第十一話 本部小隊ー5
近代戦における騎士の役割とは何か?
これが騎兵だったら極東の某将軍が説明した、拳でガラスを叩き割る、というので説明がつくのだろうけど、騎士の説明となると中々難しい。
飛翔魔法によって戦場を三次元から俯瞰出来る騎士は、最良の観測手だし、砲兵殺しでもあるし、歩兵からすればほとんど対抗手段がない相手だろう。
東部戦線では、戦車殺しの騎士も多数出ていると聞くし『戦場の何でも屋』という表現が合ってるのかもしれない。
因みに、突破作戦の際には最先鋒も務める缶切り役でもある。
こうして考えると、戦場を疾駆する、という表現は言い得て妙なのだな、と感心。そして納得。
同じ、空中という舞台にいる気球・飛行船は騎士という兵科が誕生した結果、戦場から駆逐されて久しい。
航空機は多少運用されている(帝国ではそれなりに活用されてはいるけど)ものの、未だその性能は不安定で、むしろ大半の国で飛ぶのがやっと。
輸送や偵察ならいざ知らず戦闘など思いもよらぬ、というのが実情らしいし、これらを比較対象にも出来ない。
海を渡った合衆国では、戦闘機という戦闘専門の航空機が開発されているらしいが、どうだろう? 下手すると重砲の直撃にも耐える騎士からその地位を奪うのは容易ではない気がする。
これから先も当分の間、騎士は戦場を支配するだろう。
少なくとも、何かしらの大きな変化が起こらない限りは。
※※※
『鷹巣。此方、黒騎士01。敵情報されたし』
模擬空戦の翌日から、私とミアは本部小隊として連日出撃を繰り返している。
例の作戦で、敵騎士1個連隊を殲滅する戦果が効いているのか敵の動きは鈍い。
砲兵狩りや、偵察、弾着観測を行う機会こそあったものの、本格的な空中戦は着任初日以降、経験することが出来ないまま、早2週間が経とうとしている。
『黒騎士01。今日は当たりだぞ。敵騎士約1個大隊が目標砲兵の上空で直衛中だ。コールナンバーに聞き覚えがない。おそらく新鋭部隊だと思われる』
『鷹巣。それはありがたい。そろそろうちの戦争狂共が、獲物不足で暴動を起こす所だったんだ』
『黒騎士01。貴隊だから心配はないと思うが、一応用心を。戦果を期待する』
『鷹巣。ありがとう。何か他の情報が入ったら即座に報せてくれ。心配に及ばず』
どうやらそれも終わるらしい。
初実戦の際、私は2騎協働撃破を公認されたが、まだ撃墜を果たしていない。
当然、ミアもだ。
この2週間、中佐と少佐に付き添われて(この表現が正しいと思う)戦場を往復する日々だったが、今日こそは胸を張れる戦果を挙げてみせよう。
『黒騎士01より各隊。喜べ。今日は獲物がいるそうだ』
無線には第324大隊の各騎士から歓声。
因みに第325大隊もこの2週間は獲物がいなかったとのこと。多分、今日帰ったら文句を言うことだろう。
『何時も通りの手筈でいく。先鋒は本部小隊が務める。副官、第1中隊率いて続け。第3中隊高度を上げて迂回、敵後方から挟撃だ。第2中隊は上空援護を』
『『了解!』』
『毎回言うことだが、無理はしなくていい。危なくなったら必ず離脱を優先。我が軍の魔装で全力降下すれば敵はついてこれない。その事を忘れるな。では諸君、高度を上げろ。戦争の時間だ』
そう言うと、中佐は一気に上昇を開始。
模擬空戦の時と異なり、彼が今回使っているのは
それにあっさりと追随するのはレナ少佐。私とミアも必死に食らいつく。
後方からは、第324大隊が中隊編成でぴったりとついてきている。
この速度で編隊飛行を維持できるとは。恐るべき練度。
いやもう、そんなのでは驚かないけれど。
高度6000まで一気に上がり、巡航へ移る。ここで、第3中隊が迂回する為、本体から離れて行く。
『中佐殿。敵部隊捕捉しました。約1個大隊。高度約5000。距離約30000』
『――敵部隊発見。約1個大隊。高度約5000。距離約30000』
少佐とミアがほぼ同時に敵隊を発見し、同じ内容の報告をする。
各騎士は感嘆の声。
『距離30000って……すげえな。おい、坊主、お前には見えるか?』
『無理ですよ。まだ魔力反応すら探知出来てません』
『少佐はともかく、ちびっ子やるな』
『ああ、少佐はともかく。ちびっ子は凄いな』
『そうだね。少佐はともかく、少尉は凄いなぁ』
『…………貴方たち、帰ったら覚えておきなさいよ?』
ミアは、この2週間で随分と部隊の人から可愛がられるようになった。
元から銀髪美少女だし、ちょっと背が小さいから良い意味でマスコット扱いされている。
本人はちびっ子扱いに納得してないみたいだけど。
今も褒められて嬉しいのが半分、ちびっ子呼ばわりが気に入らない半分といった表情。こういうところは可愛いのだ、我が親友は。
「――エマがまた変な事を考えている」
「考えてない、考えてない。ただ、ミアは可愛いな、って思っただけ」
「――むぅ」
『流石だ副長。海軍の夜間見張り員でも務まるのではないか? クラム少尉も見事だ』
中佐も少佐とミアを賞賛する。
『中佐殿。お言葉ではありますが、小官は現状に満足しております。何があろうとも海軍に転属する気はございません』
『はは、冗談だ。そう怒るな』
中佐と少佐の掛け合い。
褒められたミアは耳を真っ赤にしている。ふむこれは。
まぁ、からかうのはこの戦いが終わった後にしよう。
『さて、戦友諸君。獲物はまだ此方に気付いていないようだ。ならば、その怠慢には利子をつけてやるべきだと思うのだが、異論がある者はいるかね?』
『ありません!』『異論なしであります』『たっぷりと取り立てて、ビール代の足しになってもれいましょう』『ボクはお茶代の方がいいな』『あたしはチョコ!』
各隊からは笑い声と共に冗談めかした声。戦場とは思えない。
中佐はそれを聞くと、満面の笑み。
『大変によろしい! では、たっぷりと取り立てることとしよう。総員戦闘準備』
各騎士はそれを聞いた瞬間、即座に戦闘準備を整える。
私は同時に深呼吸。何せこれが2度目の対騎士戦闘なのだ。
前を飛ぶ少佐が振り返り、笑み。
そして、大丈夫と、声を出さないで私に伝えてくる。
うん、大丈夫、私は大丈夫だ。
敵騎士部隊上空へと忍び寄り、そろそろ突撃命令が出るかな、と思ったその時だった。突然の無線。
『黒騎士01。珍しい獲物を追加だ。敵騎士の大分後方に約20機の航空機を発見』
『鷹巣。航空機だと? 集団で行動しているのか?』
『黒騎士01。どうやらそのようだ。目的は不明』
『鷹巣。了解した。ありがとう』
航空機は、基本的に単機行動が普通だ。少なくとも今までは。
騎士とまともにやりあえないし、速度や防御でも著しく劣る。しかも、騎士よりもずっと被弾面積が大きい。
そんな物が空中でのこのこ散歩していたら、いい的扱いである。
その為、西部戦線ではかなりの希少種で、戦線後方で使用されているか、騎士戦力が薄い戦場で弾着観測役としての活動が確認されているに過ぎない。
それにしたって集団運用は今までない筈だ。
中佐は『鷹巣』からの報告を受けて、数秒黙考。
『各隊、聞いての通りだ。騎士の後は航空機がお相手だ。珍しいダンスのパートナーだが、これもまた経験だ。楽しむ事にしよう』
『『『了解』』』』
『では諸君。行くとしようか。本部小隊、第1中隊続け!』
そういうと、中佐は急降下に移る。少佐も即座に追随。次いでミア。私は4番騎だ。
後ろから見ると、中佐と少佐の飛翔魔法は本当に美しい。戦闘機動に入ると魔力光が煌き、まるで物語のように幻想的である。
少佐曰く「中佐は魔力効率の桁が違う」とのこと。何時か私もああなりたいものだ。
高度6000から5000まで一気の降下。
しかも、本気の戦闘機動中なので、中佐と少佐の速度は恐ろしい程に速い。
余剰魔法式の大半を機動力へ回して追随する。
急速に近づく敵騎士。距離は――約500。前回なら撃っているところだ。
だけど、中佐はまだ撃たない。
流石に探知したのか敵騎士達は動揺。先制射撃をしてくるが、明らかに弾着は後方だ。速度にまるで追随出来ていない。
そして、距離が200を切った瞬間
『各隊、射撃開始』
中佐の落ち着いた声が響いた。その瞬間、私も射撃を開始した。間違いなく当たる、という確信を持ちながら。
※※※
後から、この日こそが歴史の分岐点だったのかもしれない、と空想したものだ。
おそらくは誰かが気付いたのだのだろう。
まだほとんどの人間が気付いていなかったこの戦争の本質に。しかも、この時期に。
それ自体はとんでもなく頭のよい事の証明であり、何処の誰かも分からないが拍手を送りたい。
貴方は正しかったのかもしれない、と。
ただ、その頭のいい人物にとって最大の誤算は、戦争には相手がいる、という当たり前のことを理解していなかった点だったのだけれど。
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