第二部『暗雲』
第五章 海峡制空戦
第二十五話 海峡制空戦―1
――大陸歴1936年2月下旬。低地王国某所――
帝国は共王連合を遂に打倒した。
その結果、少なくとも西方において戦争は終わる筈だった。残すは驚異的な粘り強さを発揮しながらも、絶望的な戦局に喘いでいる連邦のみ。
かの国とて、来春実施予定の攻勢作戦によって打倒し得る。
そう末端の私達に確信させる程、戦況は帝国優位となっていた。
……だけど、西方でも東方でも戦争は終わらなかった。終わらなかったのだ。
※※※
戦勝祝賀式典から駐屯地へ戻ってきた私達を待っていたのは、低地王国への即時移動。しかも、自力飛行で。
先の作戦で散々破壊した鉄道網は未だ再建中で、輸送車両に余裕がないのは分かるけど、雪が降ってる中、飛ぶのは正直嫌……。
『連合王国への威圧』
目的はそう説明されたけれど、私達の心中は中々複雑。もっと言うと、この命令に納得なんか全然出来ていなかった。
第一に、まだ戦勝祝賀式典へ中佐が呼ばれなかった事への憤りが燻っていたこと。
帝都でそれを聞いた(中佐は『後で合流するよ』と嘘をつかれたらしい。分かるけど、酷いっ!)レナ少佐とルカ大尉の怒り狂いようはそれはもう尋常じゃなく……。他の騎士達も無論同様。
少佐と大尉を含む式典参加者達には、叙勲と昇進、そして希望レベルだけど『新規部隊の隊長乃至は中隊長』が提示されたらしい。多分だけど、中佐の推薦だろう。一人として転属しなかったのはお約束かな?
第二に、どうして和平にならないのか誰もが理解に苦しんでいたこと。
『蒼』作戦後半において、我が軍は連合王国軍が派遣してきた援軍を完膚なきまでに粉砕。大陸からの撤兵を企図した王国海軍も痛打した。
中佐の適切にして、彼等からすれば過酷な判断(『大型艦艇は無視だ。ただし、空母は除くが』)の結果、絶対的制空権下に軽巡洋艦、駆逐艦多数を撃沈破。余りにも短期間に損害が続出した結果、あの狭いカレー海峡を彼等は『魔の海峡』と呼んでいたみたいだ。
そして高速艦艇による大陸撤兵作戦以前の、数十万トンに及ぶ輸送船被害を考えれば数ヶ月は大規模作戦は不可能。
唯一、健在なのは本土に控える敵騎士団だけど、それとて『蒼』作戦時の戦力をもってすれば、どうとでもなる。それが最前線にいた私達の感覚だった。
……が、それは裏切られる。
第三に、圧力をかけるにしては戦力が中途半端だったこと。これが一番訳が分からなかった。何故わざわざ?
西部方面軍には、共和国が降伏し連合王国が大陸撤兵を完了させた2月初旬の時点で、12個飛翔騎士団が全て健在だった。多少消耗し、休養が必要になっている部隊もあったけれど、ほぼ全期間通して倍以上で戦う状況を現出した結果、損害は十分補充し得るレベルで収まったのだ。
私達が所属した第一独立集成騎士団に至っては最終局面以外、終始圧倒的ともいえる戦力差で殴り続けた為、戦死者皆無とまではいかなかったものの全10個大隊が即時戦闘可能な状況で作戦を終えている。
それにも関わらず、『蒼』作戦に参加した騎士団の内、移動対象とされたのは僅か3個飛翔騎士団、約600騎足らず。これでは大した圧力になる筈もない。
介入してきた敵騎士をだいぶ叩いたとはいえ、その主力はまだまだ健在。推定で約2000騎が連合王国を守護しているのだ。
……まさか『我が帝国騎士と敵騎士とのキルレシオは1:5。多少劣勢だが、3個飛翔騎士団でも十分対抗』なんて考えていないわよね?
普通に考えたら、幾ら魔装の性能的優位と、彼我の熟練度を考慮しても、今の状況は長く続かない。私の故国は西と東に広大な戦線を抱えているのだし。
帝都の浮ついた雰囲気を思い出すとちょっと不安……。
まぁ、まだどの部隊も戦勝のふわっとした気分を引きずっており、これからも戦争が続く雰囲気ではなかったのも根本にあると思う。
なお、移動命令を伝えに来た帝都の某参謀は西部方面軍司令部でほぼ丸一日拘束の上、『丁寧な質問』をされたらしい。……当然だ。拷問がないだけ(以下略)。
作戦中、あれだけ恵まれた天候も、作戦終了後各地で降雪を観測(中佐は『……余程、天に嫌われているらしい』と嘯かれていた)。
私達の新たな駐屯地となった共王連合軍が使用していたとある基地も、着陸地点以外は一面の雪に覆われており、到着した瞬間、魔装を脱ぐ間もなく、総員(他の部隊は車両移動で先発していた)で雪かきに精をだした。勿論、機材はまだだったので、人力で。
……雪かき大変過ぎる。出来れば二度としたくない。
到着してから数日間は穏やかな日々が続いた。
続々と機材等々が運び込まれ、少しずつ基地っぽくなってゆく。当然、私達も遊んでいる訳じゃなく、先の作戦で得られた戦訓を徹底的に論議し、訓練を練り直していく作業に追われた。
だけど、なんか楽しい、こういうの。
「中尉」
その日、廊下をミアと歩いていると後ろから声をかけられた。
振り向くと、新任の男性少尉が敬礼していた。作戦終了後に連隊へ配属された補充士官の一人で、まだまだ幼い印象。今はまだ本隊付きということで見習い中だ。二ヶ月もしたら、他の大隊所属になるらしい。
答礼し、うながす。
「中尉、少尉が呼ばれていますよ?」
「――エマ、貴女も中尉」
「あれ? そうだっけ? う~ん……何と言うかまだそんな感覚が……」
「――自覚して。あと、双剣戦功章は?」
「着けてないけど?」
「――着けなきゃ駄目。そうしないと中佐に言う」
「ミア、それは反則」
「あ、あの」
いけない、いけない。目の前の少尉を忘れていた。
こほん、と咳払いして取り繕う。
今まで、私達が一番下っ端だったからこういうのほんと慣れていない。まぁ、すぐまだ元に戻るし。
「お待たせしました。何でしょう?」
「はっ! 連隊長がお呼びであります」
「了解しました。ありがとう」
「は、はっ!」
何故か、顔を赤らめて少尉が下がってゆく。どうしたんだろう?
エマ、何よその目は。「――ミアは無自覚。騎士学校時代もそうだった。質が悪い」。そんなことある筈ないでしょう。だって、私だもの。
ほら、行くわよっ。中佐を待たせるわけには行かないんだからねっ!
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