病夢とあんぱん その22
ガシャン、と上の方で物音がしたのを、男は聞き逃さなかった。
「ん?天井・・・いや、屋根の上かな・・・?」
民家の二階。窓際付近の壁に隠れ、庭の方の視線から逃れていた男は、眼鏡を押し上げながら
『
(よっと・・・・)
立ち上がりながら、粒槍はこの後の戦闘のことを考えていた。
(屋根の上に上がったってことは、そっから、この二階に来ようとしているのかな?だとすれば、このまま二階に
彼のターゲットは、
『病』を知ってしまった男。
『病』に関わってしまった男。
(もっとも、彼が『病』に関わってしまったのは、俺のミスでもあるんだけれど・・・)
もし、そのミスがなければ、柳瀬優が『病』を知ることはなかった。危険な世界に、首を突っ込むことはなかった。
たった今、粒槍に殺されようとしている状況は生まれなかった。
(でも、やらなくちゃいけない。殺さなくちゃいけない)
自分のために。自分たちのために。
彼自身のためにも。
柳瀬優を、殺さなくてはならない。
粒槍は一階へと続く階段を下りる。柳瀬を殺すために、階段を下りる。
(二階を確認し、俺がいないと確認すれば、彼は一階へと下りてくるだろう。そこを今度は、俺が一階から
さすがに、そろそろ仕留めなければならない。苦しむ時間は、短い方がいいのだ。
三度の襲撃を思い出しながら考える。
三度の襲撃であり、二度の失敗。
特に一度目は大きかった。エレベーター内での殺人を、彼に見られてしまったこと。本来は誰の目にも晒されることなく、事を終わらせるはずだったのだ。あの時間帯は、マンションの住人がほとんど外に出ている頃であり、『あの男』が毎日エレベーターを使う時間帯だった。
身辺調査の結果、それは分かっていた。
だから、『あの男』を
しかし、見られてしまった。
調査結果の
偶然なのか、必然なのか。
いや、そんなことはどうでもいい。
見られてしまった、ということだけが重要だった。見られてしまった以上は、殺さなくてはならないのだ。何が何でも、殺さなくてはならない。早々に、殺してあげなければならない。
だから、殺そうとした。『あの男』を殺したように、柳瀬優(そのときはまだ、名前を知らなかったけれど)を電流ケーブルで締め上げ、殺すつもりだった。
だが、無理だった。
停電が、彼の余命を引き延ばした。
『感電死の病』は、電気の通っていないものを動かすことは出来ないのだ。あのときほど、天気予報が外れたことを
タイムアップ。時間切れ。結局、彼を殺すことも出来ず、『あの男』の死体を回収する時間も失われた。事件の一部も、世間に伝わってしまった。監視カメラの映像を予あらかじめジャックしておいたおかげで、
柳瀬優を殺すことは、出来なかった。
二度目は、絶対に殺せるという確信があった。
彼が退院し、部屋に戻ってきてすぐに、彼の部屋に置いてある家電に必要以上の電気を流し、発火するように仕掛けたのだ。もちろん、その後、彼の部屋の電子ロック扉が開かないように細工するのも忘れない。
逃げ道のない密室の中で、彼は発火に巻き込まれ、焼け死ぬはずだった。
部屋内に監視カメラはないので、その様子を確認することは出来なかったが、念のために、マンション中の監視カメラはジャックしておいた。
とはいっても、それは、柳瀬優以外の人間が火事に巻き込まれていないかどうかを確認するための、「念のため」だった。
だから、驚いた。
柳瀬優の姿が、六階の監視カメラに映ったときは、本当に驚いた。
しかし、驚いてばかりもいられない。彼がどうやって脱出したかを考えるのは後回しにした。ただ、焦っていたのかと聞かれれば、そうでもなかった。脱出出来たとしても、そこは六階。一階に辿り着くまでに、エレベーターの電流ケーブルで彼を絞め殺すのは
ここでも、彼には驚かされた。
消火器のよる、目くらまし。
監視カメラ映像が全て、真っ白になった。
彼があの赤いタンクの中身を振り
その後、彼は『
火事による死者が出なかったのは良かったが、またしても彼を逃してしまった。
柳瀬優を殺すことは、出来なかった。
そして、三度目。今がそのときだ。
芝刈り機による奇襲は失敗してしまったが、もうこれ以上は捉え損ねない。
もうこれ以上は、彼を生かしておくことは出来ない。
もうこれ以上は、彼を苦しませてはいけない。
相方の女の子、
階段を下り切り、外に出るために
柳瀬優を殺す。
決意を固める。
柳瀬優と粒槍伝治。
こういった「戦い」の経験が豊富なのは、もちろん粒槍だろう。同い年くらいの彼らであっても、粒槍の方が、修羅場を
しかし、いくら粒槍が戦いのプロだったとしても。
柳瀬の、生きることへの執着を打ち砕くことはなかった。
縁側に到達し、庭に降り立った粒槍はしかし、その一歩を踏み出すことは出来なかったのだ。
粒槍の右足首の辺りに、激痛が走る。
足には、ナイフが深々と突き刺さっていた。
「!?」
粒槍は、あまりの痛みにその場に倒れ込む。すかさず、縁側の下から這い出してきた人物が、倒れる粒槍を取り押さえる。
戦いの素人であろうと、激痛のあまりバランスを崩しながら倒れ込む相手を抑え込むことは、それほど難しいことではなかった。
柳瀬は、
粒槍の両腕を自身の両腕で、粒槍の両足を自身の両足で、力の限り地面に押さえつける。
柳瀬優の、生きようとするその意志の強さの前に。
粒槍伝治の経験は、決意は、何の役にも立たなかった。
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