第2話 起死回生


「トンちゃん、あとなんぼある?」


 隣の相方に視線は向けず、前方の「丸井」の看板を呆然ぼうぜんと見やりながらつぶやくように尋ねた。


 今日、デイリンとトンチは場外馬券売り場のウインズ錦糸町で大敗を喫した。トンチがさぼうるで稼いだバイト代から16,000円、デイリンが倉庫会社で稼いだ給料から25,000円、締めて41,000円をまたたく間に失った。


 雪風ゆきかぜと出会ってから2カ月は経ったが未だに勧誘は来ない。トンチは雪風をフレンド登録してあるのでたまに連合情報を確認している。


 昨日見た時はメンバーが17人だったので予約メンバーが居なければ3人分の枠はある筈だ。


 デイリンは別の所を探そうと提案したが、トンチはもう少し待ちたいと主張した。バイトが忙しいのでどのみち合戦参加は無理な状況だし、訳も分からず振られたみたいで納得が出来なかったのだ。

 絶対イケると踏んで告白した女性に無視をされている感覚だった。


 わば高嶺たかぬの花とも言うべき名門連合アンドリューに振られたのなら納得は出来る。しかし万年B階級の雲外蒼天うんがいそうてんはトンチにとって「とりあえず付き合うか」程度の相手だった。その分相応にプライドが傷つき自信を喪失した。

 そしてこのまま東京でやっていけるのだろうかと不安を抱き始めていた。


 仮に関西に帰るにしても、もう一度雪風と話をして真意を確かめたい想いでこの2カ月を過ごし、ストレスを溜め続けていたのだ。

 Gin and Limeに通ってればまた雪風に会う可能性は十分にあった。

 しかしながら初めて雪風に会って以降、週3で通っているが未だ1度も会えていなかった。


「デイさん、僕泣きたいっすわ。信じられへんわ。なんやねんあのドアホ。最後の追い込みであの騎手がきっちりやっとったら僕ら勝ってましたやん。

 最後やから5,000円も突っ込んだのにさあ。 ありえへんくらいまくらられやがって!

 もうあの馬にも騎手にも今後2度と賭けたらへん。くっそっ!あと…8、5……856円しかあらへんやんか…」


 デイリンとトンチは何ら進展の無い状況に悶々もんもんとして溜め込んだ鬱屈うっくつした感情を晴らす為、そして慢性的な金欠状況を打開する為、今日の大勝負に出たのだった。

 手持ち資金も殆ど無く時給950円のトンチにとっては致命的ともいえる負けだった。


 そもそも競馬で楽に儲けようとする思考様式自体が今の彼らのそのものであり、この惨状はある意味必然だったのかもしれない。


 残額を相方に尋ねたデイリンの安財布の中には10円玉が7枚と1円玉が6枚、そして折れまがったスーパーのレシートが4〜5枚が乱雑に入っているのみだった。


「デイさん帰りまひょか。吉牛でも寄って」


 この上ない失望感を紛らす為、空腹感だけでもなんとか満たそうという安易な結論だが、今、この強めの関西訛りに考えられ得る最良策なのかもしれない。


「トンチ…玉敵だ。残り使わしてくれへんか」


 デイリンが再び口を開くまで、トンチには全く意味が掴めなかった。


 玉敵とは、戦国炎舞の前衛が繰り出す強力なコンビネーション攻撃である。

 玉砕ぎょくさいという前衛攻撃スキルは、スキル使用後に体力HPが1となる特性があるのだ。このスキル特性を利用し、体力HPが少ないほど威力を増す “ 敵中突破てきちゅうとっぱ” を間髪入れずに繰り出すことで起死回生の一撃が完成する。

 しかしながら体力が “1” になった途端、敵に倒されることが多く、この黄金のコンビネーションを完成させるにはそれなりの練度れんどを必要とした。


「第10レース、日本ダービーやんな。やらせてくれ。家にどん兵衛を買い置きしとる。確か10個位あったはずや。それ全部やるわ」


「デイさんあかんて。何言うてはるんですか。門仲まで歩いて帰るん? 僕はもう嫌や。高槻たかつきのおばちゃんが、淀屋橋よどやばしにある知り合いの繊維会社に口聞いてくれる言うとるんです。今、和歌山に帰ってもしゃー無いし。

 前に西中島南方にしなかじまみなみがたに住んどった事があって大阪住むのは抵抗ないんですわ。久しぶりにミナミでも行って遊んで来まっさ」


 自分が考えた最良策をつぶされるかもしれない焦燥感しょうそうかんが手伝い、今迄ひた隠しにしていたプランをトンチはブチまけた。

 デイリンには建設的なプランというよりも、負け犬の遠吠えにしか映らず、哀しみと怒りのゲージは一瞬でカンスト状態に達した。


「トンチ! それホンマか。もう 逃げるんか! 」


 デイリンは自制しがたい強いいきどおりに任せ、反射的にトンチの胸ぐらをつかみながら、怒りとやるせなさをびた鋭い言葉のやりを大好きな相方あいかたに突き立てた。


「Tシャツ……伸びますやん……」


 上京後、UNIQLOで購入したMr. potato headがプリントされたお気に入りのTシャツの事も少しは気になったが、真友しんゆうと呼べるだろうデイリンの顔が激しく紅潮こうちょうしている訳を忖度そんたくする事に神経の90%を使った。

 すると不思議な事に訳も分からず嬉しさが徐々に込み上げてきた。

 そしてその訳が真剣に自分に向き合ってくれる真友しんゆうが目の前にいる事実を再確認出来たことだと気付く迄に大した時間は要さなかった。


「デイさん、はようせんと間に合わへんよ……」


 悔恨かいこんを誘う悪魔がはらわれたトンチの顔には、真の友に対する敬愛と友情の念が浮き出てあふれていた。


 つい先程まで「喧嘩もどき」をしていた迷コンビの命運を左右する第10レースが間も無く始まる。


 2人が起死回生を賭ける当該のレースは、

「第81回 東京優駿 日本ダービー」である。


 日本競馬界において東京優駿 日本ダービーは、皐月賞、菊花賞と共に3冠競争の一つに数えられている大レースである。


 皐月賞は「最も速い馬が勝つ」、菊花賞は「最も強い馬が勝つ」といわれるのに対し、日本ダービーは「最も幸運に恵まれた馬が勝つ」と言われている。


 この話を知っていたデイリンは、この最後の大勝負で先行きを占うことにした。「最も幸運な馬を選ぶ 」が果たして自分達に有るのか。

 もしも負けたらトンチと一緒に大阪に行っても良いかもという考えが一閃いっせんデイリンの脳裏のうりぎった。


 到底、建設的・合理的とは言い難い考えではあったが、追い詰められた心境のデイリンには無理もないことだった。


 デイリンは、運命共同体であるトンチの持ち金と合わせたほぼ全財産である900円を3連単で勝負することにした。900円といっても全財産。負ければ家まで徒歩が決定だ。


 3連単とは、1着、2着、3着となる馬の馬番号を着順通りに当てる馬券であり、着順通りに当てないと的中にならないため難易度はかなり高い。

 その分的中配当は高くなりやすい傾向にあるのだ。デイリンはこれに勝負を賭けることにした。


 1着予想は「馬番2 ワンアンドオンリー」

「唯一無二」を意味する馬名と、隣に居る「かけがえの無い真友」を重ね合わせたデイリンが直感で決めた。


 2着予想は「馬番13 イスラボニータ」

 3着予想は「馬番3 マイネルフロスト」

 この2頭をトンチが決めた。


 2-13-3の3連単。これが2人に残された最後の攻撃スキル “敵中突破”だ。既に第6レース迄に玉砕は完了し二人のHPは「1」状態にある。


「デイさん、敵中当たりますかね」


 たった900円を大の男2人が賭けるだけのレースだがトンチはワクワクしていた。2人で選んだ3連単という唯一残った希望の一撃に命運を任せるシチュエーションに興奮していたのだ。


 合戦に例えるならば、怒涛のステイタス下げを喰らい、残り10秒で得点差3億ポイント。唯一残る敵中突破を叩き込まなければ負けといった状況だ。


「的中して突破しようや」


 デイリンは 無理だと思う内心を隠して、愚にもつかない駄洒落で返した。

 昼飯代を削って課金ガチャをした時はほぼハズれることが多かった。余裕がない時の賭け事が奏功そうこうしにくい事は経験上分かっていた。

 究極的に余裕がない今、半ば結果は見えている。


 だが東京生活にピリオドを打つにしても区切りのイベントがデイリンは欲しかった。くして最後の賭けに出ることにした。


 第81回 東京優駿 日本ダービー発走直前。

 ウインズ錦糸町の中では多くの人々がテレビモニター前で釘付けになり固唾かたずを呑んで発走直前の馬達を見守っている。


 今年一番の暑さとなった東京競馬場のスタンドに渦巻く熱気と歓声がテレビモニター越しに伝わってくる。画面の向こうでは陽炎かげろうがゆらゆらと立ち昇っている。隣を見るとトンチがまばたきもぜずにモニターを凝視ぎょうししている。


 歓声が静かになり国家斉唱が始まった。日本ダービーでは発走を報せるファンファーレ前に国家斉唱が行なわれる。今年は国民的男性アイドルグループが登場し大舞台に華を添えている。


 本レースは皇太子殿下が台覧たいらんされていることもあってよりおごそかに国家斉唱が執り行われた。

 このレースの格付けを示す豪華さだ。


 そして遂に発走のファンファーレが鳴った。

 怒涛の歓声がグォワァーと湧き起こると同時に一気にスタンドの観客の興奮は頂点に達した。


 モニター越しにその光景を見て交感神経を刺激されたデイリンはぞわぞわと鳥肌を立てながら身体中がしびれる感覚を味わっていた。

 そして並々ならぬ思い入れを持ってこのレースを関われる事を心底嬉しく感じていた。


 13万を超える大観衆の熱気に包まれる中、デイリン、トンチを始めとする観客達の想いを託された当代の最強馬達17頭がゲート前に集結した。

 脚をせわしなく動かしドラマの幕が上がるのを今か今かと待っている。


「トンちゃん、おもろいな……」


「ホンマや……」


 デイリンもトンチもテレビモニターを凝視しつつ出来るだけ短い言葉でお互いの気持ちを伝えあった。もはや勝ち金の問題ではなく、自分達の応援する馬達が他の馬に負けて欲しくないという、まるで身内の陸上競技会を観覧している気分に変わっていた。



 ゲート後ろのJRA職員が右手を掲げ叫ぶ!!


(実況)

「さぁ最後です。18番ワールドインパクト。


 おさまって、第81回 東京優駿 日本ダービー、スタートしました!!!!!


 ポンッと18番のワールドインパクトがトップ内からエキマエが後を追う、内1番のサウンズオブアース3番手、そして2番のワンアンドオンリーが4番手につけています。

 その外13番イスラボニータ並んでいきました!」


 デイリンが1着予想したワンアンドオンリーが立ち上がりから4番手でやや出遅れの状況。3着予想のマイネルフロストははるか後方に着けている。デイリンとトンチの希望を繋ぐ細い糸は今にも切れそうだった。



(実況)

「3コーナーカーブを回って、12番のエキマエ先頭。リードを5馬身ぐらいとっています。ポツンと2番手に武豊が騎乗する17番のトーセンスターダム。

 その2馬身後ろで13番イスラボニータ。


 17番トーセンスターダムが先頭にかわって1馬身差、13番イスラボニータ、2番手に上がった!


 そのあとは1馬身半差インコース1番のサウンズオブアース。


 先頭は17番トーセンスターダム、リードが体半分。


 さぁ持ったままで2000勝達成の蛯名正義が手綱たずなを握るイスラボニータが二冠に向けまっしぐら、400を切って坂をあがっていきます」



「イッケイケイケイケイケ! ケーーッ!」


 デイリンは持っているペットボトルを握り潰しそうな勢いで全身に力を漲らせ、眼を剥き出さんばかりにテレビモニターに食いつきながら、勝利に向けた呪文を全力で唱えつづけた。


「さすがに無理ちゃうか…」


 あと少しするとトンチが大好きな真友がうらぶれた敗北者か、燃え尽きた消し炭のような姿をさらすことになるかもしれない。


 期待と希望があふれるこの刹那せつなの幸せが、無限の律動りつどうにより繰り返されることを本気で願った。


(実況)

 外から2番のワンアンドオンリーいま3番手から2番手。


 さぁワンアンドオンリー、イスラボニータ。その後ろはタガノグランパ、さらにはベルキャニオン。


 内を狙って3番マイネルフロスト、外から5番のトゥザワールド、最後方から6番のショウナンラグーン」


 さぁ抜けたワンアンドオンリー。リードを体半分。イスラボニータ2番手。


「行けー!マイネル!! まくれっ! 捲れっ!

 頼む頼む頼む頼む捲れ頼む頼む捲れー!」


 今にも泣きだしそうに顔をしかめながらトンチは叫び倒した。それは周りに溢れる大歓声と怒号に掻き消されないどころか押し返すのではないかという程の声量だった。


 ゴール直前、デイリンとトンチは示し合わせたかのように揃って目をつむった。


 ただ、デイリンは両手を胸の前で握り合わせ、トンチは両手で頭を抱えていた。


 ゴールシーンを見ないというのはコース料理を頼んだのにメインディッシュを食するの放棄するかのような暴挙だった。


「くぁーっ! アカンかぁ!」


 トンチが先程とは打って変わり、気の抜けた頼りない声をあげた。


「いった? いった⁈ いった!いった!!」



(実況)

「ワンアンドオンリー!ゴールイン!ワンアンドオンリー悲願達成だ! 騎乗の横山は2009年に続き二度目の制覇!


 2着イスラボニータ!そのあと3番手、内から脚を伸ばしたマイネルフロスト!ワンアンドオンリー、イスラボニータを抑えて日本ダービー制覇!!!」



「いやっっっっったぁぁぁあああっ!!!」


 デイリンは雄叫おたけびをあげながら、両手の拳を固めて天に突き上げた。


 まだ中身が4分の1程入っている缶ビールが後方から飛んできてトンチの頭を直撃した。

 レースに負けた客が腹癒はらいせで投げつけたものだ。しかし勝利の女神が美酒を以ってトンチの痛感神経を麻痺させてくれていたおかげでなんともなかった。むしろ我に返るきっかけをくれた事に感謝すらした。


 2-13-3 3連単 払い戻し総額 929,700円。


 先程まで二人合わせて932円だった全財産の約1,000倍の額である。


 デイリンとトンチはガッチリと握手をした。

 そして2人で連携して勝ち取った奇跡の勝利をたたえ合った。


「デイさん、ホンマの敵中突破てきちゅうとっぱやん」


「ホンマや、ちびってまうで」


 門仲もんなかまでタクシーで帰っても良いし、寿司や焼肉を食べても良い。庶民レベルでは大概の事が出来る額を手に入れた。


 しかし2人はお金を節約する事は得意だが、お金を使う事に馴れていない為、タクシーも焼肉にも手を出さなかった。いや、出せなかった。


 結局、Gin and Limeに行ってマンデリンコーヒーを飲みながら払い戻し金の使い途や二人の今後について話し合うことにした。


 節約の為、頼むのをしばらく我慢してきたチョコムースを久しぶりに一緒に食べる事を示し合わせた時に、改めて2人に訪れた幸運をみ締める事ができた。


 日本ダービーで幸運に恵まれ勝ち馬となったワンアンドオンリー、そしてイスラボニータ、マイネルフロストの3頭がデイリンとトンチに幸運を運んでくれたのだ。

 この日のレースは、デイリン、トンチの2人に鮮烈な記憶として刻み込まれた。


 Gin and Limeに着いた2人は、マンデリンコーヒーとチョコムースを2人分頼んだ。紗紅羅は九州に里帰りのためら休みなので、「顎髭あごひげ」と呼んでいる「前衛」にトンチがオーダーした。

 ブツが来るまでの間、2人は一切言葉を発すること無く時折目があうとお互いニヤニヤした。


「顎髭」がオーダーしたブツを運んできた。

 久しぶりのチョコムースは外光がいこうまとい艶やかに仕上げられた表面がキラキラときらめき、まるで幸運の象徴のようにトンチの目に映った。


 デイリンはコーヒーカップを持ち上げ、相方に乾杯する事を促しトンチもそれに応えた。


 面倒を早めに済まそうとデイリンが口火を切った。斯くして緊急会議が開始された。


「トンちゃん、20万だけもろてもええか?」


 軍資金を殆ど出していないデイリンは控え目にトンチに尋ねた。


「何言うてはるんですか。アホな事言うたらあきまへんよ。きっちり半分こしましょ。デイさんが勝負を言いださなきゃ今頃部屋で寝てますわ。逆に僕が20万でもええ位ですわ」


 トンチは本気で自分は20万でも良いと思ったが、和歌山にいる姉のキルアから先月10万借りた事を思い出し折半を提案した。


 長期出張している姉の夫が戻る前に返さなければ、夫婦不仲の原因になるかもしれないと懸念した為だった。


 弟の窮状きゅうじょうを助ける為とはいえ、キルアも当然ながら貸せる額を計算して渡していたので、トンチの杞憂きゆうに過ぎなかった。

 むしろ、昔から弟思いの姉は貸したのではなくあげたつもりだった。

 但し「あげる」とする事が弟のプライドを傷つけるかもしれないので貸した事にした。


「あんた2倍にしてはよ返してや」


 大好きな弟に対する愛情と優しさが詰まった「冷たい言葉」は、窮地きゅうちにあった弟をギリギリのところで支えた。

 子供の頃、鍵をかけ忘れて自転車を盗まれた時も、遅くまで一緒に探してくれたし、鍵をかけなかった事に怒っている母の前に立ってかばってくれた。

 今般自分に投げかけられた「冷たい言葉」が、昔と変わらない優しい姉の配慮である事をトンチは十分認識していた。


「っせーなぁ。 3倍にして返したるわ!」


 姉の配慮に気づかないフリをする事が姉への配慮だと思い、使い慣れない悪態を無理して使った。

 さすがに3倍は無理だが借りた分は色を付けてすぐに返そうとトンチは思った。


「ありがとう、トンちゃん」


 デイリンの言葉で束の間の回顧かいこ作業から引き戻され重要な話し合いの途中である事を思いだした。


「464,850円ずつやね。トンちゃん、俺は40万をもしもの時の為に取っておくわ。60,000円はガチャ回してみる。給料の中からこんな額を課金でけへんしな」


「デイさん、良い案やね。僕はバイト先に行く為にリボで買った自転車やなんやかんやの分の返済と身内から借りてた分を返しますわ。あともう少しだけ東京で粘ろう思うてます。幸い軍資金が入ったんで」


「せやな。実は俺も第10レース負けたらトンちゃんと一緒に東京離れよう思ってん。なのに怒ってごめんやで。もう少し一緒に頑張ろか」


 起死回生の「錦糸町の奇跡」の後に、デイリンとトンチが開催した「迅雷じんらい会議」のアジェンダに記載された項目は全て消化された。


 トンチはチョコムースを少しずつ大事に口に運びながら至福の時間を少しでも引き延ばすように楽しんでいた。


「反撃や」


 不意にデイリンがトンチに言った。


 トンチは、当該反撃対象がなんであるか明確に認識していなかったが、ヤボな質問だと思い呼応こおうして答えた。


「やったりましょう」


 固い絆で結ばれている真友同士であることは、この短いやり取りが立証していた。


「錦糸町の奇跡」とも言うべき出来事が2人の関係を更に強固なものにすると同時に、新たな局面へ展開させるターニングポイントになった事は明らかだった。

 くして神の気まぐれとも言える奇跡的な起死回生劇を演じた2人は、歓喜と至福の光彩こうさいに照らされながら、快心の一撃の手応えの余韻を身体に残しながら残ったチョコムースをめるようにして味わい、勝利の味を味蕾みらいに記憶させた。


 デイリンは、所属厩舎しょぞくきゅうしゃが決まる前のサラブレッドと自分達を重ね合わせ、次の展開へ向けて意欲と期待を膨らませていた……

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