病夢とあんぱん その29
「あのー・・・
と、申し訳なさそうに沈黙を破ったのは、
「どうしたんですか?
「俺と
「そうですね・・・。では、芳司くんと莉々ちゃんは、子供たちを見ていてあげてください。なるべく戦いに巻き込まれないように、そして、心に不安が生まれないように、一緒にいてあげてください」
「すみませんね。そうしますよ・・・行こうか、莉々ちゃん」
空炊さんが苦笑いしながら立ち上がり、莉々ちゃんもまた、コクリと小さく
「悪いね、
「いえ、気にしないでください。僕だって、僕の命のために出来ることは、ほとんどないですよ」
せいぜい、
僕が僕のために出来ることなんて、それくらいしかない。
「あの・・・・頑張って、ください」
莉々ちゃんも、
その言葉を最後に、二人は子供部屋の方へと向かって行く。子供たちを、起こしに行ったのだろう。
「沖さんは・・・どう思いますか?」
二人を見送りながら、僕は沖さんに問いかける。
「どう、とは?」
「僕は・・・生き残れると思いますか?」
「生き残らせますよ。必ず」
沖さんは、相変わらず微笑んでいる。
生き残らせる、と堂々と言われても。
その努力をするのは主に、
「氷田織さんは、僕が生き残れるとは思っていないみたいですね」
「そうかもしれません。でも、力だけは貸してくれています。
「それはそうですけど・・・どうして沖さんは、あんな人を、この保育園に置いているんですか?あんなに危険そうな人を」
「さっきも言った通りです。誰でも守るから、ですよ」
「そうはいっても、氷田織さん自身が、ここの住民を危険に
さすがに氷田織さんを殺すか、最低でも、追い出そうとするのだろうか?
だが、沖さんの返答は違った。
その回答は、とてつもなく甘いものだった。
信条さんや氷田織さんが聞いたら、怒りだすだろうと思うほどに、甘い回答。
「守りますよ」
と、沖さんは繰り返す。
あくまでも、微笑みながら。
「私の命をいくつ犠牲にしてでも、君たちを守ります。そして、畔くんも必ず守ります。私は、死ねませんからね。引き裂かれようが、バラバラにされようが、何度でも復活して、畔くんを止めますよ」
そして、求められれば何度でも、彼を助けます、と沖さんは言う。
お腹が空けばパンだってわけます、とも。
「私が、皆さんのために出来ることなんて、それくらいですよ」
沖さんは、微笑むのをやめない。
・・・この人は、頭がおかしいのだろうか?と、このとき初めて、僕は思った。図らずも、信条さんや氷田織さんの気持ちが、少しだけ分かってしまった。
こんなことを言う老人とまともに話そうとすることは、間違っているのかもしれない。だから、彼らはあんな風に、冷たい態度をとっていたのかもしれない。
沖さんの言っていることは、味方を助けながら、敵も助ける、みたいなことだ。
まず間違いなく不可能だろう。どこのおとぎ話だ。
そんなに都合よく、事が運ぶわけがないのだ。ここはドラマやアニメの世界じゃない。
いるのは『病』に侵された、生き
氷田織さんが暴れ出せば、ここの住民は、大人も子供も皆殺しにされてしまうだろう。氷田織さんが人を殺す現場を実際に見たわけではないが、それを実行できるくらいの才能や雰囲気を、あの人は持っているように思える。
沖さんは氷田織さんを止められず、
そう考えると、「誰でも助ける」という言葉が、
「・・・信条さんや
「それは、難しいでしょうね・・・。陣さんは仕事で海外に出ていますし、
「そうですか・・・」
残念。
今回の事態には、現在、保育園にいるメンバーで対処するしかない、ということだ。
仕方ない。やるしかない。
どんなにつらい状況だろうと、頼りない人たちが味方だろうと、生き残ってやる。
そして、その時はやってくる。
ちょうど、空炊さんが簡単なお昼ご飯を作り、いざ皆で食べようとしていたとき。
彼女は現れた。
僕を殺しにやってきたのは。
今を時めく女子高生だった。
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