第三章 青薔薇

第十三話 青薔薇ー1

 ――大陸歴1935年秋、帝国某後方駐屯地――


 

 初めてちゃんとした手紙を書きます。

 この前までは時間がなくて、何時も短い手紙でごめんなさい。私は元気です。

 文庫本、ちゃんと受け取りました。ありがとう。


 今、私がいる場所は(軍事機密になるので具体的な地名は教えられないけど)最前線ではありません。安全なので心配はご無用です。

 ミアを覚えてる? 騎士学校1年目に家へ連れていったあの綺麗な子。

 彼女も同じ部隊にします。

 この部隊に来てからはずっと一緒の部屋で寝泊まりしてます。

 ここでも一緒です。


 彼女は凄いです。

 既に撃墜王。若手のホープと呼ばれてます。

 それに比べて私はまだまだ。でも、部隊に配属された当初からすると大分、マシになってきたんですよ?

 この前なんて、中佐(私達の隊長さんです。とっても優しい人!)から直接お褒めの言葉をいただきました。

 「クリューガー少尉は随分と巧くなってきた」って。嬉しかったなぁ。


 私とミアは、中佐とレナ少佐(とっても美人さんなの)が率いられている小隊に所属しています。

 二人から毎日、一生懸命学んでいます。

 中々、上手くいかないけど、私はこの部隊に来れて良かったと思ってます。


 そちらに帰れるのは先の話になりそうです。

 前線では毎日、激戦が続いています。私達も、もう少ししたら戻ると思います。 でも、心配しないで下さい。私達の隊長は、私が知る限り帝国最高の騎士です。 この半年間で、部隊内で戦死した人はいません(勿論、怪我をする人には事欠きませんが)。

 これは、ちょっとした奇跡に等しいことなんですよ? 

 だから大丈夫です。貴女の娘は強いんですから。


 今年の冬は寒くなるみたいです。御自愛下さい。父さんにもよろしく。

 母さんはもっと、父さんを使っていいと思う。それでは、また手紙を書きます。 お元気で。



※※※



 第13飛騎所属の各連隊が、連戦の疲れと損害を回復する為、西北戦線の最前線から、帝国本土に設営されていた後方駐屯地や、帝都近辺にまで下がった頃、季節はもう秋の声が聞こえてくる時期になっていた。

 

 春以降、最前線近くの後方へ一旦下がることはあっても、帝国本国まで下がったことはない第13飛騎にとって、この休養は慈雨に近かった。

 第501連隊は中佐の適切極まりない指揮と幸運が重なり、戦死者こそほとんど出さなかったけれどそれでも重傷者は出していた。

 連日の戦闘は確実に部隊を蝕んでいたから正直ほっとした。

 空を飛んでて、寝る事が出来るようになるとは思わなかったなぁ……。


 同じ騎士団に所属する他の2個連隊はもっと悲惨な状況で、特に第553連隊は部隊が半壊。

 最終的には連隊とは名ばかりで1個大隊弱しか戦力として存在していなかった。

 既に連隊長と副長も負傷して前線から離れる状態に陥っていたし、これ以上の戦闘継続はかなり難しかっただろう。

 彼等は、私達よりも更に後方、帝都近辺にまで下がって、補充兵を受け入れながら戦力回復を行っている。

 もう一つの第561連隊は、553連隊よりマシだったとはいえそれも程度問題で、連隊基幹メンバーの半数を戦死乃至は負傷で失い、これまた帝都近辺にまで下がっている。

 やっぱり、帝都に近い方が、騎士の補充を受けやすいからこれはしょうがないことだ。

 決して、私達もそこまで下がりたかったなんて思っていない。

 思っていないって言ったらいないのだ。……帰省、出来ると思ったんだけどな。


 私達と同じく、開戦以降、西北戦線を支えていた各騎士団もこの時期、順次後方へと移動している。理由は単純。


 第一に、再編中だった第15飛騎(結局第17飛騎は東部に取られた)が最前線に舞い戻ったこと。

 第二に、本土で新たに編成が進んでいた10個飛翔騎士団の内、4個の西部戦線配置が完了したこと。

 第三に、参謀本部が帝国軍戦略予備部隊にして帝国軍最強の一翼を担う第7飛騎と第9飛騎の一時的な西北戦線配置が決定したこと。 


 これらの要素が合わさった結果、第13飛騎を含む5個飛騎は後方にて戦力回復をする時間を得たのである。

 既に最前線では、7個飛騎を用いた開幕以来の大規模な空中撃滅戦が展開されているらしい。


 

 そんな情勢の中、目下の私達はというと。


「――エマ、だらしない」

「えー。いいじゃない。偶にはだらけても。ミアしかいないし」


 暇を持て余していました。

 中佐から、3日間の完全休息、を言い渡されてはいるものの、他の人達(大多数の人は近くの町に繰り出していきました。1日目なのに。いや、だからか)みたいにお酒を飲める訳じゃないし、訓練をしようと魔装を弄っていたら、整備長から追い出されるし。

 やることがないのです。

 と言う訳で、今はベッドの上で足をばたばたさせながら文庫本を読んでます。

 母さん、ありがと。愛してる。

 文庫から顔を動かし、こちらをジト目で見ているミアに声をかける。


「ミアもやってみればいいよ。ちょっと楽しいよ」

「――し、しない」


 そういうと、そっぽを向く。可愛いいなぁ、ほんと。


「あれ? 二人とも街へ行かなかったのかい? ああ、敬礼なんていいよ。今日はお休みだからね」


 外の窓から声がする。顔を出したのは副官――ルカ大尉だ。

 この半年で隊内の女性陣(そもそも数は少ないのだが)とは随分仲良くなった。


「大尉こそ。てっきり繰り出しているのかと」

「はは。これでも一応は副官だからね。中佐がおられるのにボクが遊びに行く訳にはいかないよ」

「――中佐からの許可は?」

「う……ミアは痛いところついてくるね。さっき、執務室に伺ったらすぐ追い出されてしまったよ」

「ああ、そういうの許してくれない方ですからね。いや、それよりも、今日も仕事を? 流石に休まれると思いましたが」


 中佐はきちんと休まれる方だ。

 少なくとも、部下が見ている前では。でないと、この連隊の人達休まないし。 

 私の疑問に対して大尉は首をふった。


「仕事じゃないよ、とは仰ってたけどね。それでも気になるのさ。職業病だね」

「少佐は?」

「強制的に休ませたみたいだよ」

「――怪しい」


 話を聞いていたミアが口を挟んでくる。


「――何時もなら絶対に嫌がる筈」

「彼女、中佐のこと本当に慕ってるからね。ボクが副官に就任した時なんて……今でも時折夢に見るよ。自分だって副長なのにさ……。まぁ騎士学校時代かららしいから、筋金入りだよ。そんな彼女が何故かいない。これは確かに変だ」

「不思議ですね。少佐は、大尉と同じく中佐命の筈」

「エマ。君の中のボクはどういう立ち位置なのかな? ボクは確かに中佐の副官であることに誇りを持っていることを否定するつもりはないしこれからも出来ればずっと続けていきたいと思っているけれどそれはあくまでも人として信愛のそれであって」

「と、供述しており」

「エ、エマ!」


 むきになって怒る大尉。本当に可愛らしい方です。ああ、何と良い休日か。


「――多分、誰か人が来るんじゃないかな?」


 私が大尉で遊んでいるとミアが話を続けてくる。ミアもなー。そうだもんなー。


「――違うから」

「はいはい、分かってますって。でも、中佐にお客さんが来るのは本当かもね」

「――」

「気になるなら見に行ってみる?」

「――ぅ。い、行かない」


 一瞬、葛藤したミアだったが、どうやら羞恥心に負けたらしい。

 そっかそっか。行かないか。

 私は行くけれど。面白そうだし。

 文庫を置いて、ベッドから降りる。


「では、大尉行きましょうか」

「そうだね。ボクには副官として中佐の交友関係を把握しておく責務があるからね。これは仕方ない業務だ」

「――っ」


 ミアの顔にそれと分かる動揺。


「じゃ、ミアは待っててね」

「うむ。ミアは待っててくれ。エマ、外で合流しよう」

「了解です」


 そそくそと部屋を出ていこうとする私の裾をミアが掴む。


「――私も行く」

「顔が真っ赤だよ」

「――」


 ぽかぽか、と照れてミアが殴ってくる。いや、本当に良い休日。

 この後も、きっと楽しくなるに違いない。



 この時までは……そう思ってたんですけどね。



※※※



追記。一応書いておきます。あの人も無事だと聞いています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る