エピローグ 戦勝祝賀式典
「エマ」
帝都中央駅に着いた私とミアを待っていたのは、昨年12月に近衛飛翔師団に転属となった我が姉、ハンナ・クライン大佐だった。
笑顔で近づいてくると、私達の敬礼を待たずにいきなり抱きしめてくる。く、苦しい。ああ、ミアまで。
そして、抱きしめながら口を開く。
「無事で良かったわ。ミアも」
「ありがとうございます。御昇進おめでとうございます大佐殿。……皆が見ています」
「――あ、ありがとうございます。おめでとうございます」
「ありがと。いいのよ、貴女達の無事を祝っているんだから」
そういうとウインク。むぅ、こういうのも様になるんだよなぁ。
そう思っているとようやくミアも解放された。
「さ、移動しましょう。まずは、戦場の埃を落とさないとね」
「いや、私達は別にこのままでも」
「――身体は洗ってたし、洗濯もしてた」
「ダメです。折角、戦勝祝賀式に参加するのだからきちんとした格好をした方が良いでしょ? 隊長からも事前に言われています。貴女達をよろしく、と」
こうなった時のハンナに何を言っても無駄な事は私が一番よく知っている。抵抗は無駄だ。
それに、中佐が私達を気にかけてくださっていたのは嬉しいし。
結局、私達は白旗を掲げたのだった。
「「戦勝祝賀式典?」」
「うん。君達二人も参加すべし、とのことだ」
中佐に呼ばれ連隊司令部へやって来た私達に言い渡されたのは、帝都で開かれるらしい、西部戦線勝利の祝賀会参加命令だった。
聞いた瞬間は困惑。何故、私もなんだろうか?
うん、ミアは分かる。
この『蒼』作戦中に戦果を重ねて、今や公認単独撃墜29騎。協同で50騎を超えている。堂々たる
しかも、駆逐艦とはいえ単独で艦艇撃沈までやってのけたのだ(その後、中佐からお説教されて半泣きになっていたけれど。可愛かった)。
勲章の一つも、というもの。
昇進したら、クラム中尉、って呼ばないといけないな。
それに比べて、私が作戦中に挙げた戦果はミアのそれに比べて大した事はない。
幸運にも数騎を撃墜出来、ようやく
が、そんなものは今回の作戦で大量生産されておりそこまでの価値無し。
私はずっと、集成騎士団(結局、作戦終了まで中佐の指揮下にあった)への情報伝達作業役だった。
それにしたって中佐に情報を伝えて、指示を各部隊に伝えるだけの簡単な役回り。
間違っても勲章を貰うような功績は挙げてないんだけどな。
「うちからは他に数名――ああ、ナイマン少佐とマイヤー大尉もだな。参加命令が来ている。本来ならば、皆で行かせたいとこだが多少、調整も必要だ。貴官らは、先に進発してよろしい」
「「はっ!」」
「帝都でゆっくりしてくると良い」
「ありがとうございます。その――お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「うん」
「どうして私が含まれているんでしょうか? ミアは分かるのですが」
「――エマ」
そう言って私のおでこのミアが手をやる。
何? いきなりどうしたの?
「――おかしい。熱はない」
「ふむ。姉と同じ病か。血は争えんないものだね」
「――ごめんなさい。この子の悪い癖」
中佐は苦笑。ミアは可哀想な生き物を見る目。
「な、何ですか! 二人でいきなり」
「エマ嬢――君は、ハンナになんと言ったかな?」
「へっ? はぁ……」
「君は、自分を大事にせよ、そういう事を言ったと私は記憶しているが」
「――確かに言ってた」
「で、あるならば、だ。自分の成し遂げた事を素直に誇っても良いだろう?」
「えーっと……その、何もしていない、かな、と……ひゃぁ」
いきなり、中佐におでこを触られる。熱はないですが、熱が出ますって!
「確かに熱はないな」
「――ほんとにごめんなさい。この子は騎士学校時代からずっとこう」
「エマ・クリューガー少尉」
「は、はっ!」
「今回、第一独立集成騎士団が戦果を挙げ得た要因は何かな?」
「魔装の優越越び各騎士の優秀さ。作戦目的が明確さ。そして作戦成功により敵の抵抗が弱まっていたことかと。それら要素に、中佐殿の指揮によって目的を完遂出来たものと」
「違うよ」
「へっ?」
思わず変な声が出る。
そして、動揺。ああ、もう……ナイマン少佐を笑えない。
「勿論、それらの諸要素はある。まぁ私云々は別にしても、300騎を超える騎士を統率出来たのは――エマ、君が情報の取捨選択を一切間違わなかったからだ。だからこそ、最後まで自由自在に部隊を行動させる事が出来た」
「――あんなの無理。エマはそういうところ、ちょっとおかしい」
「…………そうなんですか?」
「簡単ではないね」
「――エマは自分への評価低すぎる。同期の中で一番頭が良いのに」
「それは過剰」「じゃない」
ミアが珍しくお説教側。私は依然として動揺中。
いや、だって、たくさん情報が来るっていても、何千とくる訳じゃないし。
中佐は誰がどう見たって最高の騎士であり、指揮官だし。
私が多少変な言葉で伝えても、問題を間違えることはないし。
……ダメだ。今、多分真っ赤になってる。
「と言う訳で、君が呼ばれるのは当然だ。誇っていい」
「……はい」
「ミア嬢、この子をよろしく」
「――了解しました」
うぅ……そんなに凄い事してないのになぁ……。
あ、肝心な事を聞きそびれている。危ない、危ない。
「中佐も当然参加をされるんですよね? 帝都での合流場所はどうすればよろしいでしょうか?」
そう聞くと、中佐は苦笑を浮かべ予期せぬ答えを言われた。
何なの、その決定は。
ハンナによって、彼女の実家(初めて行った。豪邸!)に連行された私とミアは、まず入浴させられた後、髪をセットされ、新品(何故かサイズはぴったりだった)の軍服に着替えさせられた。
「本当はドレスを着させてあげたかったんだけどね、残念」
「ハンナ」
「ここは軍じゃないけれど」
「……お姉ちゃん。ドレスは嫌。似合わないから」
「ミア、この子って目も悪かったかしら?」
「――エマはハンナと同じで、自己評価が低過ぎる。似た者姉妹」
ミアはそう疲れた声で答える。この子もこの手のことは苦手だ。
いや、だってドレスだよ? 何処で着るんだ、そんなの。
軍服を着慣れてしまっている自分もどうかと思うけどさ。
「さて、それじゃ行きましょうか」
「お姉ちゃんも参加――するよね」
この人は西部戦線の『青薔薇』なのだ。
あの少佐が、ライバル視してる位、騎士としての実力も高い。
忘れがちだけど。
「ええ。今回の作戦には参加してないから嫌だって言ったんだけど断りきれなくて。何でも彼女が来るらしくて、それへの対抗措置ね。ああ、面倒な」
「彼女?」
「そ。貴女達も名前は聞いたことがあるんじゃないかしら」
そう言うと悪戯っ子の表情でこう告げた。
「第一飛翔騎士団団長アメリア・リヒター少将。『天騎士』よ」
戦勝祝賀式の会場は、帝都内最大のホテルで行われた。
式典内容は――割愛。
偉い人達の退屈な挨拶や祝賀スピーチが延々と続く中、意識を失わなかった自分を褒めたい。
噂に聞く、第三代大宰相の演説を拝めるかと思っていたけれど、欠席されていた。大勝利を祝う式典なのにな。
永遠に続くかと思ったそれらが終わった後は、功があった者への勲章贈呈式だった。
……私も含まれているなんて聞いてない。
ミアだけだと思っていたのに。
緊張でどうやって受け取ったのかまったく覚えていません。
その後は立食形式。
だけど食べてる暇がない。ひっきりなしに人がやってくる。
その多くは、今回の作戦で一緒に戦った方々で、口々に中佐を称えられていたのが印象的だった。
そうです。うちの中佐は凄いんです。
そして、同時に私の事も賞賛してくれた。
いや、違うんです。凄いのは中佐です。私じゃありません。
隣を見ると、ミアもまた人に囲まれている。ああ、そろそろ電池がきれそうだ。
人波が途切れた隙をついて珈琲を手に入れる。
ミルクと砂糖をたっぷりで。はい、ミアも。
「疲れた」
「――疲れた」
「ミア。知ってたんでしょ。今日、私にも出番があるかと」
「――勿論」
「どうして」
「――エマはもっと自分を信じるべき」
「むぅ……ミアにそんな事を言われるなんて。何か悔しい」
珈琲を一口。中佐の方が美味しいな。
「クリューガー少尉。クラム少尉」
ハンナが声をかけてくる。
隣にいるのは、恐ろしく綺麗な女性と無表情でいかつい顔の男性――階級はそれぞれ、少将と大佐だ。慌てて敬礼。
「第十三飛翔騎士団第501連隊本部小隊エマ・クリューガー少尉であります」
「――同じく、ミア・フォン・クラム少尉であります」
「ふふ。可愛らしいわね。第一飛翔騎士団団長を拝命しているアメリア・リヒターです」
「同騎士団副長のレオ・フォン・ナイマン大佐だ。――妹が何時も面倒をかけている」
「「へっ?」」
「ナイマン大佐は、ナイマン少佐のお兄様なのよ」
中々衝撃的だ。全く似てない。
あれで、少佐は口を開かなければとっても美人さんなのだ。
そして、もう一方もまた――何せ、あの『天騎士』である。
『彼女の先に彼女なく。彼女の後に彼女無し』
帝国軍に数多騎士はいれど、彼女こそがその騎士達の頂点だとされている。
開戦以降、全軍最速で
将官になった今でも最前線に身を置き、東部戦線では将兵から『我らが女神』と呼ばれているらしい。
そんな有名人が一介の少尉に何の用があるんだろう?
「レオ、驚かれているわよ」
「……慣れている」
「ふふ。貴女達に質問があるのだけれど、少し良いかしら?」
「「はっ!」」
「そう! ありがとう。あのね。その……」
笑顔になり、次の瞬間にはしどろもどろな少将。聞き難いことなのかな?
呆れたように大佐が声をかける。
「この期に及んで躊躇うとは」
「う、うるさいわねっ! 私にだって心の準備が必要なの」
「その台詞を東部から何度言っているとお思いか?」
「うぅぅ……だ、だって……」
「閣下は隊長を探されているのよ」
見かねたハンナが口を挟んでくる。
中佐を? 二人は知り合い?
分からないことだらけだ。
ただ、答えはしよう。
ああ……言葉に出すとまた嫌な気持ちになるんだけどな。
これを決めた人は、ほんとに、ほんとに、ろくでもない。
「中佐は来られていません。式典参加要請はなかった、と聞いています」
……今にして思えば、これもまた一つの分岐点だったのかもしれない。
まぁ、だけど私の答えは何度聞かれても同じだろう。
エマ・クリューガーはただ中佐に従うのみ。
他のどんな偉い人間も知ったこっちゃないのだ。
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