病夢とあんぱん その15


「続き、聞くか?どっちでもいいぜ。得はしないと思うけど、損はするだろうな」

「・・・聞きますよ」


 若干投げやりな気持ちで、僕は言う。


「私の両親はさ、普通の親だったんだよ。『きちんと挨拶あいさつしなさい』とか『部屋は綺麗にしなさい』とか『毎日、学校に行きなさい』とか言う普通の両親。お前の親がそうだったみてーにな」


 と、僕の方を指さす。


「だけど、私の『やまい』に対しては違った。『お前はそのままじゃ幸せになれない』とか『早く病院に行っててもらおう』とか『このままではいじめられてしまうから、一緒になんとかしよう?』とか言ってたっけな。でもそれ以外は、特になんてことなかった。暴言をびることも、暴力を受けることもなかった」


 だけどさ、と彼女は言う。

 それっておかしいよな、と両親を否定して。


「そこで親がかけるべき言葉は、そうじゃないだろ?『そのままでも幸せになれるよ』とか『それは病気じゃなくて才能なんだよ』とかじゃねえのか?少なくとも、私だったらそうする。それが当然だからな」


 『当然』。

 どうやら、彼女の口癖であるらしいその言葉は、しかし、ここでは、まったく違ったニュアンスに聞こえた。

 いい意味では、もちろん、ない。


「だから、殺した」

「え?」


 いやいや。

 さすがに、それは話が飛び過ぎだろう?


「ん?いや、全然飛んでねーよ。『病』のことを言われるのが、私は死ぬほど嫌だった。だから、そんな嫌がらせみてーなことを言ってくる親を殺した。八つ裂きにした。いや、絞め殺したんだっけかな?飛沫しぶきが飛んだらやべーと思って・・・よく覚えてねーけど」


 ・・・どう、捉えるべきなのだろうか?

 いや、簡単だ。

 キレやすい人間が起こした悲劇。

 これに尽きる。誰が見ても、そう言うのではないだろうか?

 彼女の両親は、どう思ったのだろう?手塩にかけて育てた娘に、わけも分からず殺される瞬間。何を思ったのだろう?

 ここまで育ててやったのに、と怒ったのだろうか?

 ただただ死ぬのが怖いと思ったのだろうか?僕のように。

 いや、案外、殺される瞬間に、彼女のしんちゅうを悟ったのかもしれない。


「ごめんな、じん。お前のこと分かってあげられなくて」

「ごめんなさい、陣。あんな酷いことを言って」


 そんなことを、思ったのだろうか?

 こんなことを考えても、どうしようもないけれど。


「んで、家を出て、組織から追われたり、組織に拾われたり、死にそうになったり、子どもを助けたりしているうちに、こんな大人になってたってわけだ。良い子はマネしちゃダメだぞ?」


 良い子も悪い子もマネできないだろう。そんなの。


「殺すしか、なかったんですか?」

「あん?」

「だから、その・・・我慢したり話し合いで解決したりするのは、無理だったんですか?」

「無理だった。言ったろ?私は『病』のことを責められるのが、死ぬほど嫌だったんだよ。辛かった。苦しかった。話される度に、心臓がねじ切れるみたいに痛かった。だから、両親をにくんだ。殺したいほどにな」


 ・・・それほどのことなのだろうか?

 いや、それほどのことだったのだろう。

 彼女の辛さは、彼女しか知るよしがなかった。両親であろうと誰であろうと、その辛さを理解することなんてできなかった。もちろん、僕にも何も理解できない。

 人の言葉を理解できない悲しさを。

 嫌でも人の心を知ってしまう苦しさを。

 彼女だけが、知っていた。


「あ、そうだ。同情なんてするなよ?私は両親を殺したことを、これっぽっちもやんでない。お前が両親のことをどうでもいいと思っているくらいに、どうでもいい。だから、同情すんな。ぶっ飛ばしたくなるからな」

「しませんよ、同情なんて。あなたの気持ちなんて、ちっとも分かりません」

「いいね。それでいい。きっぱりしすぎてて、れちまいそうだ」

「あなたに好かれたくなんてないですよ。気持ち悪い」

「いいぞいいぞ。最高だ」


 「はっはっは」と愉快そうに笑う、しんじょうさん。

 おきさんたちは、このことを知っているのだろうか?

 多分、知っているのだろう。知っていて、彼女を保護している。

 「助けを求められれば、どんな人間でも助ける」。そう、沖さんは言っていた。


「おいおい、今、私があのじいさんに保護されてるって思ったか?」


 先ほどの会話がよっぽど可笑おかしかったのか、脇腹を抑えながら信条さんは指摘してくる。


「そんなわけねえだろう。あの爺さんとは、利害関係が一致してるから、手を組んでるだけだ。利害関係っつうか、方針かな。人生の方針。まあ、考え方は全然違うけどな。あいつは人の命を救いたいから、誰でも助ける。私は他人の命なんかどうでもいいけど、助けるのは当然だから、救える奴は救う。そんな感じだ」

「じゃあ沖さんは、本心から『誰でも助ける』って言ってるんですか?他意たいなく、ただただ純粋に人を救いたいって?」

「ああ。あの爺さんは、それくらいのことしか考えてねえよ。利益とか、損失とか、一切考えてねえ。私が言うんだから、間違いない。なんでそんな風に考えられるのか、私にはさっぱり分かんねえけどな」


 それならまあ、沖さんに対する警戒は、少しゆるめてもいいのかもしれない。信条さんと出会って、ようやく一つだけ収穫を得たような気がした。


「つっても、あの爺さんがここでいろんな奴を保護してくれてるのは、私にも都合がいいんだ。私は人間を保護しても、食いもんをあげたり、生活環境を整えてやったりはできねえからな」

「確かに信条さん、そういうことできなさそうですよね」

「それ次言ったら、眼球潰つぶす」

「いや、自分で・・・・」

「ともかく、私やおりが保護してきた奴を、ここで爺さんが面倒を見る。『海沿かいえん保育園』を大まかにまとめちまえば、そういう施設だってことだ」


 なるほど。ようやく、この保育園の全貌ぜんぼうが見えた気がする。

 保護する人と、面倒を見る人。

 そういう役割分担か。


「それなら、信条さんはどう思ってるんです?沖さんのその・・・『誰でも助ける』っていうの。いや、助けて、しかもその後の生活まで保証してるっていうのを」

「ん?だから言ったろ?よく分かんねーって」

「・・・信条さんにとっては、それは『当然』ではないんですか?」

「ああ。『当然』じゃねえ。私にとって『当然』なのは、助けるとこまでだ。それも、助けられる奴だけを助ける。正直に言っちまえば、その後の生活なんて知らん」

「随分と、都合のいい『当然』ですね」

「ふん。そりゃそうだろ。誰だって、そうなんじゃねえのか?私の両親がそうだったみたいにな」


 娘の『病』を「なんとかしよう」としか考えなかった両親。

 それを殺した娘。そして、特に思うところもなく人を救う娘。

 どちらが一般的に『当然』なのだろう?というのは、検討しなくてもいいだろう。結局それは、「はたから見れば」の話だ。

 実のところ、僕も「両親を殺そう」と思ったことがある。

 「この人たちは、別にいなくてもいいんじゃないか?」と。

 「この人たちがいない方が、自分は幸せなんじゃないか?」と。

 実行はしなかったが。

 だからこそ、信条さんの話を聞こうと思ったところはある。


「さてと・・・長話になっちまったが、そろそろ部屋に戻れ」


 お開きだ、と信条さんは中に戻るように促うながしてくる。


「お前も親に対していろいろ思うところはあるみてーだが・・・連絡なんてするなよ?お前の親の居場所や連絡先が向こうに伝わった日には、捕まるか、人質ひとじちにとられるか・・・最悪、殺される。いや、お前にとっちゃ最悪でもなんでもねーのか」


 と、僕の心中を知ってか知らずか(絶対知っている)そんなことを言ってくる。

 まったく。自分のことを棚上げにするのが上手い人だ。


「それと、もう逃げようとすんなよ。不本意だろうがなんだろうが、しばらくはここにいろ。次、逃げようとしたときには・・・」


 ぽん、と僕の肩を叩きながら、彼女は言う。


「私が、お前を殺してやる」


・・・・それなら、別の機会をうかがおう。


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