病夢とあんぱん その21


 空き家と思われる民家の中に走り込むことは、やなゆうには出来なかった。


 とはいっても、へいを超え、庭に侵入した瞬間に、ナイフやらコンパスやらで穴だらけにされたわけでもなかった。

 柳瀬にとっては幸いなことに、彼を狙っていた狙撃手は、ように他人を撃ち殺せるような人間ではなかったのだ。

 では、なぜ屋内に逃げ込むことが出来なかったのか?


 くさり機。


 二台の電動草刈り機が、柳瀬をめがけて突進してきたのだ。


「・・・・・」


 いけない。びっくりしすぎて、つい無言になってしまった。

 突進、というのは、ここでは比喩ひゆだ。

 正確を期して言うならば、突進というよりは、吹っ飛んできた、といった方がいいかもしれない。

 草刈り機を操作する、持ち手の役割をする人間がいないのだ。だから、の部分だけでなく、草刈り機そのものが回転しながら僕の方へ飛んできた。

 ただし、持ち手がいないといっても、進む方向性には全く狂いがない。

 真っすぐに、僕を殺そうと飛んでくる。


「・・・・・!」


 とにかく、わきの方へと退すさる。体制を崩しながらの、なんともざまな飛び込みではあったが、それでも何とか、草刈り機の刃から逃れることが出来た。

 危機一髪だった。

 あと一瞬遅れていたら・・・どうなっていたかを考えるのは、想像にかたくない。

 しかし、落ち着くのはまだ早かった。

 僕を捉え損なった草刈り機のうちの一台は、たった今僕が乗り越えてきた塀に激突し、動きを止めた。ただ、もう一台は、塀に激突する前に綺麗な方向転換をろうし、もう一度僕に狙いを定めてきたのだ。


「くそっ・・・」


 今度は、脇に跳んで逃げるだけでは駄目だ。草刈り機の進行方向には、壁がない。万が一、もう一度かわせたとしても、またしても方向転換をされてしまうだろう。そんなことを繰り返していたら、こちらの体力が持たない。

 なので、僕は手近の武器を使うことにした。

 手近の武器。

 塀に激突し、壊れたと思われる、もう一台の草刈り機である。

 ブン、とあらん限りの力を込めて、草刈り機を空中に投げ飛ばした。

 ズキンと、左肩の傷が痛む。

 しかしその甲斐かいあって、草刈り機は、草刈り機に、命中する。

 ガシャン!と派手な音を立て、草刈り機同士がぶつかる。ぶつかり合った草刈り機は、重力に従って地面に落下し、キュウウン・・・と奇妙な機械音を発した後、動かなくなった。


「ふう・・・・」


 と、今度こそ気持ちを落ち着かせる。

 今のは、追跡者の仕業だろうか?それとも、狙撃手の仕業か?いろんなことが起きすぎて、もうわけが分からなくなってきた。

 だけど、ひとまず草刈り機のじきになるという危機は脱することが出来た。予定通り、屋内に入って様子を見よう。これからのことを考えるのは、それからでも遅くない・・・はずだ。

 と、民家の方に顔を向けたとき。


「・・・・誰だ?」


 呼びかけるわけでもなく、僕はつぶやく。

 二階の窓に、ちらりと人影が見えたのだ。

 間違いなく、誰かいる。

 だとすれば、この草刈り機は、その誰かさんによって、けしかけられたものなのだろうか?まさか、空き家だと思っていたこの民家に、実は人が住んでいた、ということではないはずだ。

 もしそうならば、電動草刈り機が勝手に動き出した時点で住民が気付くはずだし、敵がわざわざそんなところに僕を誘い込む意味も分からない。


 電動、というワードに僕は顔をしかめる。


 電気。


 それは、自宅マンションにおける、エレベーター事件のときのキーワードではなかったか?

 沖さんいわく、『感電かんでんやまい』に侵された人間。

 そのときの同一犯、ということはあり得るか?

 一瞬、窓から目線を逸らし、草刈り機の方を見やる。もう一度動き出しそうな気配はないが・・・隙を見て、再び草刈り機で僕を殺す機会をうかがっているのだろうか?だとすれば、ぜひ、やめていただきたいものだ。

 草刈り機に襲われるような、奇々きき怪々かいかいな場面には、これ以上出くわしたくない。

 すぐに視線を窓の方に戻し、僕は考える。

 何にせよ、これで、屋内に安全に逃げ込める可能性はなくなったわけだ。

 向こうから仕掛けてほしくないならば、こちらから仕掛けるしかないのだろう。僕の方から攻撃を仕掛けるしかない。気は進まないが。いや、気が進まないどころか、どのように攻撃を仕掛けたらいいのか、全く分からないのだが。

 向こうは二階、こちらは一階。

 立場的に、こちらが圧倒的に不利だということは、素人しろうとの僕にもわかった。銃などの遠距離用の武器でもない限り、敵に手を出すのは難しい。

 ならば、近づくしかない。近づいて、相手に攻撃を仕掛けるしかない。

 今度は、二階の窓だけでなく、家全体を見渡す。家の中に侵入することが出来る入口は、ぱっと見た感じ、裏口と縁側、そして逆側にあると思われる玄関の三か所だろう。窓から侵入するということも出来なくはないが・・・二階の窓には手が届かないし、一階に窓から侵入するメリットもなさそうだ。


(いや・・・)


 と、僕はある物に目を留めた。

 物置だ。

 裏口の横に設置されている物置。僕にとっては幸いなことに、物置の上に向かって、はしが掛けられていた。固定するタイプの梯子なので、動かすことは出来なさそうだが・・・物置の上を経由すれば、民家の屋根の上に上ることは出来そうだ。

 屋根を伝って移動し、窓を割って二階に侵入するというのはどうだろう?相手に対して不意打ちになるだろうし、良い案なのではないだろうか?

 成功率を考えれば、実行の難しい案かもしれないが・・・それくらいのことは、しなければならないだろう。今、二階に隠れている人間がプロの狙撃手なのか、『感電死の病』を持つ人間なのか、はたまた全然知らない誰かなのか、その辺りは分からない。

 しかし、僕より戦い慣れしていることは間違いないだろう。そんな奴を相手にする限り、それくらいの奇襲を仕掛けなければ、勝ち目はない。

 この場合、何が「勝ち」なのかは置いておくとして。


 民家に背を向けて逃げ出す、という策もある。

 というか、屋内に逃げられないと分かって、まず一番に考えついた。

 だが、この民家を戦いの場に選んだのは敵の方なのだ。向こうから、僕をここへと誘い込んだ。だとすれば、そう簡単にこの敷地内から逃げ出すことは出来ないだろう。

 今度こそ、蜂の巣かも。


「ふう・・・」


 と、一息つき、決意を固める。

 草刈り機を武器として持っていくか?

 いや・・・と、すぐに考えを改める。芝刈り機は僕の武器にもなるだろうが、基本的には、相手にとって都合の良い武器なのだ。そんなものを持って敵の前に参上すれば、奪われた場合、敵にも絶好の武器を与えることになってしまう。

 まさに、もろつるぎだ。

 いや、諸刃の草刈り機か。


 ともかく、僕は梯子を登る。そろそろ、左肩の傷も限界だ。

 この先で、一体、どんな戦いが繰り広げられるのだろう?

 しかし、どれほどの死闘だったとしても、僕は生き残る。

 絶対に、生き残ってやる。


 決戦だ、と僕は思った。

 

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