蒼天外伝 〜と或る軍師達の飛翔
遊木風(ゆきかぜ)
第1話 始まりの日(上京)
油断すると
東京メトロ 門前仲町駅の6番出口から徒歩5分位の場所にあるこの店は「Café bar Gin and Lime(カフェバー ジンアンドライム)」という。
この店は
この店で話し込んでいる2人の男達「デイリンとトンチ」が関西から上京後初めて一緒に入った店だ。以来気に入って行きつけにしている。
一度試しに食べたガレットはイマイチだったが、マスターが入れるマンデリンコーヒーと濃厚なチョコムースが絶品だ。
但し少し高めのプライスが引っかかっていた。田舎なら350円だったコーヒーが、この店では490円。チョコムースは620円もする。
しかしこれだけコンフォートな空間は中々見つからないので、2人は
新天地での
デイリンとトンチが初めて
“デイリン” “トンチ” という名は、“
戦国炎舞は最大20名のプレイヤーで構成される “連合” が
連合には リーダーである“
各連合は合戦の勝率に応じてS階級からD階級に至る5階級にカテゴライズされ、それぞれの階級の中で
合戦では最大5名の “
前衛スキル “
だが、最適な形で敵に当てるにはタイミングと一定の技術がいる。
しかし、最高の局面で完璧にヒットさせれば劣勢の渦から這い上がる糸口と成り得る最強の攻撃スキルと云える。
同じ前衛スキルの“
敵中突破に似た特性を持つ強力な攻撃スキルだ。
計略スキル “
これは敵前衛を退却させた回数に応じて威力が増していく。
後衛スキル “
“
奥義 “
奥義は戦況を左右する極めて重要な戦術ツールであり、この選択の
これらのスキル・奥義にはLV(レベル)に応じて威力、効果、奥義発動迄の待機時間・効果時間などが
“数珠” というアイテムは大変貴重で、戦国炎舞内で行われるイベントなどを通して入手出来るのだが、まとめていっぺんに入手するのは不可能である。それゆえにその貴重なアイテムの使い所は、プレイヤーにとって悩ましいポイントのひとつであった。
“補助スキル” は攻撃・応援スキルの効果を高めるための効果を発揮する。
しかしこれらのスキルや奥義は、その時々のトレンドにより主流が変化していく。
昨日までの主流奥義が新奥義の登場した瞬間、過去の遺物となることも頻繁だ。
それゆえ、連合3役は最新の有効なスキルを保有しているプレイヤーの確保に
強い連合は“個たるプレイヤー” の集合体であり、個の強さが連合の強さに反映することは否めない。そのため、連合を
そしてこのゲームに
それは “軍師” である……と。
軍師は戦いの
合戦のプレイヤー参戦が少ない場合には使える奥義の幅が制限されてしまう。その中で如何に勝ちに
その意味では、むしろ
そんな軍師に
どう考えても敗けが固いと思われた合戦で、と或る軍師の見事な差配と統率により勝ちを拾ったところを見たことがきっかけで憧れを抱くようになった。
トンチにはその軍師が “
関西に居た時は派遣会社に籍を置いていた。新卒で入った会社にやり甲斐を見出せず退職して以来だ。3カ月毎の更新の度に「今回も大丈夫かな」と毎回不安が
「その内自分に合う場所が見つかる」という漠然とした想いがトンチを支えていた。
自分に合う場所が仕事なのか所なのかコミュニティなのか明確な答えは無かったが、不完全燃焼状態で
もう1つトンチを支える要素があった。それが戦国炎舞だったのだ。
高校時代の部活動の延長のような感覚がトンチにはあった。高校時代にやっていたバスケ部では最期までスタメンには入れなかったが楽しかった。
大学では学食で知り合いを探して他愛もない話をした後はバイトの喫茶店に向かう。その繰り返しで後には虚しさしか残っていない。それがトンチにとっては後悔だった。
高校時代の部活ような楽しげな感覚を取り戻し、そして自分に合う仕事も探したい。
派遣社員で貯めた
“リアル(現実社会)” と“サイバー(戦国炎舞)” の両方で自分の “居場所” を見つけるために……
トンチと似たようなな想いを抱いていたデイリンとトンチは戦国炎舞を通じて意気投合して、今般共に上京するに至ったのだ。
デイリン・トンチの2人は、Café bar Gin and Limeの事を略して「
「トンちゃん、仕事と連合決まったん?」
「デイさん、さすがにまだですわ。せやけど連合は
「盟主がめっちゃ “ちょけて” て何でもOKらしいんですわ。 “
仕事は神田神保町の「さぼうら」っちゅう喫茶店に面接に行ってきたんやけど、なんや大変そうでしたわ。よう繁盛してはってめっさ忙しそうでしたわ、僕そういうの好っきゃけど。地元でも喫茶店で働いとったし、ネットで見たらええ感じの店やったんで駄目元で面接受けたんですけど。結果は来週なんやけど多分イケる思うてます」
人の良さが
トンチは3週間程前にデイリンの後を追う格好で上京してきたのだった。
「雲外蒼天⁈ 聞いたことあらへんな。アンドリューと比べてどうなん?」
デイリンがコーヒーカップをソーサーに戻しつつ尋ねた。
「デイさん、正気ですか? 比べるのは論外ですよ。せやけど僕は雲外で軍師になるつもりです。あそこなら簡単に軍師に任命してくれるかもしれまへん。軍師になるつもりで仕事辞めて東京くんだりまで来たんですから。でも、いつかはアンドリューに移籍するつもりですわ」
トンチは不敵な微笑を浮かべながら返した。炎舞におけるトンチの総戦力は79万、LV113で未だ大合戦に参加した経験はない。後衛スキルの
“アンドリュー(Andrew)” とは戦国炎舞のスタープレイヤー “ichi” 氏が率いる超名門連合である。戦国炎舞に君臨する
上位陣の中には総戦力400万超、LV450の最高水準に到達しているトッププレイヤーが多数存在していることを考えれば、トンチの勘違い振りが
「じゃ俺もそこにすっかな。当てにしてた “LOOPER(ルーパー)”が解散したんだ。とりあえず今いる倉庫会社で食いつなぎながらそこで後衛やるわ」
残ったコーヒーを飲み干しながらデイリンはトンチに返した。
「ほんなら決まりやね」
そろそろヒンジ調整が必要な10年来使い込んでいるzippoでメンソールのLARKに火を点けながらトンチが笑みを返した。
そこに「迅雷の紅一点」である
この前衛をトンチは気に入ってよく話しかけている。2年前に九州から出てきた彼女はカメラマンの勉強の為に東京に出てきたが今は別の目的探しに明け暮れている。
決してカメラマンになる事を諦めたわけではない。しかしながら2年の月日によって「現実」という名の勢力が着実に拡大成長している事を見て見ぬ振り出来なくなってきたのだ。
彼女もまた
しかし本当はとても淋しがり屋でナイーブな彼女は居心地の良い連合を心の底から求めていた。このジレンマに身を置いてかれこれ3ヶ月が経過していた。
「紗紅羅ちゃん、あの窓側のソファに沈み込んで寝そべりながらラッコみたいにスマホ叩いてる人いるでしょ? 表のトライアンフはあの人のバイク?」
なんとか紗紅羅と話すキッカケが欲しいトンチが話しかけた。
「そう。なんかハーレーよりも好きだって前にマスターと話してるのを聞いたことあるよ。でもよく故障するらしいわよ。ガスタンクにコーギーのシールを貼ってるからすぐあの人のバイクだって分かるの。帰りに見てみて。
右手の中指・薬指・親指を集合させ “犬らしき” ジェスチャーをしながら
「運河?…雲外…⁈ なんていったかな…ウンなんとかの盟主で
再び
「デイさん、あの人もしかして雲外蒼天の盟主とちゃいます? めっさ偶然ですやん。僕、連合入れてもらえんか聞いてきますわ。しかしなんですのんあの格好。貝を必死に割ってるラッコですやん。剣イベやっとるんですかね」
林間学校で初めてカブトムシを見たいがぐり頭の少年のように眼を
「任せるわ……」
好きにすればいいさという意味にも取れる言い方でデイリンが答えた。正直、雲外ナントカでなくても構わないという想いもあったし、今、初めて会った見知らぬ男に挨拶しなきゃいけない事が面倒臭かったからだ。
デイリンの言葉を聞くや否やトンチは雪風のもとへ駆け足で近づいて行った。
「雲外蒼天の雪風さんですか?」
恐る恐るだが出来るだけ
「そうだけど…君は?」
「僕、トンチといいます。
緊張感のせいで若干早口でまくし立てるような言い方をしたことをトンチは少し後悔したが、この機会を逃すまいとして
「構わないけど… 前? 後ろ? 奥義何持ってる? あと、雪でいいよ…」
「後衛です。一夜城30、籠城策30、助太刀27です」 上京する前にありったけの数珠と勾玉を突っ込んだ奥義名を少し誇らしげに伝えた。
雪風は思案顔で手元のショットグラスを振り子のように左右に数回揺らせた後、
そしてグラスをゆっくりとテーブルに戻しようやく捻り出した言葉をワンテンポ置いて
「マジか……」
今、Gin and Lime店内に存する全ての絶望と困惑、不安、焦燥等を後悔という
一夜城や籠城策と呼ばれる奥義はトレンドから大きく離れたダメ奥義であり、今やデッキにセットしているプレイヤーは殆ど居ないだろうと言われている奥義だ。
その “殆ど居ないだろう” が目の前に
「参戦率4…マストね…」
そう言うや否やおもむろに立ち上がり、「盟主」に向けて左手を軽く挙げてからこの耐え難い「混沌の渦」から逃れていった。
残されたトンチは、雪風から浴びせ掛けられたラストワードに込められた謎かけが解けずに
トンチが振り返ると「お気に入りの前衛」が両手を広げ肩をすくめながら首を傾げているのが見えた。
合戦は、1日に12時、19時、22時の3戦しかない。つまり参戦率の最高率は “3” のはずである。
店を辞した雪風は「一夜城を30にする男」との出会いに困惑と
万年B階級の雲外蒼天が上昇気流に乗るのはまだまだ先の事だが、この日の
デイリンは、トンチと雪風が何を話しているかはさっぱり分からなかったが、2杯目のコーヒーを
そして微妙な雰囲気を感じ取り独り言ちた。
「駄目か……」
「始まりの日」が訪れた事を現時点で認識出来ていないデイリンは少し落胆していた。
これまでの人生で思い通りに上手くいったことはあまりない。
今回もやっぱり駄目なんだと諦めの独語を
しかし彼の想いとは裏腹に、デイリンとトンチ、そして雲外蒼天を主役にした舞台の
デイリンとトンチの挑戦と成長の
それはまるで舞台公演の主役に浴びせられた華やかなスポットライトの様でもあった……
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