幕間ー1 とある共和国騎士の回想

「諸君、これは末代までその武名が語られることになるだろう作戦である」


 確かあの作戦が決行されたのは、開戦から1年余りが経った時期だったと思う。

 あの悪夢のような大敗北の損害が埋まり、質はともかく、物量差でようやく帝国軍と真正面からやりあえる実感を抱き始めた時期だ。


 当時、私は西部戦線所属のとある騎士中尉であった。

 開戦時には腐る程いた先任達も次々と戦死、もしくは負傷して戦場を去り、1年前までいてもいなくても同じ存在だった新米少尉の私が野戦昇進をし、その当時としては古参扱いされ、席次でも上位になっていた。

 その事実だけでも、当時の『黒死回廊』(余りにも人が死ぬ事から黒死病に例えて当時の我々は西部戦線をそう揶揄した)がどんなとこだったか想像がつくと思う。

 何しろ『二か月生き残ればそれだけで叙勲に値する』とすら言われた場所だったのだ。

 今から思い返してもよく生き残れたものだ。


「開戦時、我々は帝国の罠にかかり、悲劇的な敗北を喫した」


 帝国軍は強かった。末端の兵士に至るまでが例外なく精強だった。

 何故なら、帝国は兵の命を明らかに重要視していたからだ。


『汝等、帝国に貢献をなせ。さすれば汝等を、帝国は見捨てず』


 帝国の兵士募集ポスターに書かれている文言に偽りはなかった。

 騎士連中が装備している魔装は此方のそれに比べ、開戦時から防弾に重点が置かれていた。

 当初、私達が装備していた小銃では致命傷を与える事は絶望的になる程にその障壁は分厚かった。

 攻勢・防御時、常に与えられる分厚い砲兵支援。

 兵士一人一人には自動小銃と防弾着。

 此方の指揮官たちがすぐに命令したがる無謀な銃剣突撃など開戦以来皆無(行わない事はないが、万全な支援下でしか実施してこなかった)。


 そして何より食事。


 此方が、冷たく不味い飯を食べてる時に彼等は、温かい飯を三食食べていた。

 一度、彼等の食べていた戦場食をたまたま接収したことがあったが、その時の衝撃たるや! その後、我が軍の戦場食に戻るのには苦労したものだ。

 戦場を知らない人々はこの意味がどれ程の事か理解出来ないかもしれないが、その事実を知った時、私の胸に過った思いは一言『この戦争勝てるのだろうか?』だった。

 私が見る限り、開戦直後に共王連合が全面敗北しなかったのは、単に帝国が東部の揉め事を優先したに過ぎないとしか感じられなかったからだ。


「だがその敗北も、今日! この戦場で! 勝利の美酒に変わるだろう!!」

 

 当時、帝国は3個騎士軍(1個騎士軍で約1200騎)を編成していたと我々には伝えられていたが、西部戦線にいるのは実質1個軍程度だということも分かっていた。

 つまり、我々は『主敵』と認められていなかった。

 本気を出せば何時でも倒せる相手、それが帝国側の評価だったのだろう。


「勝つ為の手筈は作戦本部が整えた。あとは、諸君等の奮戦にかかっている!」


 共王連合軍連合作戦本部から、(基本的に様々な事が滞りがちになる前線で『手際よく』しかも本部直々の作戦プラン、という文言だけで気が滅入っていた)の説明を受けた我々だったが、内心、大いに懐疑的だった。


 作戦案は単純だと言える。


 第一段階として、前線へ作戦本部直轄の騎士2個小隊が浸透(彼等は前線裏へ浸透する為に、魔力反応を抑え込む特殊訓練を受けた精鋭だったそうだ)。

 その後、本作戦の為に開発された魔力幻惑装置を使用して、敵探知網を混乱させ敵騎士戦力を誘引。

 浸透した騎士は出来る限り攪乱を実施なから遅滞戦闘を実施。

 第二段階として、敵騎士戦力誘引を確認した後、私達の連隊が、最先鋒として当時の最激戦地区として知られた『黒の9』の制空権を掌握し敵砲兵を狩る。

 当然、敵もこの段階では此方の意図に気付く筈だが、後詰めには更に1個連隊を配置し、敵の対応次第で即時投入。

 最終段階として、我々及び増援騎士と砲兵による支援の下、前線突破を図り、虎の子の機甲師団を先頭に敵右翼包囲を行う。


 うまくいけば確かに、開戦時の借りを返せるかもしれない。

 しかし、この作戦案を考えたお偉方は帝国軍を甘く見過ぎているように感じられた。

 確かに、机上では成功したのだろう。

 だが、相手はあの悪魔のような帝国軍なのだ。

 第一段階での攪乱後、混乱したままである、とは到底思えなかった。


「我々は勝つ! 勝って奪われた祖国の地を奪還するのだ!!」



 当初、作戦はうまくいっていた。少なくともそう見えた。

 騎士達の前線裏への浸透は訓練の甲斐もあって成功し、敵探知網を混乱させた。

 敵無線は混乱した情報で溢れていたし、敵騎士戦力の移動(空中活動中の全騎士、と叫んでいる暗号無線が確認された)も確認された。

 誤算だったのは、浸透した騎士達が即座に迎撃に合い、予定されていた攪乱がそれ以上出来なくなったことだ。

 流石は帝国軍、素早い対応だった。

 ただ、敵に混乱を惹起させる事には成功した、と判断した作戦司令部は第二段階として、我々に『黒の9』空域の制圧を下令。


 その段階で、空域にいたのは、僅か3騎の敵騎士で、しかも混乱からか暗号を組むこともなく平文で情報を交信しており、その悲壮な内容からも作戦本部はますます、作戦成功に自信を深めたらしい。


 ……後から考えれば、これら全ては罠だったのだが。


 流石に1個連隊を相手に特攻してくる程、馬鹿ではなかった3騎の敵を追い、私が所属していた中隊は上昇、高度7000にて戦闘を開始した。

 先制こそされたものの、敵騎士の射撃技量は大したことはなく(無線情報では新米だったようだ)、多少、時間はかかっても3騎を片付ける事に疑いを持ってなどいなかった。

 

 そんな私の甘い予測が打ち砕かれたのは、今まで戦闘に参加していなかったもう1騎が戦闘に参加した時だった。

 その騎士が使用していたのは珍しいことにボルトアクションライフル(此方と同じ装備だ)だったが、それを瞬時に四連射。

 全弾が、此方の各長騎に直撃! 

 しかも第二・第三小隊長は一撃で障壁をぶち抜かれて戦死した。あり得ない。

 

 私は戦慄した。

 

 騎士とはしぶとい生物である。

 展開する障壁は多少の砲火をものともせず、また負傷しても軽傷ならばその場で治癒魔法が自動で発動する。

 確かに騎士からの魔力を込めた銃砲撃ならばその障壁を抜くことは出来るが、一撃で撃墜に至ることは稀である――少なくとも私の、共和国騎士の常識では。

 マチアス中尉が敵騎士の情報(軍にとって脅威になる敵騎士情報は両軍共に酷く熱心にやっていた)を得ようと、司令部へ必死にコンタクトを取ろうとしてるが、この段階で既に電波妨害は過去にないレベルだった。


 混乱する我々を他所に、敵騎士は突撃、我々を突破。更に2騎が喰われた。

 新米だと先程まで侮っていた敵騎士もこの短時間に慣れてきたのか、忌々しい事に射撃の集弾性は良好になる一方。

 前衛を務めていた敵騎士の障壁は、重騎士(装甲に特化した騎士。機動性が悪く前線では余り見なかった)かと思う程に堅かった。

 私も何度か直撃弾を得ていたが――貫けない。多少、改善されたとはいえ、この時期、我々の個人火力は決して褒められたものではなかったのだ。


 同高度に向き直り、再度、戦闘を開始した後は悪夢だった。


 先頭を突き進んできた敵騎士はあり得ない速度と戦技を見せつけ、私の仲間を次々と堕としていった。

 そして、遅れて突入してきた2騎の敵騎士が銃弾をばらまいてくる。鬱陶しいが回避しない訳にもいかない。気付けば――


 僅か3騎相手に1個中隊12騎が圧倒されていた。


 何の冗談なのだ! これは!

 私は、銃を握り締め、かなわないまでも敵騎士に最後の突撃をかけようと覚悟を固めた時、足元から、閃光と衝撃。そして轟音。

 

 ノイズが酷い無線からは空域制圧を行っている筈の本隊からの悲鳴。


『………な、なんな……』

『駄目だ! この砲撃は……全高度が……がる! 逃げ……』

『超長………魔法狙撃……』

『助けてくれ! 助……』

『俺の腕が! うでがぁぁぁ……』

『全隊、障壁全力で…………上昇……。生き残りた………障壁を…持……』


 これは――これは罠だったのだ。

 何処から此方の意図に気付いたのかは分からないが、我々は敵を嵌めるつもりが、逆に嵌められていたのだ。

 敵は我が連隊本隊を、各種砲火と騎士による超長距離狙撃魔法の的にしている! 

 

「敵騎士反応多数。本空域に接近中」


 中隊の数少ない生き残りであるマチアス中尉から泣きそうな声での報告。

 私は連隊本隊へ、上空に敵騎士が待ち伏せしている事を報せつつ、生き残った最先任士官として中隊(この時点で生き残りは先に脱落した者を含めても4騎しかいなかった)撤退を命じた。



「諸君、これは末代までその武名が語られることになるだろう作戦である」



 そう確かに武名は語られる事になった。

 勿論――我々ではなく敵のだが。

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