幕間ー8 次なる戦争

 大陸歴1935年11月25日に開始された、帝国軍の冬季大攻勢作戦『蒼』は想像以上の大成功を収めた。


『帝国の奴等は冬になると穴倉に籠って冬眠する。だから、冬の間は安心だ』


 共王連合将兵すべからく、1世紀余りに渡って堅持されてきた『帝国の常識』をある意味、信用仕切っていた。

 確かに、秋口からの空中戦闘とそれに付随する砲火は過去にない程激しく、共王連合軍は大損害を被っていた。

 しかし、だからこそ信じた。信じてしまった

 

『これは、冬営をする為の下準備だ』と。


 その結果は――破局であった。

 膠着状態が続いていた西部戦線は僅か3週間で呆気なく崩壊した。

 あれ程、粘り強く戦線を維持していた共王連合は、今までの奮戦が嘘のように、相次いで降伏に追い込まれることとなった。


 主防御陣地こそ抜かれなかったものの、圧倒的な騎士戦力差と、開戦以来最大規模に達していた帝国砲兵の火力は、共王連合が主力及び予備兵力全てを投入してもなお劣勢。

 結果、この作戦の為に編成された、帝国軍第一独立集成騎士団による低地・高地両王国の各要塞制圧攻撃へ全く対応出来ず、一方的な蹂躙を受けることとなった。

 その後に行われた、空中支援下での大規模機甲突破及び包囲作戦は後世『電撃戦』と呼称され、戦史史上に輝く金字塔となっているのは有名であろう。

 

 戦況に強い危機感を覚えた連合王国は、事ここに及び、遂に直接介入を開始したものの実戦経験不足を露呈。

 共王連合側から伝えられる戦訓を、活かそうと真剣に考えてこなかった大陸派遣軍は大損害を被る。しかも、最後まで追撃の手を全く緩めなかった帝国軍によって過半以上が包囲され、海岸線へ押し込まれる悪夢付きで。

 これを救援すべき王国海軍が実施した撤退作戦は、小型艦艇及び輸送船に大きな被害を出し、2日で中止に追い込まれた。

 この時、主要艦艇の損失がなかったのはただ単に『目標とされなかった』だけに過ぎない。

 帝国軍の騎士達は、沈めやすい軟目標への集中攻撃を厳命されており、それが連合王国海軍にとって災厄、そして同時に幸運となったのだ。

 騎士による主要艦艇――特に、未だ各国では主力と崇められていた(帝国海軍ではそうでもないが)戦艦撃沈が達成されるのはもう少し後の話となる。

 

 その後、包囲下から辛くも逃れていた、共王連合及び王国軍残存兵力を撤収させるべく、共和国各港へ急行した王国海軍と輸送船団を待っていたのは、想定を遥かに超えた昼夜を問わぬ騎士による激しい空中襲撃の嵐(作戦が予期された為、艦艇襲撃に投入される騎士戦力が増加していた)であった。

 無論、王国軍の騎士も懸命な空中援護を行ったが、帝国軍の騎士戦力は余りにも圧倒的であり、僅か1週間で200騎以上を損失。

 この損耗速度に、連合王国指導部は戦慄した。

 何しろこの時期、王国全体で騎士は2000騎弱しかいないのだ。

 その1/10が1週間で溶けて消えた。


『今まで共和国から送られてきていた敵騎士の戦闘力を我々は何処かで信じていなかった。敗亡の危機に瀕した国が支援を受ける為の方便だと。しかし――今やそれが真実、否、過小に伝えられていた事に気付かされた。帝国が本気になれば、王国の各騎士団が殲滅させられるのに一か月もかからないだろう』


 西方戦線へ派遣され、実際に戦闘を経験、負傷したある騎士は帰還後、報告会でそう述べたと伝わる。

 以後、連合王国は猛然と騎士戦力の拡大に奔走することとなる。


 当初、輸送船による撤退を画策していた王国海軍であったが、低速輸送船はもとより、貴重な高速輸送船であっても騎士の空中襲撃には無力(事実、1週間で約40隻、30万トン以上を損失していた)。

 カレー海峡は狭い為、ボート等の小型船舶も利用可能だが自殺行為だとして使用は却下された。

 潜水艦による海中からの襲撃も増加しつつある。

 帝国海軍の水上艦艇出現も危ぶまれた。

 

 その為、彼等は非常手段を用いる事を決定する

 

『輸送船を用いるのは犠牲が多すぎて不可。よろしい。ならば高速でかつある程度の自衛能力を持つ軽巡洋艦及び駆逐艦で撤収作戦を行う』


 悪名名高き大陸撤退作戦『オリエント急行』の始まりだった。


(中略)


 大陸歴1936年1月25日。共和国全権、降伏文書へサイン。

 共和国北部一帯及び東部工業地帯の割譲や、膨大な賠償金支払いを含む屈辱的な内容であった。


 帝都はこの報に沸き返った。

 未だに、東方連邦との戦争は続いていたものの、既に敵首都を陥落させている。 現状は冬営中だが、来春の作戦でこそ、その息の根を止める。止められる筈だった。

 この期に及んで連合王国が介入してきたが、我らが帝国軍は鎧袖一触、散々に打ち破った。

 ご自慢の王国海軍も無謀な撤収作戦によって、膨大な数の艦艇を喪失。当分の間、まともな艦隊行動は不可能。

 戦艦と空母が幾らいても、それだけでは戦争にならないのだ。

 普通に考えれば、帝国が和を望めば受けざるをえまい。


『これで戦争は終わる』


 当時の帝国人ならば誰しもがそう思っただろう。

 唯一人――帝国第三代宰相を除いては。


 彼は『緋』『蒼』の作戦成功を明らかに疎んでいた(『蒼』作戦成功を報された際は特に苦々し気であったという)。

 公式文書こそ残されていないものの、この両作戦に彼の強い介入があった事は今日、確実視されている(『蒼』作戦時にはその影響からか、一部参謀の更迭沙汰にもなっている)。

 だが、それは彼が描いたそれではなかった。

 彼が指示した作戦案は、参謀本部及び現地軍によって別内容に変貌しており、採用されたのは、作戦が実行されたことと、作戦名、そして開始時期位であった(彼の作戦案とされる『緋』『蒼』の当初案は現存していないものの、メモ書き等の内容から素人のそれと言われている)。


『大元帥』


 かつて、初代及び二代のみ名乗る事を許された帝国軍最高司令官の称号。

 これがない彼には、帝国軍への直接命令権はない。

 故に作戦そのものに対する発言は、公式的に存在し得ない。

 彼が描いた作戦を、帝国軍が戦場で実現する事はなかったのだ。

 ……少なくとも今までは。


 彼はだからこそ次なる戦争を欲した。自らの思い描く『絵』を実現する為に。



ジェラルド・イーグルトン著(大陸歴1985年)『騎士戦争物語』第7章より

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