病夢とあんぱん その7
疑問だった。
エレベーターの中でのことといい、今この瞬間に起こっていることといい、どうやって、僕の動きをこんなに正確に把握しているんだ?どうやって、目が付いている訳でもない電流ケーブルを、僕の方に向かわせている?
しかも、かなり的確にだ。
「そういうものだ」と言われれば、「そうなんだ」と納得するしかない。僕の動きなんて見ずとも、行動を把握できるような、超能力じみた力を相手が持っているのだとすれば、もうお手上げだ。
でも、もしも理由があるならば。
ちらり、と踊り場の監視カメラの方を見上げる。
監視カメラ。人間の行動を観察し、監視するカメラ。
このマンションの各階とエレベーター内には、監視カメラが設置されているのだ。
(これか・・・?)
もしかしたら、間違っているのかもしれない。監視カメラなんて、関係ないのかもしれない。
敵は、本当に超能力者なのかも。
(でも、
それなら。
(監視カメラのリアルタイムの映像を、ジャックすることもできるんじゃないのか?)
覚悟を決める。
僕は消火器を手に取り、踊り場に設置されている監視カメラに向かって、迷わず投げつけた。
容赦ない投てきによって、監視カメラは破壊される。
器物損壊罪×2だ。
そして、すかさず消火器の栓を抜き、四方八方に中身を噴射した。
消火器の中身が、具体的に、何によって構成されているのかはよく知らない。しかし、霧のような物質が噴射されることは知っていた。
(高校生のときに、避難訓練で教わったんだっけ?)
要するに、消火器から噴射される霧を、目くらましにすることにしたのだ。この監視カメラを破壊したとしても、各階の通路と踊り場には、他にも監視カメラが設置されている。その一つ一つを破壊して回るわけにはいかない。
だからこその、目くらまし。
霧が周りに充満し、電流ケーブルが、僕を見失ったかのように動きを鈍らせる。
(やっぱり、監視カメラか・・・)
なるべく霧に身が隠れるように体を屈めて歩きながら、消火器で電流ケーブルを叩き落した。
次の踊り場で、また新たな消火器を手に入れ、監視カメラを破壊し、中身を撒き散らす。
これを繰り返した。
(これなら、行けるかもしれない・・・)
なんとか電流ケーブルの
「ふぅ・・・・」
もう息も切れ切れだ。
消火器の中身を少し吸ってしまったのか、頭もぼーっとする。
(でも、なんとかマンションの敷地外に出ないと・・・・)
だが、マンションの敷地外の道路に出ようとしたところで、またしても僕の行く手を阻むものがあった。
阻む者があった。
目の前に、バイクが停まったのだ。
(おいおい、勘弁してくれよ・・・)
彼が、僕を襲った張本人なのだろうか。そして、今度はその張本人と直接対決しなければならないのだろうか。
もう身体はガクガクだというのに。
しかし、違った。
「やあ、
男は爽やかに、そう言った。
「乗ってくれ。君を助けに来た」
ヒーローは
「いや・・・・やっぱり、殺しに来たのかもしれないね」
悪魔は、
「僕は、
バイクで一時間ほど走った頃だっただろうか。海が見えてきたところで、男は(氷田織は)自己紹介をしてきた。
「はあ。えっと・・・柳瀬優といいます」
「そうだね。知っているよ」
氷田織は微笑んだ。
「それで・・・・僕は一体どこまで
「いや、柳瀬君。誘拐とは失礼だよ。僕は、君を助けにきたと言ったじゃないか。殺しに来たというのは、もちろん冗談さ。忘れてくれ」
手をブンブンと振りながら、氷田織は言った。
忘れてくれ、と言われても。
こちとら、今さっきまで殺されかかっていたところだったのだ。疑われたくないのなら、できればそんな冗談はやめておいてもらいたかった。
「でも仕方ないか・・・。状況がまったく
「・・・・・」
何を言っているのか、意味が分からない。
(でも・・・)
と、軽く後ろを振り返る。電子機器やら何やらが襲い掛かってくるような、悪夢のような光景は見えない。この人のおかげで(というか、この人のバイクのおかげで)、ひとまずは危機を脱することができたようだ。
「海を目指すと言いましたよね?海が目的地なんですか?」
「そうだよ。なんだ、結構冴さえているじゃないか。これから、海水浴でもしようと思ってね。水着は持っているかい?」
「・・・・・馬鹿にしてます?」
「半々かな」
それは、馬鹿にしているのと何が半々なのだろうか。
本当に泳ぐつもりなのか?
「そうだね・・・・。今はいろいろ話すことはできないから・・・・おさらいをしてみようか」
「おさらい?」
「そう。おさらいだ」
と言いながら、氷田織は左手をハンドルから離し、僕の前に見せてきた。
「片手運転は事故りますよ」
「大丈夫、大丈夫」
なにがどう大丈夫なのだろう。
「まず一つ目」
と、人差し指を立てる。
「『エレベーター事故と死体』。どう思った?」
「どうって・・・・。そりゃ、最初は誰かが仕組んだのかと思いましたよ。明らかに人為的でしたし。殺されそうになったなんて気づきたくなかったんで、気のせいだと思い込みたかったんですけど・・・・」
「当然だね。やっぱり、わけの分からないものは、気のせいだと思いたくなるよね」
と、また氷田織は微笑んだ。
「それが何か・・」
「二つ目」
と、僕の言葉を遮って言った。今度は、指をピースの形にしながら。
「『電化製品の発火』。どう思った?」
「・・・・おかしい、と思いましたよ。かなり焦りましたし、ショックでした。運良く天井から逃げ出せましたけど」
「なるほど、天井から逃げたんだね。なかなか機転が利くじゃないか」
感心したように言う氷田織。
いや、褒められるとこじゃないし、他人を褒めそうな人じゃない。
「焦って、ショックだったというのは本当かい?」
「そりゃ、本当でしょう」
そんなところで
「だよねぇ。もちろん、もちろん」
うんうんと、頷きながらまたしても微笑む。
この人、
「三つ目」
と、薬指を立てて、『3』を示す。
「『電流ケーブルの再襲撃』。どうかな?」
「もうそのときには、逃げることしか考えていませんでしたよ。逃げることでいっぱいいっぱいでした」
「
またしても褒めてきた。
だから、よく分からないタイミングで褒めるのをやめてほしい。
口には笑みを浮かべている。
「では、全体を総括して。柳瀬君、この一連の事件が、偶然起こったことではないと仮定すると・・・・人の手によって起こされたもの、という可能性が高いと思わないかい?」
「まあ、高いでしょうね」
「しかし、こんなこと、人間にできると思うかな?」
「・・・・難しいでしょうね」
できるとすれば、プロのハッカーとかテロリストとかだろう。
でも、僕にテロを仕掛けてどうするんだ?
テロリストさんたちも、そんなに暇ではないだろう。
「もしかして、僕を襲ったのは人間ではない、とか言います?そんなオカルト的な話だったら、大怪我してでもバイクから飛び降りますけど」
「まさか。君を襲ったのは人間だよ。まぎれもない、人間だ」
驚いた風に
「ただ・・・・ちょっぴりだけ、普通の人間とは違うんだ。ちょっとだけ異端で、少しだけ異常なんだ。そういう人、周りにいなかったかな?ちょっと周りと違うなーとか、考え方が変だなーって人、いただろう?」
このとき。
「可哀想だよねー。それが理由で、人生おかしくなっちゃったりしてさー。まったく、不幸な奴らだよねぇ」
このときばかりは。
「そうだねぇ・・・。ちょうど、僕らみたいな奴らのことなんだけどさー。」
このときばかりは、氷田織が微笑んでいないことに、柳瀬は気付いていた。
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