病夢とあんぱん その31


 『ぜんたいしょうこうぐん』。


 ばたさんは、自身の『やまい』のことをそう呼んでいるらしい。


やあさん、私の姿が見えますか?」

「・・・あれ?」


 炉端さんは、自分の『病』を他人に明かすことについて、それほど抵抗を持っているわけではないらしく、お昼が食べ終わった頃、自身の『病』について一通りの説明をしてくれた。

 一言で言ってしまえば、「カメレオン」みたいな『病』らしい。

 意味がよく分からないと言うと、彼女は「実際に見てみた方が早い」と、実践をしてくれた。

 一度、目をつむり、次に目を開けた瞬間。

 ・・・そこに、彼女の姿はなかった。


「ええと・・・」


 と、辺りを見回すが、やはり彼女の姿はどこにもない。それ以外の風景には、さっきと異なる点はどこにも見受けられないのだが・・・。

 いや、なんとなく、かすかに違和感は感じるのだが、その違和感の正体がさっぱり分からないのだ。

 彼女は、忽然こつぜんと姿を消してしまった。


「いや・・・分からないよ。降参だ」

「正解は、ここです」


 と、次に瞬きをした瞬間、彼女は堂々と僕の前に立っていた。


「・・・どこにいたの?炉端さん」

「分かりませんか?ようは、間違い探しですよ。間違い探し」


 と、彼女は、マジシャンのように手を広げながら語る。


「私が姿を消したときと、姿を現した後。どこが違うでしょうか」

「えーと・・・」


 と、僕は目を凝こらす。

 間違い探し。

 二つの絵を比べて、違うところはどこでしょーか。という奴だ。

 なるほど。それなら、先ほどの違和感は気のせいではなかったのか。


「炉端さんが消えているときは、椅子が一つ多かった・・・・ような気がする」

「残念。ハズレです」


 おっと、外れてしまったか。

 僕の目も、そこそこ頼りにならない。


「正解は・・・・私にも分かりません」

「え?」


 いやいや。

 間違い探しなのだから、出題者が答えを分かっていないと駄目だろう?


「タネ明かしをしてしまうと、私は、周りから見て、ほとんど違和感なく風景に溶け込むことが出来るみたいなんです。存在が消えたり、透明になっているわけじゃありません。単に、他人から見て、『自然だ』、『おかしくない』という風に思えるような存在になっているだけなんです」


 と、再び彼女は姿を消す。


「ただ、相手に、私がどう見えているのかは、残念ながら私には分かりません。柳瀬さんが言ったように、椅子に見えていたのかもしれないし、もしくは机に見えていたのかもしれません。花瓶かもしれないし、ごみ箱かもしれないし、子供たちの中にまぎれていたのかもしれない」


 そして、もう一度姿を現す。


「何をしても、何になっていても、相手には自然に思えてしまう。それが、私の『自然態症候群』なんです」


 ・・・正直、説明が難しい。

 いや、彼女は言葉を尽くして、懇切こんせつ丁寧ていねいに説明してくれたのだろう。

 これは、僕の頭が固いことが問題なのだ。


「ええと・・・炉端さんがどんなことをしたところで、僕らには、僕らの都合の良いように見えてしまうってことかな?」

「はい。大体、その理解で合っていると思います」

「それは・・・でも、さっき炉端さんが姿を消したときは、若干、違和感を覚えたんだけれど・・・気付かれる可能性が、ないってわけでもないのかな?」

「もちろん、自然をよそおうのにも限界はあります。姿を消しているときに大きく動いたりしてしまえば、相手には、『椅子が勝手に動いた』とか、『机にかれた』などの違和感を与えてしまいます。その辺りの『自然』、『不自然』の細かいさかいは、私も把握しきれていないんですが・・・」

「・・・なるほど」


 いや、「なるほど」と言えるほどには、まだ『自然態症候群』を正しく理解したとはいえないのだが。

 つまり、先ほど僕が違和感を感じてしまった理由は、「そこにいた人間が、次の瞬間には消えていた」という、明らかに不自然な現象が起こってしまったからなのだろう。気付かれずに近づき、気付かれずに姿を消したならば、『自然態症候群』は正しく機能したことだろう。

 だが、これで、彼女が気配もなしに僕を監視できた理由にも、説明がつく。先ほどの、最初からそこにいたかのような現れ方も同様だ。

 『自然態症候群』を用いて、僕に気付かれないところから、『自然に』観察を続けていたということなのだろう。

 ・・・日常生活では、邪魔になってしまいそうな『病』だが。

 そういった、気付かれずに人を観察する、という仕事には、おあつらえ向きだといえるだろう。


「そういうわけで、柳瀬さんを守るという今回の防衛戦、私は見張り役です。保育園の入り口周辺の景色に上手く溶け込んで、不審な人物がいれば、皆さんにお伝えします」

「そうしてくれると、僕もありがたいよ」


 味方が疑わしかったり、頼りなかったりで、正直、かなり不安だったのだ。炉端さんのような、頼りがあり、信用もできる味方が来てくれて、少し安心した。

 彼女の『自然態症候群』が役に立つことは間違いないが、何よりもその人間性は、『海沿かいえん保育園』の他の住民にはない安心感を与えてくれる。

 心強い人が味方になってくれたものだ。


「ところで、もう一つ聞いてもいいかな?」

「なんでしょうか?」


 これは、どうしても聞いておきたいことだ。

 炉端じょうという女子高生の人間性をはっきりと認識する上で、聞いておきたい質問。

 僕の気のせいなら良いのだが・・・・。


「さっきの『当然ですから』っていう、あのセリフ。あれって、炉端さんの口癖くちぐせ?」

「口癖・・・というか、ただのなんですけどね」


 と、少し恥ずかしそうにしながら、炉端さんは話す。

 その、真似の意味を。


しんじょうさんは、私のあこがれですから」


 ・・・・・前言ぜんげん撤回てっかい

 とんでもない人が、味方になってくれたものだ。


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