第六話 新米士官ー6
単独撃墜確認50~100騎以上(帝国の場合、戦線によって異なるけど)。もしくは、それに準じる大なる戦果を挙げた騎士。
単独でも局地的な状況を打破しえる可能性を持ち、多くの場合、騎士としても範となる存在である。
ただ、当然のことながらこの段階に至るのは極々少数だ。
普通は撃墜王になることすらなく、現役を引退していく。
だからこそなのか、この段階にいたる騎士に対しては妙な異名を付けたがる悪癖を帝国は昔から持っている。
前線からの推薦が出た場合、わざわざ参謀本部の専門部署が厳しい審査を実施。 その後、最低でも魔銀大十字章を授与した上で、任命するという大仰な事をし、最後の最後で軍公式の異名(ミアの『不落』は言わばそれの非公式版だ)を命名するのだ。
それ以後は軍公式書類にもきちんと記録されていくことになる。
最初、騎士学校でこの話を聞かされた時は、正直呆れ返ったのを覚えている。 もっと他に考えるべきことはたくさんあるんじゃないのかな?
初代大宰相閣下は何を考えてこんな事をしたのだろう。
戦意高揚?
うん、確かに分からないでもないけど。ただ、それだけが理由ではない気もするし。
まぁ、座学を一緒に受けた隣の男共や一部女子には妙にウケが良かったのは事実なんだけど。
それに、実際同じ戦場を飛んでくれるなら、この際、すぐにでも意見をひっくり返しますとも。私の乏しい信仰心を捨てるなんてお安い御用です、ええ。
※※※
「――敵騎士計8騎、同高度。距離1500」
ミアが敵情を報せてくる。
ナイマン少佐が手短に指示を出してくる。
「まず先行して私が敵の半数は潰します。貴女達は
「「――了解」」
――即座に殲滅して、あのあばずれ女の鼻を明かしてやるわ!!
少佐がわなわなとボルトアクションライフルを握り締めて、何か怖い台詞を呟いている。そんなに苦手な人なのだろうか?
「では――行くわよ!」
「「はっ!」」
一気に少佐が増速。私達の前に出て、敵に向かって距離を詰めていく。
私達もそれに続くべく増速――が、全く追いつけない。
慌てて全力で追いすがろうとするけど、逆にどんどん引き離されてゆく。
恐ろしく、速い。同じ魔装を使っているのに。
敵もその速度に驚いたのか次々と射撃を開始、集中し始めるが、まるでその速度に追随出来ていない。明らかに動揺。
『速すぎる! 何だあいつは!?』
『マチアス、あいつの正体はまだ分からないのか!』
『先程から再三試みていますが――電波妨害が激しく、情報照合もままなりません。こんな激しい妨害初めてです』
『なんだと。一体、何がどうなって……ぐぁっ……』
『中隊長!』
『くそ、抜かった……。マチアス、本隊に増援を要請しろ。おそらく奴は――』
少佐が射撃を開始。相変わらず、敵の長騎を狙い撃ちしているようだ。
高速機動戦闘中の騎士相手に、どうやって当てているんだろう、あれ。
ただ、あの分なら指示通り敵の半数は少佐に任せて大丈夫だろう。なら私達の獲物は。
「ミア、右!」
「――了解」
右端に展開してる一番援護が受け難い、敵騎士に対して距離600から二人分の射撃を集中させる。
敵は少佐に射撃を集中しているので、私達は無視している。チャンスだ。
撃墜が主目的じゃないので、込めている魔法は着弾した瞬間に散弾を撒き散らす炸裂魔法。
射撃に慣れてきたのか、着弾は良好。命中弾多数を確認。
敵騎士が脱落していく。
これは、協同撃破かな?
一瞬、喜びと躊躇いが浮かんでくるけど、強引に抑え込んで、高速で回避行動をしながら、付近にいる騎士へ次々と射撃を送り込んでいく。
命中弾はあったけど――薄い。撃破にもなってないだろう。
こうして、初めて戦闘をしてみると改めて痛感する。
騎士とはなんとしぶといものか!
近接戦闘になると、包囲されかねないので速度は保ちつつ敵編隊を抜ける。
周囲を見渡すと、上空で少佐が敵騎士2騎と渡り合っているのが見えた。
と思ったらまるで魔法を使った(魔法の力で空を飛んでる私が言うと変だけど)かのように敵騎士の後ろを取ると、速射で二騎を撃墜。
なんとまぁ、鮮やか。どうすればあんな事が出来るんだろうか?
まるでおとぎ話の世界の英雄のようだ――。
『C-14地区付近の、帝国軍全将兵告ぐ。衝撃に備えよ。繰り返す衝撃に備えよ』
いきなり広域通信が入る。
次の瞬間、足元から次々と閃光と衝撃。そして轟音。それらが延々と連続している。うわぁ……。
何がどうなってるかは分からないけど、取り合えずあの空域にいたら幾ら騎士でも生きてはいられまい。
「――エマ。注意散漫」
ミアから注意喚起。片目をつぶって了解と謝罪の意。
まだ、敵は残ってるけど、おそらく敵は大混乱中の筈。
なら、初撃墜の可能性もあるかもしれない。
「よし、ミア行こう」
「――了解」
『いいえ、必要ありません』
「!?」
この場所で聞く筈がない冷たい声が聞こえて、思わず急ブレーキ。
今、とてもあり得ない声が。
……遂に、余りの嫌悪感で幻聴を。
「――エマ、私も聞こえてるよ?」
「……ミア、嘘だと言って。お願い」
「ちっ、もう来たのね」
少佐が舌打ちしながら合流してくる。
周囲を見回すと、敵騎士は――まだ残存しているものの視界に見えるのは2騎だけだ。
私達が1騎を撃破したから、少佐は単独で5騎を撃墜破したことになる。
へ? もうその段階で撃墜王なんですが……。
「――敵味方不明――いえ、おそらく味方の約1個大隊。本空域へ接近中。高度6000。距離10000」
ミアが聞きたくない情報を告げてくる。
少佐の顔も強張っている。あれ? という事は少佐も知ってるのか。
『青薔薇01より黒騎士02。今からこの空域は私の大隊が制空します。貴女はそこの新米を連れてとっとと下がりなさい』
ああああああ。この声聞きたくない!
何で? どうして? あの人がこの場所にいるのよ!
『……黒騎士02から青薔薇01。どうして貴官がこんな所に?』
『答える必要性がないわね』
『青薔薇01。手柄が欲しいならとっとと中央部へお帰りになればよろしいのでは』
『黒騎士02。これは貴女の上官からのたっての要請なのだけれど? 彼にそう告げて良いのかしら?』
『…………青薔薇01。相変わらずですね』
『誉め言葉と受け取っておくわ』
下からは相変わらず、閃光、衝撃、轟音が続いている。
少佐に意見を具申する。
「少佐殿」
「クラム少尉、クリューガー少尉、命令通りに戦場を離脱します」
「「――了解」」
こうして――私とミアの初実戦は、何とも閉まらない形で終わりを告げたのだった。
なお、後退する際、空域に入ってきた味方大隊とすれ違ったものの、先頭を飛んでいたあの人――
扉をノックする前に深呼吸。一応軽く身だしなみを整えて、扉をノック。声をかける。
「連隊長殿。ナイマン少佐、参りました」
「入ってくれ」
「失礼します」
毎回、この部屋に入るのは少し緊張する。
相変わらず何の調度品もない殺風景な部屋だ。
部屋に入ると、彼は何時も通り報告書に目を落としていた。この人は余りにも働き過ぎる。
(後で副官にも、気を付ける、よう言っておくべきかしら?)
私が机へ近づくと、顔をあげる。優しそうな顔。
「すまんな。新米の御守りで疲れただろうに呼び出してしまって。ああ、かけて楽にしてくれ。ココアで構わないか?」
「はい。あ、いえ、連隊長こそお疲れな筈です。私が入れますのでお座りになっててください」
いいから、と笑いながら入れ始める。
――少しの沈黙。だけど、空気は悪くはならない。むしろ、とても落ち着く。
彼からココア(ミルクと砂糖たっぷり)を受け取り。真向いに彼も座る。話す事は今日の件だろう。
「今日はご苦労だった。最初、侵入の報告を受けた時は少々焦ったが最後は何とかうまくいってくれて良かった」
「はっ。有難うございます」
「取り合えず、敵1個連隊弱の騎士と、戦線突破用に展開していた敵歩兵部隊も大分叩けた。方面軍司令部から賞賛の電報も届いている。よくやった。流石はうちの副長だな。あの射撃用データの正確さは実に見事だった」
「いえ、そんな小官は義務を果たしただけです」
「それと、今日見た印象はどうだった?」
ああ、本題はやっぱりそっちか。
彼は、部下を大切にする――し過ぎる位に。
普通の騎士連隊では、ココア、がいきなり出されるなんて事はないのだ。
部下一人一人の好みまで把握して、それを手に入れようとする努力がされない限りは。
この人は、私達一人一人を見てくれている。そう心から思わしてくれる。
だから、だからこそ部下はこの人を死なすまいとして、戦場で死力を尽くすのだ。
「二人とも、新人とは思えません。十分、任に堪えうると判断いたします」
「そうか。なら決定だな」
彼から部隊の再編制案を手渡される。
そこには――。
※※※
勿論、我が姉を除けば、ね……。
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