第十二話 本部小隊ー6

 飛翔魔法の基になった魔法が開発されたのは大陸歴1883年のことだった。


 意外にもそれは、帝国人によるものではなく、共和国の名も知られていなかった若い魔法士によるものだったらしい。

 当初、その報告を聞いた誰しもが半信半疑だったそうだ。

 

 人が空を飛ぶ。

 

 それは夢であり、同時にあり得ないことだったからだ。

 結果、画期的な事を成し遂げたにも関わらず、共和国はそれを黙殺。

 それに対して、当時から大陸全土に諜報網を作り上げていた帝国は、これを魔法に強い興味を持っていた初代帝国大宰相へと報告。

 彼は齢83に達していたが、その頭脳に陰りは全くなく、その報告を受けた際、彼は一言だけこう漏らしたと言う。


『20年早すぎる』


と。

 その後、若い魔法士への接触と、何をしても良いから帝国への『招致』を強い口調で命令したとされる。

 元々、先祖が帝国からの移民であった彼はその招致に応じ、以後、帝国で飛翔魔法の発展に生涯を捧げる事になる。

 彼の名前はニコラウス・バーダー。

 帝国軍主力魔装ニコラウス型の原型を開発した天才魔法技術者である。


 それから30年後の大陸歴1913年、合衆国にて航空機が初めて空中飛行を成し遂げる。

 だが、その時点で飛翔魔法は遥か先にまで進んでしまっていたのだ。



※※※



 距離200を切って放たれた私の射撃は、嘘のように敵騎士に命中した。

 これは――1騎撃墜確実。私にとって、初の撃墜戦果。

 急降下で得られた運動エネルギーに、身を任せそのまま敵編隊に射撃を継続しながら突っ切る。と同時に上昇機動に移る。

 後方を振り向くと、敵騎士の編隊はズタズタに引き裂かれている。

 数も明らかに減少。今の一撃だけで、1/4は撃墜破したかな?


『黒騎士01より、各騎。一撃したら上昇離脱しろ。余り喰い過ぎると第2,3の連中に怒られるぞ』


 中佐の冗談めかした声。

 各騎からは、くすくす、と笑い声。なんというか……緊張感がないなぁ。


 第1中隊が上昇していく。

 再度の襲撃を行うのと、第2中隊と役割を変わる為だ。

 それに対して本部小隊は速度を緩める。

 が、想像していた追撃が発生しない。敵はそれどころではないらしい。

 

 この2週間で分かったのだが、中佐は恐ろしく真面目な方で、士官ととしての義務を忠実にこなそうとされる。

 

 つまり、攻撃時は指揮官先頭。そして離脱時は殿しんがり

 

 部下はたまったものではない。と言いたいところだが、なるほどその為に少佐が2番騎に配置されていても文句が出ないんだな、と得心してしまった自分はほとほと苦労性が染みついている。


 敵無線が聞こえてくるが、案の定大混乱中。どうやら、報告通り今まで前線にいなかった新鋭部隊らしい。


『なんだ。なんなんだ。あの連中は』

『速過ぎる! 話に聞いてたの全然違うじゃないか』

『各騎、落ち着け!! 編隊を組みなおせ。反撃だ。反撃しろ』

『敵先頭騎士の個別識別判明。こ、これは……最悪だ』

『なんだ。はっきり報告しろ!』

『あいつは、あいつはっ!』


 その時、手際よく第2中隊が上から降ってくる。

 再度の蹂躙。

 敵無線からは悲鳴と怒号。一方的な空戦だ。


『黒騎士01より05。急がないと獲物なくなりそうだぞ?』

『黒騎士05より01そりゃないですよ。現在急行中。到着まで90』


 第3中隊が来るまで獲物は残っているのだろうか?


「少佐。ここはもう大丈夫だろう。次に取り掛かることにしよう」

「はっ!」

「それと――クラム少尉、クリューガー少尉。共に1騎ずつだな。見事だ」


 不意打ちで、中佐から賛辞。

 頬が赤くなる事を自覚。この時ばかりは、魔装の温度調節機能が恨めしい。

 ちらりと前を飛ぶミアの耳を見るとやはり真っ赤。

 ああ、少佐が普段、中佐命を明言してる意味が分かってしまいそうで困る。


『黒騎士01より各騎。敵は既に半壊している。第1、第3中隊はこのまま敵を殲滅せよ。その後は、下の砲兵狩りを行え。第2中隊は上昇後、本部小隊と航空機とダンスタイムだ。諸君、抜かるなよ』

『『『了解!』』』


 そして、中佐は急上昇。私達も続く。

 ちらりと後方を振り向くと、最早編隊を維持することも出来なくなった敵騎士大隊だったものが、逃げ惑う姿が見えた。



「中佐殿。敵航空機編隊を発見。数約20。高度約3000。距離20000」


 少佐が敵を発見した。本当に航空機らしい。しかも、高度が大分低い。

 現在の私達が飛んでいるのが高度6000だから、その分発見が遅れたみたいだ。

 ミア、そんなに悔しがらなくても。これは経験の差だと思うよ。


「ふむ……どうするか」


 現状は私達しかいない。

 第2中隊は追随してきていたけれど、高度7000まで上がって索敵失敗がないように備えていた。

 普段、騎士との戦闘は高度5000程度が一般的なので、敵の侵入高度が低すぎるに虚をつかれた感じだ。敵指揮官はそれも見越していたのかな。


「――意見具申します」

「許可する」

「――敵航空機はこの高度まで上がれないんじゃないでしょうか?」


 ミアの意見に、私を含めた3人は沈黙。顔を見合わせて苦笑。


「確かに――言われてみればその通りだ。いやはや、この戦場最古参の一員でありながら、騎士学校出たばかりの少尉に教えられるとは。人生とは驚きの連続だな。ありがとう、ミア嬢」


「――いえ」


 素っ気なく返すミア。

 ただし、頬は真っ赤である。これはいよいよもって。


「――エマ」


 相変わらず鋭い。

 まぁ、これは帰った後のお楽しみにしよう。


『黒騎士01より04。どうやらお相手は太り過ぎでこの高度まで上がれないらしい。よってこれから一撃をしかける』

『04、了解。流石は連隊長殿。女性にお優しい。すぐに援護へ向かいます』


 第3中隊長からは茶化しながらの報告。中佐が私達に向き直る。


「聞いての通りだ。私達で獲物は独り占めしよう。少佐、そう言えば航空機の戦果はどういう扱いになるんだ?」

「はっ。撃墜戦果には含まれません。戦車や砲と同じ扱いかと」

「そうか。残念だな。クラム少尉とクリューガー少尉が撃墜王エースになれるチャンスだと思ったが」

「「自分達の力で撃墜王エースになります!」」


 二人して同じ言葉を叫ぶ。あ……。

 

「その意気や良し。では一先ず、今日の仕事を片付けることにしよう。少佐、たまには最大出力での超遠距離射撃をやっておかないと腕が鈍ると思うのだが?」

「中佐殿……2週間前にも同じような事をやられていますが。いえ、了解です。敵航空機へ射撃データ集積開始します」

「さて。ミア嬢、エマ嬢。君達の最大射程はどれ位かな」


 そう中佐は悪戯っ子のような笑顔を見せた。



『黒騎士01より、C-9周辺の味方に告ぐ。衝撃に備えよ』


 私達は既に魔法式の展開準備を終えている。

 少佐からの精密な射撃情報も受け取り済み。

 このレベルの射撃情報をこの距離で集積出来るのかこの人は。

 忘れそうになるが、この人もまたとんでもない。


「さて、諸君。準備はいいかな」

「「「はっ!」」」

「よろしい――では、一つやってみようか」


 そう言うと、中佐は膨大な魔力を魔法式に注ぎ始める。

 これは――模擬空戦時にも見せた、魔装固定魔法式の移譲だ。

 恐ろしく緻密に、そしてあり得ない程高速に、巨大な射撃魔法式が組み上げられる。

 綺麗だ。これから、死を撒き散らすだろう魔法なのに。

 一瞬見とれていた私だが、慌てて魔法式を展開。中佐のそれと同調させる。


「目標。敵航空機編隊中央。てぇぇ!!」


 中佐の命令と共に、魔法式を発動。敵航空機へ向かっていく。

 ようやく、此方に気付いたのだろうが、機関銃の射程外だから私達には何も出来ない。

 散開に移るべきなんだろうけど――反応が遅すぎる。あれでは。

 魔法式は敵編隊中央で炸裂。

 直撃を受けた敵航空機が爆散消失。周囲にいた敵機にも次々と火災が発生している。


「敵編隊中央で炸裂。14機の撃墜消失を確認。他の航空機にも火災発生中。中佐殿……どうやら全機撃墜した模様です」


 少佐が信じられない表情で報告する。余りにも脆すぎる。

 それに対して中佐は平然とした表情。


「――考え方は悪くない。おそらく、誰か頭のいい輩が気付いたのだろうな。だが、少々頭が良すぎるようだが。さて、この一件どうなるか」

「中佐?」

「ああ、すまない。考え事をしていた。うん、一撃で全機撃墜。素晴らしい。流石は少佐の射撃情報だ」

「あ、ありがとうございます」

「よし、では他の連中の支援に回る」


  そう言うと、中佐は鋭く踵を返したのだった。



※※※


 これが、私と航空機の初遭遇の顛末である。味方にとっては何時もの勝利。

 ただし、敵にとっては悪夢の大敗北。


 以後、西北戦線に航空機が大量投入される事はなく戦線崩壊に至る。

 私が次に航空機と遭遇するのは、北の地でのことになるが、それはまた別の話だ。

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