第九話 本部小隊ー3
騎士を騎士たらしめている魔装の外見は、一見何の変哲もない軽い外套である。
当然、中身は全くの別物で、現用の
防御を優先すれば、重砲の直撃でも堕ちなかった、との噂もある位だ。
直接防御力も高いこれら魔装だが、最大の特徴はその最大魔法式保持数にある。
例えば
戦場において騎士はこの1000という枠で、攻撃・防御・機動・治癒・反応強化等々の魔法を超高速で使用しつつ戦っている訳だ。
この数字がどれほどのものかというと、開戦時の共王連合側が開戦時使用していたのは実験部隊で700が限度、主力は500程度だったらしい。
現状でも800後半を何とか振り絞っているに過ぎない。
東方連邦に至ってはそのイデオロギーから軍から騎士を排斥、おもちゃのような航空機! で我が騎士団へ対抗しようとし……結果は、お察しの通り。
開戦以後、帝国が各戦場で赫々たる戦果を挙げ続けたのは、騎士各人の技量と、魔装の優越という要素は大変に大きかったように思える。
少なくとも、
さて、ここで思い出してもらいたい。私達が与えられたのは何型だったろうか?
※※※
模擬空戦開始の合図と共に、私とミアは少しでも高度上の優位を持つべく、最大速度で上昇を開始した。
帝国の最新型魔装
訓練時に使用した骨董品のような魔装とは段違いの効率。
流石、最大魔法保持数1800は伊達ではない。
思い切ってかなりの部分を機動性に魔力を回しても、まだかなりの余裕を感じられる。
ちらりと、中佐の姿を確認すると、かなり後方。どうやら上昇力勝負をする気は元からないらしい。
ならば私とミアはそれを活かす。
騎士同士の戦闘では、高度差を取った者が圧倒的優位に立つのは、昨日の実戦でも痛感している。
高度3000を過ぎると、同時に上昇を開始しながら、私達よりも遥かに早くその高度まで上がっていたナイマン少佐から無線が入る。
『二人とも、まだ始めちゃ駄目よ。中佐殿が高度3000まで上がってこられたらその時点で模擬戦開始とします』
『――了解です』
『了解しました』
更に高度を稼ぎ、4000まで上がった所で、再度無線。
『中佐殿、高度3000に到達――今から、模擬空戦を開始します』
少佐から、開始の連絡。
私はミアに合図。ミアも片手を軽く上げて、同意。
一気に急降下をかけ、中佐に襲い掛かる。先頭は何時も通りミア。
今回、使用するのは、妙な所に凝り性な帝国の技術者達が、騎士達の技量向上の為、という理由で開発した専用模擬弾である。
直接着弾しても肉体へ損傷を与えず、障壁に着弾すると、魔力へ色が付く仕様になっている。
騎士は戦場で常に障壁を複層展開しているのが常だが、この模擬弾を使用すれば、障壁が抜かれていないか、抜かれているかの判別が可能となるのだ(色の持続効果はもって30分程度らしい)。
上空から、ミアが中佐へ射撃を開始。当然、読んでいたのだろう、簡単に回避される。
私はそれを見て、少し遅れて射撃を開始。回避方向を先読みしながら連続射撃。
しかし――当たらない。かすりもしない。が、それも織り込み済み。
中佐から、距離300まで近づいた所で即座に上昇、離脱する。
私とミアが今回の模擬空戦で勝つ為に考えたのは、高度差を活かし徹底的に一撃離脱を繰り返す、というものだった。
恐らくだが、中佐の技量は尋常なものではない。
少佐の言動や、若くして中佐を拝命している(少なくとも20代前半にしか見えない)点。
そして帝都で聞かされた第13飛騎の様々な噂。
これらを総合的に鑑みて、今の私達では同じ土俵で戦っても勝ち目はない、と判断。ならば、最新型魔装の出力差に物を言わせ、徹底的に一撃離脱を繰り返す。
上昇力勝負では、やはり此方に分があるみたいだし、中佐は近接戦闘のみと明言されている。これなら翻弄し得る筈。
高度を回復して、再度急降下。そして、射撃。
またしてもあっさりと回避される。なんという回避能力。
舌打ちをしながら即座に離脱を開始――が、信じれれない事が起きる。
「――エマ、追いついてきてる」
「っ」
中佐は、後方から追随。しかも、急速に距離を詰めてくる。一体どうやって?
目を凝らす。障壁が――薄い?
「多分だけど、限界まで障壁を薄くしてその分を機動性に回してるんだと思う。俄かには信じ難い魔法制御だけど……」
「――問題ない。一発当てたら勝ち。分かりやすい」
ミアは淡々と応じてくるが、私の内心は恐慌状態一歩手前。
私には中佐がやってみせている事の困難さがよく理解出来ているからだ。
魔装には初期設定で割り振れている特性がある。例えば
残りの残魔法式は150だが、これを戦場で騎士が状況に応じて展開している。つまり、魔法式保持数1000と言っても、実際には魔装の性能が大半なのだ。
勿論、理論的には攻撃に割り振られている魔法式を防御や機動性に回すことは不可能ではない。ただし、恐ろしく制御が難しい。
果たして、高速機動しながらかつ瞬時の判断で生死が決まる戦場でそんな事が出来るだろうか?
騎士学校時代、私はこの割り振り変更を訓練で実行しようとしたことがあったから分かる。
私の推測通りなら――中佐の技量は私達の最大予測よりも遥かに上だ。
「ミア、一撃離脱が出来ない以上、目一杯近づいて仕留めるしかない」
「――了解」
当初の戦術案は放棄。高度3500で水平飛行に移り、追いついてきた中佐と相対する。ミアと目配せ。
「行くよ」
「――うん」
機動性に余剰魔法式を全て回し、最大速度を限界まで絞り出す。
急激な自分の魔力減少を感じる。それと同時に恐怖感を抱く位の急加速。
顔が強張るのが分かるものの、これ程の速度を実現出来ている歓喜。
この魔装は本当に素晴らしい。
射撃はあえて行わない。遠距離の牽制射撃ではまず当たらないだろう。
急速に接近してくる中佐。距離は500を切った。もう少し飛び込んで――。
その瞬間、中佐も急加速。私達に突っ込んでくる。
いきなり、相対速度が跳ね上がり、予測よりも急速に距離がなくなる。
咄嗟に射撃を開始。
「――エマ、駄目!」
ミアの鋭い声。中佐の周辺に、不透明な物体が飛んでいる。あれは?
瞬間、私の射撃に触れてそれは炸裂、眩い閃光。咄嗟に目を手で覆い視界を保護。その直後に金属音。
「やるなぁ」
「――エマはやらせない」
中佐の穏やかな声と、ミアの普段じゃあり得ない余裕のない声。
何とか、目を開けると中佐とミアが騎士剣と銃剣で切り結んでいた。
即座に弾倉が空になるまで射撃。が、中佐はあっさりとそれを回避しやや距離を取る。どういう反応速度。
「ミア」
「――目を離しちゃ駄目。この人は強い」
ミアが余裕を喪っている。勿論、私も。
『二人とも中々良い動きだ。少佐が褒めるのも分かる』
「……」
「――」
中佐は余裕綽綽。無線で此方の動きの論評までする位に。
『だが、まだまだこれからだな』
そう聞こえた、と思った時には中佐は私達の後ろに回り込んでいた。
へっ?
ミアも反応すら出来ていない。
私達二人の首筋に、少佐の両手が軽く触れる程度に当てれれる。
「さて、まだ続けるかな? 二人共」
間近で聞こえた中佐の声は、普段と変わらぬ温かいものだった。
※※※
幾ら最新型であっても技量次第では旧型に歯が立たない場合もある。
帝都で流行っていた文庫本の中にはそんな話もあったっけ。
単なる空想話かと思っていたけど、それを現実に見せつけられた方はたまったものではない。
こうして、私とミアは人生最大の惨敗を喫したのだった。
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