牧野 煎 (弐)

どれだけ時間が流れただろう。

壁時計の秒針の音って、こんなに大きかったけ?

確かに感じられるのは、軟らか過ぎて溶けそうな、唇の感触だけ。

すこし湿った、暖かくて軟らかな唇が、互いに触れあい、混ざり合う。微かな吐息が鼻先を掠め、脳がびりびりと痺れた。


こ、これが「キス」ってやつか……

煎は人生初の体験に、恍惚の表情を浮かべていた。


目の前にいるのは、誰だろう。薄目をあけて、相手の顔を見る。彼女は目を閉じている。

こんな可愛い子はまず、学校にはいない。

月並みの言い方だが、白い肌に細い指先で、触れば壊れてしまいそうなほど、儚い美しさが漂っていた。

髪は流れるように艶やかで、肌は雪のように白かった。彼女は、頬を少し桃色に染めながら、そのちいさな、潤んだ唇で、煎と口づけを交わしていた。


「っ、あ」

瞳が開く。

まるで、花が開くように。

ゆっくりと……


目と目が合う。

どきり、とする。きれいな目だと、煎は思った。

唇がゆっくりと離れていく。離す瞬間、糸が引き、蛍光灯の光に揺れた。


彼女はしっかりとした表情で煎を見定めると、

「我は伊右衛門と申す。そなたが、我の主か?」

突然の自己紹介。

「は」

当然困惑。

「ふぅむ」伊右衛門と名乗る彼女は、すこし思案したあと、

「違うのか?」と聞いてきた。

だから、なにがだよ!

と、言いかけ、煎も考える。







これは夢ではないか?


いままでも数回、テレビを見ながら寝ていたことがある。

夢を夢であると自覚することはなかったが、今日がその日じゃないのか?

「あ、そう言えば」


煎は思い出す。祖父の言葉を……

100年に一度、この町で戦争が開かれること。

勝てば、どんな願いも、ひとつだけ叶うこと……。


「お主は、何を望む?」

伊右衛門は、煎の顔を見ると、不適に微笑む。




煎は呟く。

「どこのfateだよ……」

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