親友と初陣(参)

伊右衛門は、煎の前に立ち、木刀を構えている。彼女の長い髪が、風に舞っている。瞳は鋭く肉食獣のそれを思い起こさせた。全身からは静かな殺気を放ち、いまにも飛びかかってしまいそうな危うさを感じさせた。

対する双剣の武士(もののふ)は、まるで覇気を感じさせなかった。蛇に睨まれた蛙。ライオンを前にした子牛のように、瞳は潤み、体も微かに震えている。

「拙者、伊右衛門と申す。名を名乗られよ!」伊右衛門が一喝すると、伊吹は一瞬、びくっと体を反応させ、震えた声で言った。

「わわ、わがなは、い、いぶき、です。」

「伊吹? 聞かぬ名だな。国はどこだ?」

「あ、あさ、朝比奈藩です」

「あそこは、伊織という短刀の使い手がいるが、聖なる湯飲に選ばれたのは貴様なのか?」

少し間があった。伊吹はちいさく答えた。

「伊織は、死にました」

「そうか、要らぬことを聞いた。安心しろ、直ぐに送ってやる」

「待てよ、誰がやるって言った?」明はそう告げると伊右衛門の前に立つ。眼鏡の奥、切れ長の目が伊右衛門を見ていた。

「俺は、煎に用があんの」

「は?」煎が伊右衛門の後ろから顔を出した。

「手を組まないか? 俺たち」

「なに、言ってんの?」

「どうもこうも、手を組みたいってことさ」

「はあ?」煎は首を傾げる。

「煎、お前この戦いについてなんも知らないだろ?敵がどこにいて、なにをしているか知りたくないか?」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る