不要らしい。
「この宮殿はとても広いので、ご覧になりたいところがあれば、あとで召使いロボットに案内させます。いつでもお申し付け下さい。それと、空き部屋は沢山あるので、お好きなお部屋をお使い下さって構いません。長旅でお疲れでしょうから、好きなだけ、ごゆっくりお過ごし下さい。それと、慣れない土地で色々ご不便かと思います。何かご必要なものがあればなんでもおっしゃって下さい」
そう言うパラディの心遣いが、とても嬉しかった。
「確かに移動時間は短かったと思うけど、その割に疲れたような気がするよ」
「時間旅行は体力を消耗するものなのです。わたくしは慣れていますが、それでもやはり」
「そうそう、ところで、あれは何? ほら、あそこにも?」
ツヨシは中庭の片隅に、ポツリポツリと立っている、電話ボックスぐらいの大きさの円筒形の建物を指差して尋ねた。
「ああ、あれですか」パラディは答えた「あれは『カラエストール』と言いまして、そうですね、二十一世紀で言う……『エレベーター』みたいなものです。自由自在に宮殿のあちこちへ、しかも、一瞬で移動出来るのです。デュテートスに乗り降りするときに使った、乗降口も、あれと、ほぼ同じものです」
「そうだ、昔、映画で似たようなのを見た事がある。確か宇宙戦艦の中を、それに乗って移動するんだ」
ツヨシはその作品のことを簡単に説明した。パラディは、ツヨシに代表される『古代人』が、光速を超えるための『ワープ航法』なる概念を編み出していた事に、いたく感銘を受けていた。
その後、中庭で、ツヨシを歓迎するパーティーが開かれる運びとなった。多数のロボット給仕たちがテキパキと動くと、広大な中庭の芝生の上に、多数のテーブルと椅子が並べられ、あっという間にパーティー会場が出来上がった。
「さあどうぞお掛け下さい」
ツヨシがパラディに席を勧められて座ると、間もなく、ロボットたちが次々と、料理や酒を運んできた。すると宮殿に住む未来人たちが、なんとなく集まってきて、特に乾杯の音頭もなければ、偉い人の話もなく、成り行きで、緩やかにパーティーは始まった。
「どうもはじめまして」
「あなたが姫の命の恩人のかたですね」
「兄ちゃん、ありがとうな」
「ゆっくりしてってね」
料理も酒も、どれもが最高だった。未来の食べ物というと、宇宙食とか、サプリメントのような味気ないものを想像したが、とんでもない、いずれも、高級レストランに出しても通用するような、素晴らしいもので、どの料理も、素材そのものの味を存分に活かしつつ、更に見た目も楽しませるような、素晴しい出来映えだった。
酒は酒で、どれも名酒というにふさわしかった。特にツヨシが気に入ったのは、スパークリングワインのような酒だ。淡いピンク色の液体の中に細かな泡がキラキラと立ち上るその姿、そして豊かな香りと奥行きのある複雑な味わいは、修道士の名前を冠した、フランスはシャンパーニュ地方の、あの有名な高級スパークリングワインのようであった……もっとも彼はそれを飲んだ事が無いので、全くの受け売りなのだが……。
未来人たちは古代人ツヨシを質問攻めにした。彼らには、ツヨシの話す全てが新鮮だった。ツヨシのテーブルには次から次へと、好奇心旺盛な未来の老若男女が尋ねてきて、様々な質問を投げかけた。
「二十一世紀では、みなさん、どんな風に過ごされてるんですか?」
落ち着いたマダムがツヨシに尋ねた。
「どんな風に……そうだなあ……オレの場合だけど、工場で使われる設備メーカーの、技術者をやっているんです」
ツヨシは答えた。
「その工場というのは何かしら?」
マダムが更に尋ねる。
「ほう、技術者っていうのは、いったい何かね?」
年配の男性が問いかける。
「メーカーて何?」
そう聞くのは目を輝かせた少年。
「ええと……どれから説明したらいいかな……簡単に言うと、まずオレが会社というところに勤めていて、そこで機械を設計している。オレみたいな設計してるのが技術者。で、会社の他の人が、オレが設計した機械を組み立てたり売ったりする。これがメーカー。それから……」
ツヨシは、未来人たちが口々に投げかける質問に対し、極力分かりやすく説明しようと努めた。
「そうなの、お仕事をされてるんですか!?」
マダムは驚いた。
「おじちゃん、凄いひとなの?」
少年も驚いた。
年配の男性は、ただ、ニコニコしていた。
聞くところによれば、この時代、エネルギーはただ同然で無尽蔵、今食べている料理を作るのはもちろん、それに使う食材の養殖や栽培も含め、労働は全てロボットがやってくれるし、そのロボットを作るのも修理するのも全てロボットがやってくれるので、人間はとうの昔に労働から開放されたとのこと。人々はただパーティーを楽しんだり、趣味やスポーツに興じるのみで、いわゆる仕事らしい仕事をしているのは、よほど偉い人だけらしい。
逆にツヨシも、そのただ同然のエネルギーとやらについて色々聞きたかったが、そもそも、この世界では当たり前になり過ぎていて、満足に答えられる人はいなかった。分かったのは、それが『シュクラーミ・エネルギー』と呼ばれていたことだけ。
質問攻めが一段落すると、次第に、未来人たちは、あちこちのテーブルを回っては、色々な人との会話を楽しんでいた。ツヨシも同じように振る舞っていたが、そんな中、ある若い女性と隣り合わせになった。
「あ、どうも、初めまして。他の人から既に聞いてるかも知れませんが、ツヨシと言います。二十一世紀から来ました。よろしく!」
こっちへ来てから毎回同じことを聞かれるので、自己紹介も慣れたものだ。
「わたし、ニッキーと言います。よろしくね」
そのニッキーと名乗った女性は、ツヨシの方を振り向き、天使の笑顔で答えた。
(か、可愛い……)
一目惚れだった。可愛いだけでなく、セクシーかつミステリアスで、彼の理想像を、そして男の妄想をそのまま具現化したかのようであった(個人の感想です)。人間は他人と会った瞬間、0.5秒かそのぐらいの僅かな時間で、好き嫌いを判断しているというが、ツヨシのハートも、ニッキーが振り向いた瞬間、恋の弓矢に射抜かれてしまった。世間では良く電流が走ったとか「ビビビと来た」などと言うが、まさにそれだ。
「こ……こちらこそ、よろしく。え……笑顔が素敵だね。あははっ」
ツヨシは、ドキドキが悟られないよう、満面の笑みで答える。
「ありがとう。よく言われるの。あなたの笑顔も素敵よ」
とニッキー。
「ありがとう……素敵だなんて言われたのは、何年ぶりだろう。照れるな」
まだドキドキしている。それにつけても、ツヨシはこっちへ来てから、未来人の素直さを気に入っていた。何不自由なく暮らしていれば、自分の気持ちを隠して、色々と取り繕う必要などないのだろう。
「へえ……そうなんだ……?」ニッキーは、照れ臭いという概念がもう一つ飲み込めない様子で、話題を変えた「あ、そうだ、ところでツヨシさんは結婚されてるの?」
「独身だよ」
今度は本当だった。
「恋人は、いるの?」
ニッキーが更に尋ねた。
「いないよ」
これももちろん本当だ。
「そうなんだ……わたしも、今は付き合ってる人、いないわ」
ニッキーは少し寂しそうだった。
「えっ……こんなに素敵な女性がフリーだなんて、勿体ない」
それは社交辞令ではなく、ツヨシの本心だった。
「ありがとう。嬉しいわ。ところで、あなたこそ何故、独りなのかしら」
ニッキーはツヨシのことをもっと知りたいようだった。
「さあ……なんでだろうね……」
ツヨシは適当にはぐらかした。
突然、中庭の向こうの方で、なにやら歓声が聞こえた。いつの間にか、宮殿の住人たちはツヨシとは無関係にパーティーで盛り上がっていたらしい。
「そうそう、オレも聞きたいことがあるんだ」
ツヨシが話題を変える。
「うんうん、なに?」
ニッキーが目を輝かせる。
「ニッキーは、普段何をしてるの?」
ツヨシは、労働から開放されたこの宮殿の住人が、普段一体何をしているのか? さっきからずっと気になっていたが、質問攻めにされて、なかなか聞けなかったのだ。
「そうね……たとえば、最近の話だけど、わたしは動物が、特に海の生き物が好きだから、みんなのために『海底バー』を作ったの」ニッキーは誇らしげだった「作ったといっても、わたしはアイディアを思いついて、それをまとめただけで、実際にはロボットたちが作ってくれたのだけど」
「海底って……海に潜って、酒を飲む?」
いまいちピンときてないツヨシ。
「違うよ。海には潜らないけど、海の生き物が周りを泳ぐの。このへん……空中を」
ニッキーが身振り手振りで説明を付け加える。
「空中を……へえ……?」
ツヨシはまだ飲み込めていない。
「じゃあ見に行く?」
「もちろん」
百聞は一見に如かずということで、二人は連れ立って『海底バー』へ行った。他に一緒に行く者はおらず、二人きりだったのだが、他の人たちは、そんな二人に気付かなかったのか、はたまた、あえて気付かないフリをしていたのか……それはともかく、その『海底バー』は圧巻の風景だった。一面を埋め尽くす、色とりどりの熱帯魚やらウミガメやら。背景には、ゆったりと波に揺られる珊瑚や海藻、更に遠くには、悠々と泳ぐクジラも見えた。海面から差し込む光が波にゆらめく様子が、幻想的な風景を演出していた。
「うそっ!? これが全部立体映像なの? スゲーじゃん」
ツヨシ、大興奮。
「そうそう。凄いでしょう?」ニッキーは自慢げだった「あ、カメさん、こっちへおいで」
ニッキーに呼ばれてウミガメが人懐っこく寄ってきた。
「ツヨシ、触ってみて」
ツヨシは恐る恐る手を伸ばすと、それは、ただの立体映像ではないのが分かった。そこには確かに、ウミガメの大きくてざらざらした甲羅があった。それだけでなく、ウミガメと触れ合ったツヨシは、瞬間的に、何かを感じ取った。
「大昔の世界から、来てくれたんだって? ありがとう」
ウミガメは、優しい目でツヨシを見て、確かにそう言った。人間の言葉は発していないが、『クルーム』を通じて、伝わったのだろうか?
「この、さわれる立体映像は『ガエミール』と言って、昔からある技術なんだけど」ニッキーが解説してくれた「海の中を再現するのは色々大変だったわ。何年も掛かったの」
「ニッキー、これは凄いよ!」ツヨシはニッキーを褒め称え、それからウミガメに語りかけた「こんにちは。オレも君に会えて嬉しいよ」
「ニッキーも、ツヨシと会えて、嬉しいってさ。彼女、ツヨシのことが大好きなんだって。君も彼女のことが好きなんだろう?」
ウミガメは無邪気だった。
ツヨシは、ふとニッキーを見た。彼女は顔を真っ赤にして照れていた。
「もう……なんで言うのよ……」
「じゃあ、あとは上手くやってくれよな」
ウミガメはそう言い残して去った。ツヨシは思った。君はお見合いをセッティングしたお節介な親戚か!?
しかしそこまで言われて、黙って引き下がる訳にはいかないツヨシ。言うか言わないか、ではなく、早いか遅いかだけの問題だ。いつか言わないといけないのだ。じゃあいつ言うか? 今しかないだろう。
「ニッキー……オレ、初めてに会った瞬間から、好きでした……付き合って下さい」
遥かな時を超越したカップルが誕生した貴重な瞬間だった。そのとき、二人を祝福するかのごとく、色とりどりの熱帯魚たちが一斉に集まり、彼らの回りを取り囲んで舞い踊ったとか……踊ってないとか……。
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