病夢とあんぱん その30


 なぜ女子高生だと分かったのかって?セーラー服を着ていて、それっぽい雰囲気を放っているのだ。コスプレでもない限り、女子高生だと思ってしまうだろう。

 彼女がホールに現れたとき、僕の動きは一瞬止まった。まるで、最初からそこにいたかのような現れ方だ。

 箸を取ろうとしていた手を、引っ込める。

 こんなにも早く?真昼間から?

 と、慌てて臨戦りんせん態勢を整えようとするが、おきさんたちは動こうとしない。

 なぜ?

 この子が、僕を殺しに来た暗殺者ではないのか?


「おや、じょうさん。お疲れ様です」


 と、沖さんが声をかける。

 え?丈二さん?

 丈二さんって?

 ばた、丈二か?

 ちょっと待て。炉端丈二は、男じゃなかったのか?確か、しんじょうさんがそんなことを言っていたような・・・。

 いや。

 言っていない。

 信条さんは、「炉端丈二って奴がいる」と教えてくれただけで、それが男だとは、一言も言っていないのだ。

 完全に、勘違いしていた。

 「丈二」という名前から、てっきり男なんだと思い込んでいた。

 先入観とは、恐ろしいものだ。


「お疲れ様です、沖さん」


 と、炉端さんは礼儀正しく挨拶あいさつを返す。


「皆さんも、お疲れ様です。あなたは・・・・・やなゆうさん、ですよね?」


 と、僕に目をめる。


「ええと・・・そうです、初めまして。柳瀬優です。一週間前くらいから、ここでお世話になってます」


 よろしく、と慌てて自己紹介をする。


「私は、炉端丈二といいます。初めまして。よろしくお願いします」


 と、再び、折り目正しく挨拶をする。

 随分と礼儀正しい子だ、と僕は思った。女子高生とは思えないくらい、きちんとしている。『海沿かいえん保育園』で出会った人の中で、もっとも第一印象が良いのではないだろうか。

 ちなみに、もっとも第一印象が悪かったのは、とあるジャージの女性である。


「あの・・・なんで、僕の名前を?」

「君がマンションで『感電かんでんやまい』の男、粒槍つぶやり伝治つたうじに襲われていたときに、それを監視し、私たちに伝えてくれていたのは、彼女なのですよ。もっとも、その直後に仕事が入り、君との顔合わせはこんなにも先延ばしになってしまいましたが・・・」

「そのせつは、勝手に観察するような真似をしてしまって、申し訳ありませんでした」


 炉端さんがペコリと、頭を下げる。


「いや、そんな、謝らなくても・・・」


 でも、これで、沖さんやおりさんが、事情をすべて知っていたのにもうなずける。

 彼女が、ずっと僕を見ていたのか。

 ・・・・それはそれで、少し怖い気もするが。

 というか、こんな女の子、マンションにいた頃には一度たりとも見かけたことはなかったのだけれど・・・・一体、どこから監視していたのだろう?


「しかし、良いタイミングで戻ってきてくれました、丈二さん・・・。仕事の方は、何とかなりましたか?」

「ええ、一段落しました。待ちの多い仕事だったので、こんなに長引いてしまいましたが。ところで、良いタイミングというのは?」

「実は・・・」


 と、沖さんが説明をしてくれた。

 僕が既に、『やまい』について知っているということ。

 外出中に襲ってきた、粒槍伝治の組織のこと。

 そして、今まさに僕を殺そうとたくらんでいる、『シンデレラきょうかい』のこと。


「『シンデレラ教会』、ですか・・・・」


 炉端さんは腕を組み、けんにしわを寄せる。


「何か知っていますか?丈二さん」

「いいえ、私は初めて聞きました・・・氷田織さんなら、何か知っているのでは?」


 と、氷田織さんの方に顔を向ける。


「いや、僕も多くは知らないねぇ。あんまり、僕を買いかぶってもらっても困るよ、炉端ちゃん」


 と、当の本人は軽い調子で返事を返す。


「・・・・相変わらず、軽薄けいはくな人ですね。あなたには、誠意とかないんですか?」

「誠意・・・ねぇ。確か、可燃ごみの日に捨てちゃった気がするなぁ」


 誠意をごみ扱いとは。

 とんでもない大人もいたものだ。

 目の前の女子高生を見習ってほしい。


「柳瀬さん。この人、本当に気を付けた方がいいですよ。マンションのときだって、本当は、あなたが自室から逃げ出してきた時点で、氷田織さんが保護に向かうはずだったんです。なのにこの人、見殺しにしようとして・・・」

「・・・え?」


 そう、だったのか?

 てっきり、ギリギリのタイミングで、氷田織さんが駆けつけてくれたのだと思っていたが・・・。本当は、もっと余裕のある作戦だったのか?

 家電製品の爆発から逃れ、うの体で自室から逃れてきた時点で、保護される予定ったのか?


「おいおい、見殺しという言い方はひどいんじゃないのかな?炉端ちゃん」


 しかし、氷田織さんは悪びれもせずに言う。


「僕は、彼が生き残るためにはっしているのが面白いなぁと思って、ギリギリまで観察していただけだよ」

「・・・それを、見殺しにするというんじゃないですか?」


 やっぱりこの人、全然信用できやしない。


「まあとにかく、このタイミングで丈二さんが戻ってきてくれたのは、とてもありがたいことです」


 と、さっ立った雰囲気をなだめようと、沖さんが口を開く。


「優くんを守ることに、協力してもらえますか?丈二さん」

「ええ、もちろんです」


 炉端さんは、意気いき揚々ようようと返事を返す。


「それが、当然ですから」


 当然。

 そのフレーズは、少し僕を不安にさせるのだが・・・・。


 その後は、炉端さんもまじえて、昼食を食べた。

 メニューは塩焼きそば。中華だしと鶏ガラの風味が効いていて、良い仕上がりだった。普通のソース焼きそばとは、違う味わいがある。

 先に食べていた子供たちも、満足そうに笑っていた。


 だが、なごやかなのはそこまでだった。


 結果的には、炉端さんがいようといなかろうと、結末は変わらなかっただろう。

 もちろん、沖さんが言っていたような、全員が無事で済む結末なんて、あり得るはずがなかった。

 氷田織さんの忠告の方が、よっぽど現実的だったのだ。


 結局は、誰かが傷つくことになる。


 それをけることは、誰にも出来なかった。


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