第十四話 青薔薇ー2
『西部戦線最強部隊』
大陸歴1935年秋の段階で、この称号は私達が所属している第324大隊と、戦線中央を縄張りとする、第11飛翔騎士団第451連隊第302大隊とが分け合っている――と、世間一般では流布されている。
だが、ちょっと待ってほしい。
西部戦線において、敵主力が最も密集しているのは何処か?
間違いなく西北戦線だ。
何せ、敵騎士の約6割近くが集結している(暗号解読などでこれは確定的)。
勿論、中央戦線や、西南戦線が楽をしているとは言わない。
言わないけど、それにしたって面白くないのは事実なのである。
つまり――
何故、第302大隊が私達と同格扱いなのか?
これは、大多数が思っていることでもあり、同時にとても歯がゆく感じてることなのだ。
様々な背景を持つ第501連隊所属の騎士達に唯一共通しているのは、連隊長である中佐への絶対的な信頼感である。
特に古参であればそれは狂信的な程に強い(少佐のはまたちょっと違う気もするけど)。
彼らは中佐のことを、帝国最高の騎士と常々断言している。
勿論、私もミアもそう思ってる。
彼に匹敵するのは、かの『天騎士』のみ。
それが連隊内の共通認識なのだ。
しかし中佐は、戦場取材に来た記者達に対して、聞いていた記者が感動して泣き出してしまったり、余りの恥ずかしさからその場から逃げ出す者が出る程、部下を激賞する事は多々あれど自らの戦果は決して語らない。
そして、戦場でこそ圧倒的な戦闘力と予言者じみた指揮能力を振るうものの、普段は極めて優しく、同時に目立たない人なので、マスメディアが注目することはまずないのである(少佐曰く「いなくなった時にその本当の価値が分かるの」らしい)。
それに対して第451連隊長ハンナ・クライン中佐は違う。
彼女には――ほんと認めたくないけど――何とも言えぬ『華』があるのだ。
『祖国窮地の折、本来は平和を望むが、仕方なく立ち上がった救国の騎士』
銃後の人間が持っている模範的かつ理想的な騎士像に限りなく近く、それでいて本人は若く可憐(あくまでも外見だけ)で優秀な女性。
かつ帝国有数の大財閥直系にして跡取り候補。
自ら志願した際に引き起こした祖父との確執。
これ程マスメディア受けする題材も少ない。
結果、彼女は西部戦線における字義通りの『英雄』となった。
無論、優秀なのだろう。
私は、人伝にしかそれらの話を聞いたことがないし、どこまでが本当なのかは知らない。知る気もない。
けれど、若くして帝国軍中佐に昇進し、1個連隊を指揮。
『青薔薇』の異名。
帝国は、初代大宰相以来の不文律で無能な士官を絶対に許さない。
『仕事熱心な無能はいらぬ』
彼が定めた士官像は、火力絶対思想と共に未だに脈々と息づいている。
そこから考えても、並じゃないのは事実なのだ。
……いや、ほんと認めたくないけれどっ(二度目)。
※※※
「で、お前さんらは何をしてるんだ? ああ、敬礼なんていらんいらん。マイヤー、お前まで一緒になって」
中佐の執務室近くでこそこそしていた私達に、呆れた表情で後ろから声をかけてきたのは、連隊の整備長であるラウ少佐だ。
中佐から絶大な信頼を受けている方で、魔装整備に関して少佐が口を出されているのを見たことがない。
古い付き合いらしく、よく二人して楽しそうに話をされている。
「整備長。中佐にお客さんが来るみたいなんですけど、何か聞いてます? ボクは副官の責務として知っておきたいんですけど」
「ああ? 何を言ってるんだお前は。今日はこれからあいつが――」
整備長が口を滑らせる。
ルカ大尉は満面の笑み。
「誰が来るんですか? 教えて下さい」
「……い、言えん。さて、俺は整備がある。じゃあな」
そう言うと整備長はそそくさと退散していった。
多分、中佐に用があった筈なのに。ふむこれは――
「大尉」
「少尉」
「「怪しい」」
そもそも、中佐にべったりな副長のレナ少佐があり得ない事に不在。
副官のルカ大尉には報されておらず、逆に整備長は知っている。
あれこれって、もしやほんとのほんとに?
横を見ると、ミアは落ち着かない御様子。
この子は、基本的に恐ろしく高性能なんだけれど、こういうのはほんと苦手だからなぁ。
……いやまぁ私も似たようなもんだけれども。
「大尉、どうしますか?」
「勿論、正面突破さ!」
副官殿はこれで案外と猪突しがちである。
「――だ、駄目。中佐に叱られる」
ミアは恐ろしく奥手である。
では、私はというと――
「一応、二つ隣の部屋からでも声は拾えると思いますけど」
隠れてこそこそ。中途半端だなぁ。
大尉が演技めかして深刻そうに言う。
「エマ少尉……ボク達は知らなくてはならない。何故かいない少佐から、秘蔵のチョコレートを強請るネタを手に入れる為に――これは断じて、下世話な好奇心からではない」
「ルカ大尉。同感です。私達がこの情報を握れば、隊内で多くの獲物(お菓子とか珈琲とか)を手にすることが出来るでしょう。ミアはどうするの?」
「――よ、よくない」
「「ふ~ん」」
「――うぅ」
恥ずかしそうにしていたミアだったが、最終的には同意するのであった。
めでたしめでたし。
さて、二つ隣の部屋から声を盗み聞きするにしても相手は中佐。並の偽装魔法では即座にばれるだろう。
と言うかばれたらまずい。下手すると営倉行きになりかねないし。
しかし、此方には歴戦のルカ大尉。そして、我が同期の誉れミアと、魔法の静粛性ではちょっと自信がある私の三人がかりである。何とかなるかもしれない。
ただし、冗談じゃきかない話の場合は、音を遮断して大人しくやり過ごす事を賛成多数で可決(大尉は「ボクは副官だから」と抵抗を示したが、少数派は何時も虐げれれるものである)。
わくわくしながら待つことしばし――執務室の扉をノックし誰かが入ってくる音を魔法が拾う。
『入るぞ』
『どうぞ』
ちっ。この声は整備長か。
違う、私達が聞きたいのはこの声ではないのだ。
隣を見ると大尉も渋い表情。
『どうしました?』
『言われた通り、帝都の連中が持ち込んだ
『休み明けで良かったのに。ありがとうございます。確かに新米では難しいでしょうね。ですが――うちの人達なら使いこなすでしょう』
『最大魔法保持数2000超えか。凄い時代になったもんだな』
『ええ。ただ、本格的な量産は流石にまだ先でしょう。来年になると思います』
『あの出力向上型はどうする? うちの装備にして構わないんだろう?』
『どうしましょうか。いや……やはり副長に渡しましょう。慣行から言えばそろそろ帝都行きでしょうし、多少の箔はつけてあげたいですからね』
『もう箔どころの騒ぎじゃないと思うが。それに唯々諾々と従うと思うか?』
『それはなんとも。ただ、彼女は昇進して然るべきだと思いますよ? 偉くなってもらって楽させてもらいましょう、お互いに』
『違いない』
楽しそうな中佐と整備長の声。
取り合えずここまでの内容で知らない話はほぼない。
新型魔装は、先日連隊全体の前でお披露目されたし、少佐がそろそろ転属時期なのも周知の事実なのだ。
数少ない新型魔装を、腕利きが使うのもまた自明。
『で、どうだ。あの二人は?』
いきなりの話題転換。しかもこれって
『もう一人前ですよ。西北戦線を半年近く生き延びたんです。何処でもやってゆけます』
『お前が入れ込む位だからなぁ』
『ミア嬢は近い将来、帝国を代表する騎士になるでしょう。あの子の才はずば抜けています。これから隊を率いる経験を積ませればすぐにでも一隊を任せたいところですね』
『あの無口なちびっ子はそれ程か』
『ええ。正直、末恐ろしいですよ。ただ、私ならエマ嬢をそこの副官に置きます。今はミア嬢に隠れてますが彼女も才媛です。別の形で帝国を代表する騎士になるのは間違いありません』
こ、こそばゆい。
ミアは既に真っ赤です。私もおそらく似たようなもの。
ルカ大尉は、一度目はそうなるよね、という微笑み。
そこへ、控えめなノック音。
『おっと――もう時間か。そろそろ俺は退散するぜ。殺されたくないからな』
『そんな大袈裟ですよ。あれで、良い子なんですから』
『お前の手にかかれば帝国の大半は良い子扱いだよ。後で魔装のレポートはうちの若いのに提出させる』
『よろしく』
整備長が出ていく音と、そしてそれと入れ替わりで誰かが入ってくる。
『お久しぶりです』
『久方ぶり。春以来かな』
『ええ』
――私はこの声を知っている。
『で、折り入っての話とは何かな? ハンナ』
入って来たのは、ハンナ・クライン。帝国軍の『英雄』にして、私の半分血が繋がっている姉であった。
※※※
余談だが、私と彼女は似ていない。
万が一もあり得ないが、二人で外を並んで歩いていても姉妹には見られないだろう。
彼女は有り体にいって美人である。
私は、決して不美人ではないものの、周囲に綺麗どころ(ミアや同期首席の子もそうだった)が多いせいか、間違ってもそういうカテゴリーではないと自覚している……神様はかなりの不平等主義だからなぁ。
結論からすると、私と彼女とが似ている点は二点だけしかない。
父から、魔法の才能を受け継いだ事。そして――
お互いを嫌い合ってる事だけ、である。
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