第十話 本部小隊ー4

 人は誰しもが魔力を持っている。この事実が公のものになったのは19世紀中頃だったらしい。

 

 勿論、魔法使いが活躍するその手の話は昔から色々あったけれど、現実の話として、魔法が認知されたのがそれ位の時期だと今では考えられている。

 だけど、当初は大した魔法も開発されていなかったし(それこそ、指先に火を灯すとか、ちょっとした風を吹かせる程度だ)、正直最初期の魔法は非効率極まりなかった。魔力量で無理矢理魔法を発生させていたに等しい。

 騎士学校時代に調べた時、よもやこの魔法が今日のそれに発展するとは、と驚愕した記憶が私にもある。

 その結果、それなら他の事に予算を使った方がマシ、と考え各国列強はほとんどこれを黙殺。

 そのまま進んでいたら、もしかして今日の世界はかなり違ったものになっていただろう。例えば、騎士なんて兵科は生まれずしていたかもしれない。

 ……余り想像出来ないけど。


 だが、帝国は違った。


 初代帝国大宰相は、この事実を耳にするや周囲の大反対を押し切り、膨大な予算をかけて魔法研究を開始。

 何が彼をそこまで突き動かしたのは謎だ。

 一説には、魔法発見、の報を受けた彼は飛び上がって喜んだという。

 ……なんでだろ?

 

 しかし、その結果は劇的だった。他の列強からすると劇薬だったろうが。


 大陸歴1852年から始まった半島戦争において、彼直属とされた魔法兵部隊は、戦場において無敵を誇り、一方的に死を量産した。

 当時の魔法兵は今の騎士に比べれば、恐ろしく鈍重で、持続性にも乏しい言わば重騎兵にも似た存在だったみたいだけれど、何せ当時の主力兵器であった前装式ライフルを完全に無効化しながら迫ってくるのである。

 火砲もその運用技術も今ほど進んでいなかった時代の軍隊からすれば悪夢そのものだったろう。

 その後の諸戦争においても帝国魔法兵は、各国列強からするとほとんど対処出来ない存在であった。

 

 それ以降、大陸各国からすると、帝国=魔法大国、であり、それはまた事実でもある。

 それを顕著に著しているのが、今日の戦況にも大きな影響を与えている魔装技術の大きな差だと言えるだろう。


 まぁ……使い手が下手くそでは、どんな技術も宝の持ち腐れになってしまうのは、今も昔も変わらないのだけれど。



※※※



 中佐に惨敗を喫し、意気消沈しながら連隊の駐屯地運動場上空へ戻った私達を待っていたのは、連隊の仲間達だった。

 

 ……あれ? 人数が大幅に増えているような。

 

 降り立った途端、またしてももみくちゃにされる。口々に言われるのは激励と私達を評価する言葉。どう見ても惨敗だったのに何故?

 戸惑いながらも、言葉を返しつつ、ようやく人混みを抜け観客席替わりだったのだろうか、設置されていたベンチにミアと座る。

 二人して無言。何時もは、飽きもせず話すのだけれど。

 

 するとそこに、ショートカットが良く似合う女性が近づいてた。


「やぁ、見事な負けっぷりだったね。ああ、取り合えずお疲れ様」


 そして、私達にマグカップを渡してくる。中身は紅茶だ。

 

「代用茶じゃないから安心して飲んで大丈夫だよ。中佐って食べ物の点ではうるさいからね」

「あ、ありがとうございます」

「――(ぺこり)」


 咄嗟に受け取る。階級章を確認――大尉だ。

 慌てて敬礼をしようとすると押しとどめられる。


「いいからいいから。まずは飲みなよ。ああ、ボクはルカ。ルカ・マイヤー大尉だよ。一応、連隊副官を拝命しています。よろしくね」

「私、小官は」

「ああ、エマ・クリューガー少尉とミア・フォン・クラム少尉だよね。昨日、散々レナ――ナイマン少佐から話を聞かされたよ。いきなり大活躍だったみたいだね」

「いえ」

「――少佐に着いていっただけです」


 少佐は大尉に何を話したのだろう? やけに好意的な反応に少し戸惑う。


「昨日は申し訳なかった。本当はボク君達の案内をする筈だったんだけど、連隊長からお使いを頼まれてしまってね、昨日は第325大隊司令部に行ってそのまま昨日の作戦に参加さ。相変わらず無茶をするから困るよ、うちの隊は」

「はぁ……その、第325大隊、と言いますと」

「ああ、それは」

「お、何だ、何だ。我が大隊の話か」


 大きな声で、佐官が近づいてくる。今度は敬礼。向こうも返礼してくる。


「第501連隊戦闘第325大隊大隊長のミュラー少佐だ。お疲れさん。お前達、大したもんだな! どうだうちの大隊に来ないか。すぐにでも撃墜王エースになれるぞ」

「少佐殿。その台詞を中佐に向けて直接言えたらボクも応援してあげるよ」

「副官、俺はまだ死にたくない。帝都には愛する妻が待っているからな」

「はいはい」


 ガハハ、と大声で笑うミュラー少佐。そして真顔になる。


「冗談抜きで、貴官らが本気でうちに来たい時は教えてくれ。騎士学校卒業したばかりでその技量――いやはや、末恐ろしいな」

「あ、ありがとうございます。ですが……」

「――惨敗でした。何も出来なかった」


 私とミアは素直にそう告げる。

 すると――きょとんする表情の少佐と、苦笑している大尉。


「貴官らは――ああ、まだ知らないのか。流石にそれは」

「ふふ、凄いね君達。あの中佐と模擬空戦をやって、幾らハンデ付きとはいえ勝つつもりだったなんて、これはレナが絶賛する筈だよ。確かに末恐ろしいね」

「どういう意味でしょうか?」

「――中佐は何者ですか?」


 すると、大尉は秘密を打ち明ける悪戯っ子のような笑みを浮かべると、私達にこう言った。


騎士の中の騎士ナイツオブザナイツというのは知ってるかな?」

「「!?」」

「まぁ、中佐は人前でそういうのを絶対に出さない人だし、自分から口にされてるのも見たことはないからね」

「うむ。中佐殿は本物の騎士だ。それは間違いない」

「ああ、ボクが話した事は内緒だよ? レナにばれたら怒るから。あの子、中佐のことになると我を忘れるんだ」

「本来なら我が大隊も副長が指揮される筈だったんだがな。中佐の僚機から外れるのは断固拒否された。あれだけの実績だ、本来は既に帝都召還も来ているだろうに。早く、目を覚まされてほしいものだ」

「誰が何ですって?」

「「「「!」」」」


 振り向くと柔和な笑顔でナイマン少佐が立っていた。……怖い。


「マイヤー大尉。とっとと、この乱痴気騒ぎを収拾なさい。いないとは思うけどアルコールを呑んでる馬鹿がいたら、後で連隊本部へ出頭させるように。ミュラー少佐、貴方の大隊が何故ここに? 中佐殿は昨日の作戦で疲弊した第325大隊には休暇を命じられた筈ですが?」

「レナ、顔が怖い……い、いえ、何でもないよ。分かった撤収させるよ、うん。任せておいて。じ、じゃ、ボクはこれで」

「た、大尉、自分だけ逃げようなどと……いえ、何でもありません!」


 少佐が目でミュラー少佐を威圧。

 その隙に大尉は小走りに騒いでいる人々の方へ向かっていった。

 同時に私達へ、内緒だよ、と口に手をやりサイン。了解です。


「はぁ……大方、どこからか今日の話を聞いたのでしょうけど、余りにも無防備でしょう? 幾ら此方の第2中隊が警戒に上がっているとはいえ、これでは駐屯地を分散している意味がありません」

「その点は抜かりなく。此方も1個中隊を即応体制で残してきました」

「……優秀過ぎるのも考えものですね、はい。これを」

「これは?」

「映像データ。今回の模擬空戦の様子が映っています。戦技講習にでも使ってください」

「はっ! ありがとうございます。……で、それは何枚作るので?」


 少佐が少し顔を赤らめる。コホン、と咳払い。


「ミュラー少佐、行ってよいです。とっとと、大隊をまとめて帰投なさい」

「了解です。ああ、二人とも、先程の件は本気だ。何かあったら報せろよ」


 にやり、と快活そうに笑うと大尉が収拾しようとしている人混みに向かっていた。

 どうやら、中佐も帰着されたらしい。一際、大きな歓声があがっている。


「さて、貴女達」


 少佐が此方に向き直る。私とミアは立ち上がり、深々と頭を下げた。


「――申し訳ありませんでした」

「自分達の未熟さを痛感しました」


 少佐は苦笑浮かべながら、片手を軽く振る。


「謝る必要はないわ。それが分かるだけでも貴女達には期待出来る。まして、あの中佐とあれだけ戦えたんですもの。誰でも貴女達を、そこらの新米だとは思ってないわよ、もう」――普通は一降下後に叩き落されて終わりよ。


 そして、少佐は私達にこう言った。


「私のことはレナでいいわ。ああ、勿論、兵の前では別よ。私も貴女達のことを名前で呼んでもいいかしら?」

「――はい」

「よろしくお願いします、レナ」


 三人で一緒に笑う。不思議だ、さっきまで泣きそうだったのにもう笑えている。

 ああ、そうか。今回の模擬空戦は私達の『自己紹介』の場でもあったんだな。


「なんだ、随分と仲良くなったようだな」


 そうこうしていると中佐が人混みから抜けて私達の傍に歩いてきていた。

 三人で一斉敬礼。中佐も苦笑しながら返礼を返してくれる。


「さて、これで君達はうちの本部小隊だ。異存はないな?」

「「はい! 申し訳ありませんでした」」

「謝る必要はないさ。大丈夫だ、貴官らは」


 中佐は何時も通り、温かい口調。そして、私達が生涯忘れない言葉をくれた。


「ようこそ、第501連隊本部小隊へ。貴官らを歓迎する。これから経験していく事は、地獄にも似た何かになるかもしれないが――私よりも先に死ぬ事は禁ずる。強くなり生き残れ。それこそが祖国への貢献となる。その魔装はその為にある。いいか、忘れるな。――死ぬな。必ず生き残れ」


 こうして私とミアは本部小隊の一員となった。



※※※



 この模擬空戦後、私とミアは今まで以上に研鑽を積んでいった。

 魔装に恥じぬ騎士になるため。何より、生き残るために。

 

 そして、中佐と少佐に付いて激戦場を渡り歩き、二人と離れた後も、私達はこの時聞いた中佐の言葉を繰り返し思い返してこの戦争を戦っていくことになるのだが――それはまだ先の話だ。


 


 

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