病夢とあんぱん その16
『
というのも、この保育園は生活上必要な最低限のものは
食事は朝昼晩と
そりゃあ、
それに三時のおやつには、
これで食事に文句を言った日には、さすがの沖さんも、その人を追い出しかねないだろう。
洗濯、掃除、食器洗いといった
子供の面倒は、
僕もこの一週間で、何度か子供たちとの遊びに付き合った。
・・・全然、仲良くはなれなかったが。
確かに嫌っていそうだ。・・・あの人は、なぜここにいるのだろう?
ちなみに、炉端さんにはまだ会えていない。沖さんによれば、長期に
お風呂にも不便はなかった。『海沿保育園』には、保育園には珍しくシャワーがついていたのだ。残念ながら
これで寝床まであるのだから、保育園内で、ある程度の生活は成り立ってしまう。そう見ると『海沿保育園』は、小さいながらも、他の保育園に劣らない設備を備えているといえるかもしれない。
一つ、他の保育園と決定的に違うところがあるとすれば、それは、親が子供を迎えに来ない、というところだろうか。もちろんそれは、親が忙しくて迎えに来れないといった類の、普通の理由ではない。
『
両親がいない子供。
身元が不明の子供。
様々な「訳あり」の子供を保護し、預かっているようだ。
さて、保育園としての機能の説明はこれでほとんどだ。
ここからはいわゆる「裏の世界」に通ずる、「よく分からない施設」としての『海沿保育園』の説明になる。
どうやら『海沿保育園』以外にも、『
それはたとえば。
『病持ち』の人間や『病』に関わった人間の調査、保護だったり。
『病持ち』ではなくとも、「訳あり」の人間の保護だったり。
たとえば。
殺人、であったりする。
もちろんそれは、沖さんを通さない、氷田織さんや信条さんへの個人的な依頼であることがほとんどのようだが。
「明るい仕事ばかりじゃねえよ、もちろん。
と、これは信条さんが話してくれたことだ。
「爺さんも、全然それを察してねえってことはないだろうけどな。私なんか、死と隣り合わせの現場に
偉いかどうかは別にして、どうやら『海沿保育園』の財源はその辺から来ているようだ。
なるほど。それならば、氷田織さんや信条さん、炉端さんが保育園を空けることが多いのも納得だ。
・・・ん?とここでまた一つ、疑問が生じる。
それならば、保育園をほとんど空けることのない沖さんは、僕と初めて出会ったあの夜、一体何をしていたのだろう?
「ああ。それは単なる散歩ですよ。かっこいい言い方をすれば、パトロールですね」
いや、別に、かっこいい言い方をしなくてもいいのだが。
「私以外の全員が保育園にいるときは、ああやって外を散歩しているのです。
・・・この人、暇なのだろうか?『
とまあそんな感じで、『海沿保育園』には様々な顔があるようだ。
不満は特にない。沖さんたちが何をしていようと、僕からは特にコメントはないのだ。ひとまずは、僕の命が
ただ、一つだけ。
一つだけ、言わせていただきたいことがあった。
「あの、沖さん」
「なんでしょうか?
「そのー・・・・お出かけ、したいんですけど」
「・・・はい?」
キョトンとされてしまった。まあそうだろう。
しかし、これは僕の
お出かけ、という言い方になってしまったが、要するに外に出たいのだ。もう一週間も保育園の中に
そんなわけで、まだ僕が逃げ出すことを警戒しているであろう信条さんが留守の
「さすがに、いつまでもこの中にいるんじゃ、息が詰まりますし・・・。どうでしょう?沖さんにも付き
「うーむ、そうですねぇ。確かにこのままでは、監禁状態になってしまいます・・・とはいっても、私が付いて行くのでは、
ちらりと、氷田織さんの方に顔を向ける沖さん。
ん?まさか?
「
「えー・・・・」
いや、そんなことをいったら、こちらからも願い下げなのだが・・・。
「
「いつまでも隠れているわけにもいかないでしょう?これから一生、保育園の中に籠りっぱなしというわけにはいかない」
「それはつまり、いつかはここを出て行くということかな?一人で、ここから逃げ出そうとでも考えているのかい?賢いねぇ」
ニヤリと、不敵な笑みを浮かべながら、嫌味を言う氷田織さん。
・・・ばれている。
それなら、沖さんにも
「優くんがそんなことを考えているわけがないでしょう?」
・・・ばれていないようだ。
「それに同行といっても、常に付きっ切りでいてほしいというわけではありませんよ。畔くんは畔くんで、貴重な休みを楽しんでください。ただ、優くんが危機に陥おちいったときは助けてあげてください。あなたになら、それができると信じていますよ」
「・・・随分と簡単に言ってくれますね。まともに人間と殺し合ったこともない、あなたが」
氷田織さんは目を細めて、沖さんの方を見る。「何も知らないくせに」という風に。
信条さんにしても、氷田織さんにしても、どうも沖さんに対して多かれ少なかれ敵対心を持っているように見える。
しかし、言われた沖さんの顔といったら、涼しいものだった。
「ええ。私にできることなんて、少ないものです。だからこそ、あなたたちを信じるくらいのことは、させてください」
相変わらず、
「・・・まあ、いいですよ。ちょうど、バイクでドライブでもしようかと思っていたところですし。じゃあ柳瀬君。さっさと行こうか?」
「今すぐ、ですか?」
「今すぐ、だよ。雑用はさっさと済ませるに限る」
雑用、か。まあそうなのだろうな、と僕は考える。
貴重な休み、といっていた。普段は仕事が忙しくて、休んでいる時間なんてほとんどないのだろう。たまの休みを、僕なんかのために使いたくはないはずだ。
それに、外出先で、氷田織さんのいうところの「殺し合い」なんかになってしまえば、僕は戦いの足手まといでしかないだろう。
僕には、戦う手段なんかない。
人を殺すためのノウハウなんて知らない。
まあ、いざとなれば一人でなんとかするしかない。まったく・・・外出くらいのことで、どれだけの覚悟を
「それじゃあ、すぐに準備します・・・。よろしくお願いしますよ、氷田織さん。なるべく、ご迷惑はかけないようにします」
「はいはーい。よろしく。まあとりあえず、
立ち上がりながら、氷田織さんは僕に微笑みかける。
やはり、沖さんとは正反対の、他人の心を刺激するような笑顔。
「僕に殺されないように、気を付けてね」
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