病夢とあんぱん その28

 

 時刻は朝六時。


 『海沿かいえん保育園』のホールには、二日目の朝と同じく、五人の人間がテーブルを囲んでいた。二日目と違うところといえば、しんじょうさんがおらず、おりさんがいる、ということだろうか。信条さんはまだ、仕事から戻ってきていない。


「本日、ね。時間指定はないわけだ。それなら、これからの十八時間以内に、やなくんの首が狙われるということだね。いやいや、こんなメッセージを送ってくるだなんて、まるで怪盗かいとうの予告状みたいじゃないか。少し、ワクワクしてしまうねぇ」

謹慎きんしんですよ。ほとりくん」


 おきさんが、氷田織さんをたしなめる。

 結局、死刑宣告を受けた後で安眠することはできず、そのまま一夜を明かした。

 朝になり、朝会に集まってきた住人に、僕へのきょうはく電話の内容を公開しただいである。


「『シンデレラきょうかい』・・・畔くん、何か知っていますか?」


 そう。『シンデレラ教会』。

 今のところ、それが唯一、僕を殺そうとしている敵を知るための手掛かりなのだ。

 氷田織さんからの疑わしい情報源だとしても、知っておかなければならない。


「名前くらいは知っていますよ。『海沿保育園』と同じく、『やまいち』の人間を保護する組織。とはいっても、かなり小規模な組織だったと思いますよ。仕事もあまりわず、基本的には保護だけを生業なりわいとする組織だと聞いてます。もっとも、どこまでが本当なのかは、直接聞いてみなければ分かりませんけどねぇ」

「昨日の一件と同じ組織ってことはありますか?僕や氷田織さんを狙ってきた奴らと、つながりのある組織なんじゃ・・・・」

「いいや、その可能性は低いだろうねぇ」


 と、氷田織さんはコーヒーをすする。

 話し合いのお供にと、男性陣にはコーヒー、莉々ちゃんにはミルクココアを、空炊からたきさんが準備してくれたのだ。

 ちなみに、氷田織さんがどれくらい砂糖とミルクを入れていたのかは・・・・途中で数えるのをやめた。

 あの人も、ミルクココアでいいんじゃないだろうか?


「昨日の奴らは、何のりもなく僕らを襲ってきた。対して、この脅迫電話だ。加えて、ご丁寧ていねいにも自分たちの組織名まで名乗ってくれている。今さら殺人予告をしたり、名乗りを上げたりしたら、何のために今まで隠密おんみつに行動してきたのか、分からないだろう?」


 氷田織さんは、「常識だよ」とばかりに微笑みかけてくる。

 その微笑みはイライラするが、言っていることは、確かに的を得ている気がする。

 しかし、それなら、どうしてそんな小規模組織が僕のことを狙うんだ?僕は指名手配でもされてしまったのだろうか?

 いや、同じ組織からの攻撃ではなくとも、粒槍つぶやりらの組織から『シンデレラ教会』の方へ依頼をした、ということは考えられないだろうか?

 僕を殺すための。

 殺人の依頼を。


「何にせよ、今日一日、私たちは外部への警戒けいかいおこたるべきではないでしょう。彼らがいつ仕掛けて来てもいいように、準備を整えておきましょう。絶対に、ゆうくんを守れるように」

「守れるように、ねぇ。僕は、あんまり気乗りしませんねぇ」


 「ふう・・・」とため息を吐きながら、氷田織さんがつぶやく。


「気乗りしない?何故ですか?氷田織さん」

「何故かって?そんなのは当たり前じゃないか。柳瀬君、君もどうせ分かっているんだろう?」


 と、見透かすようなことを言ってくる氷田織さん。

 ・・・見透かしは、信条さんの専売せんばい特許とっきょだった気がするのだが。

 だが、確かに分かっている。狙われているのは、僕一人なのだ。つまり、僕がここにいれば『海沿保育園』の無関係の住民まで、巻き込むことになる。

 沖さんも、氷田織さんも、空炊さんも、莉々りりちゃんも、十五人の子供たちも。

 今はいない信条さんやばたさんも、巻き込むことになるかもしれない。


「僕に、出て行けっていうんですか?」

「そんなことは言っていないさ。僕は、君のりょうしんを試しているだけだよ」


 良心だって?よく言う。

 良心が空っぽなのは、あなただって同じだろう。

 悪いけど、こんな殺人予告をされた以上、今すぐここを出て行くつもりはない。『海沿保育園』の皆さんには気の毒だが、巻き込まれてもらうことにしよう。

 いつかは出て行くつもりだが、今はそのタイミングじゃない。


「彼を出て行かせはしませんよ。誰が何と言おうと、彼は守ります」

「そのために、僕らも、子供たちも、巻き込もうっていうんですか?それだけの命の価値が、彼にあると?」

「命の価値なんて、私には判断できません。しかし、誰でも助けるのが『海沿保育園』です。お願いです、畔くん。力を貸してください。守る力のない私に、力を貸してください」


 沖さんが、深々と頭を下げる。

 なんだか居いたたまれない気持ちになり、僕も「お願いします」と頭を下げる。

 何が沖さんを、ここまでり立てるのだろう?どうして出会ったばかりの僕を、そこまで守ろうとする?テレビに登場するヒーローでもないだろうに。こちらとしてはありがたい限りだが・・・。

 『ぜっやまい』。

 その『病』に、何か理由があるのだろうか?

 病的なまでに、誰かを守ろうとする理由が。


「・・・言っておきますが、沖さん。ここにいる人間全員が無事でいられるなんて、都合のいいことを考えないでくださいね。施設内で戦闘になってしまえば、誰かが傷つくことは避けられませんよ。あなたは何も守れないのだから、せめて、それくらいの覚悟はしておいてください」


 立ち上がりながら忠告をする氷田織さん。一応、了承したということなのだろうか?


「それと、柳瀬君。僕は絶対に、君の命を保証したりはしないよ。昨日の一件で分かったと思うけれど、僕は信用していいような奴じゃない。長生きしたいのなら、それなりのこころがまえと処世しょせいじゅつは身につけた方がいいと、僕はおすすめしておくよ」

「・・・心にめておきますよ」

「そうだね」


 心の底から、君が生き残れることを祈っているよ。


 と、捨て台詞ぜりふを残し、氷田織さんは二階へと上がって行った。

 彼が本当に心の底から祈っているのは、僕が生き残ることではなく、僕が死ぬことなのではないだろうか?

 そうとしか考えることのできない僕もまた、「信用していいような奴」ではないのだろうな、と少し嫌な気分になった。


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