第二話 新米士官ー2

 昔から、私は運が良くなかった。

 

 幼年学校の掃除当番を決めるくじ引きではハズレくじを何時も引き当てていたし、目の前でお気に入りのパンを買われてしまう事なんてしょっちゅう。

 騎士学校では何度演習での囮役を拝命(同期内で事前に取り決める。専らババ抜き一発勝負)したことか。

 

 ああ、でもだからと言ってこんな場所最前線でもそれを律儀に発揮しなくても良いと思いますよ――神様。


※※※


『鷹巣、鷹巣。此方黒騎士02。敵情の詳細情報を知らされたし』


 西北戦線の空中管制を担っている第1301通信旅団、通称『鷹巣』。

 帝都の騎士学校時代の座学でも最新の戦訓としてよく聞いた名前でもある。

 その優秀さは幾度となく西方戦線の危機を救ってきたらしい。

 

 最前線でのお散歩を急遽取りやめた私達は、取り合えず対空砲火の射程外まで離脱し、味方の陣地上空まで下がってきていた。

 今はナイマン少佐が再度情報を確認中だ。


『黒騎士02。現在、敵の一部と思しき2個小隊を戦闘331所属の増強中隊が捕捉、迎撃中。共和国の連中だ』

『戦闘331? 彼等は後方で再編成中だった筈。増強中隊と言っても半数以上は戦闘未経験のヒヨッコ達でしょう。幾らなんでも一個大隊相手は無茶が過ぎるわ。他の増援は?』

『黒騎士02。あんたの親玉からの指示だ。今のところ他の部隊は迎撃に成功していない』

『……なるほど。了解したわ』

『いいか。だ。確かに伝えたからな――幸運を』


 少佐は、通信を終えると数秒沈黙。

 そして此方に向き直った。その表情は、あの柔和な笑み。

 ……とてもとても嫌な予感が。


「さて、ピクニックは残念だけど中止にします。これからは実弾演習の時間よ。着任初日に実戦なんて――二人ともついてるわね」


 ほら、やっぱりろくでもない。

 

 そして、隣のミア。そんな顔して喜んでいるんじゃありません。

 騎士学校時代から何度貴女の無茶に巻き込まれて酷い目にあったことか――楽しい? 

 私は楽しくありません。私は貴女と違って平凡な人間なんだから。


「敵情については把握しているわね? 現在、敵大隊規模の騎士が前線後方へ浸透中。目標は物資集積場と推測。その一部を既に戦闘331が捕捉、迎撃中。ここまで何か質問は?」

「――敵騎士の装備と練度は?」


 ミア、ミア。お願いだからそんなやる気に満ち溢れた顔をしないで。 

 着任初日、しかもこれって……初飛翔じゃない? それでいきなり実戦って……。 

 神聖帝国の末期(末期に訓練兵を最前線に送ったらしい)じゃないんだから。


「鷹巣からの連絡がここまで遅れた事を考えると、少なくとも練度はそれなりに高いと見るべきね」――連中は私が言うのもなんだけど、恐ろしく優秀よ。


 少佐の言われた通り、緊急の警戒が発せられてからまだ間もない(3分も経っていない)。

 それにも関わらず即座に迎撃が行われて、しかも捕捉に成功している事を考えると、西北戦線の帝国軍は私が聞かされていた話以上のトンデモナイ人達のようだ。

 


 曰く『騎士・整備士・後方支援体制は間違いなく全帝国軍中最高水準』

 曰く『先手を取られても強引に先手を取り戻す』

 曰く『戦場での臨機応変――と言う名の欺瞞工作は。たとえ味方であっても騙される方が悪い』

 曰く『前線・後方問わず性格の悪い戦争狂ウォーモンガー多数所属』

 曰く『指揮官――特に第13飛騎(第13飛翔騎士団の略称だ)に所属している大隊長以上は頭がオカシイ。敵側に心から同情する。本気で交戦を開始する羽目に陥ったら悪魔ですら即座に裸足で逃げ出すだろう』



 etc.etc.……。

 信じたくはなかったけれど、どうやらそれらは真実らしい。だってこの状況を与えられている情報から推測すると……やっぱりろくでもない。


「少佐殿、意見具申よろしいでしょうか」

「許可します。何か面白い事に気付いたかしら」


 そんなに楽しそうな顔をされても。隣のミアも興味津々な顔にならないの。

 これから話す事が当たってるなら私達は。


「敵大隊の浸透は欺瞞じゃないでしょうか」


 帝都で聞かされた話では『鷹巣』が西北戦線に張り巡らしている探知網は帝国軍屈指――と言う事は、おそらく現段階では世界最高水準。

 そして帝国情報部によって、敵騎士の情報は日々更新。前線へ即座提供され続けている体制が確立されている。

 

 ……味方ながらそれはもうちょっと恐怖を感じてしまう位執拗に。

 

 今までの配置状況・使用している魔装・得意戦術・騎士本人の趣味嗜好・性格に至るまで。

 一人の騎士の情報だけで簡単な小論文が作れてしまう程だ。

 基本的には軍機だから、騎士学校時代にそれを詳細に読み込む事はなかったけれど、教材として公開されたとある共和国の騎士情報を見た時は、自分も前線に出たら敵国からこんな事をされているのか、と思って恐怖を感じた覚えがある。

 

 何故そこまで神経質になるのか? 

 それだけ騎士という存在が大きな脅威だからだ。

 

 空中を高速で飛翔しながら単独で重砲並の火力を発揮し、射撃精度は本職の砲兵以上(一部騎士に至っては火力・射程でも上回るらしい)。かつ並の砲火では堕とす事も叶わず、地上に降りてもその戦闘力は歩兵や戦車を圧倒する。

 

 その中でも単独5騎以上の戦果を挙げている撃墜王エースは熟練騎士と同義だし、単独公認撃墜数がある一定以上に達した(これは国や戦線によっても認定基準が違うらしい。例えば帝国なら、西北戦線の場合単独50騎以上だし、東部戦線なら100騎以上だ)撃墜王の中の撃墜王エースオブザエースは、最早単独でも部隊に対しての大きな脅威となる。

 更にそれらを超越してくる、単独撃墜が200騎以上の騎士の中の騎士ナイツオブナイツに至っては、最早その存在自体が味方からすれば福音。敵からすれば災厄にも等しい存在、とされている。

 ……本当に存在するのかな?

 

 勿論、戦力を集中すれば普通の兵科でも対抗出来ないことはない。

 ないが……基本的には『騎士には騎士』を当てるのがセオリーだ。損害が余りにも大きくなりすぎるからだ。

 そして『騎士は戦場の花形』とはよく言ったもので、とにかく派手なのだ。

 恐ろしく目立つ。何かしら行動すれば即座にばれる位には。

 

 まぁ、考えてみれば当たり前だ。騎士を騎士足らしめている魔装はその物理的な軽さ(何しろ普通の服とほとんど変わらない)と裏腹に、魔法技術の結晶みたいなもので無数の魔法式が組み込まれている。

 どんなに静謐性を高めても、それだけの数の魔法式が起動し続けていれば探知されるのは自明。

 一つ一つが微量であっても相対的には探知に足る魔力量になってしまうからだ。

 

『圧倒的な戦闘力を持つが、秘匿性に大きく劣る。よって奇襲兵科にあらず』


 これは今も昔も騎士の宿命だ。

 無から有を作り出す事でも出来ない限り、この問題は解決出来ないだろう

 

 そんな存在である騎士が1個大隊規模で、しかも『鷹巣』の探知網を潜り抜けて前線後方へ浸透中――いやいやいや。それを日常的に許すようなら帝国はとうの昔に本土決戦をせざるをえなくなっていただろう。

 少なくとも騎士学校卒業生の配属先第一希望が、東部ではなく西部になる位、派手な事になっていた筈。

 勿論、今回が初のケース、もしくは革新的な技術が開発されて実戦にされた可能性もあるしれない。

 けれど……その兆候を完璧に秘匿することが可能なんだろうか? 

 今までそれを完封しているから西北戦線は膠着状態を続けていたのに?

 

『情報の分野で圧倒し局地的に戦力集中を徹底して相対的な数の優位を保つ』

 

 それこそが共和連合に対して総数で劣勢ながらも、帝国が西北戦線で相対的に見て互角以上にやりあえている原動力なのだ。

 私達のような新人をいきなり空中偵察ピクニックに連れ出して大丈夫な程に。

 そうか。冷静に考えてみると低地王国の陣地上空を飛んだのはそこまで分かっていた上(つまり、敵側の陣地配置は此方に筒抜け)での行動だったんだな。共和国ならいざ知らず、低地王国の軍が強力である、とは聞いたことがないし。

 しかも、『鷹巣』からの最初の敵情報告。あの中でわざわざ、って言っていたのって……うん、やっぱりろくでもない。



「――よって欺瞞と判断します。そもそも大隊というのも疑わしい。少数での侵入を欺瞞術式デコイの大量使用か、もしくはそれに準じる何かで攪乱しているのではないでしょうか。敵の狙いは混乱に乗じた前線の押し上げ及びは我が方の騎士戦力分散にあるのでは?」


 パチパチパチ、と音がする。少佐が満面の笑みで拍手をしている。


「お見事。なら――これから私達がしないといけない事も分かるわね?」

「……はい」


 理解したくはなかったけれど。


「後方浸透中の敵騎士は欺瞞と断定。貴女の言う通りおそらく数も極々少数。戦闘331はヒヨッコが多いけど数で十分圧倒可能と判断されたところを見ると、下手すると捕捉したので全部かもしれないわね」勿論、貴女の言う通り何かしら新しい技術か魔法が使用された可能性もある。けれどそれは些細なことね。今私達がしないといけないのは――。


 少佐は本当に楽しそうな、あの柔和な笑みを浮かべて私達にこう言った。



「騙されたふりをして踊ってあげる『道化師』役ね」



※※※ 

 


 ああ……神様。幾らなんでもこの前の礼拝をサボった罰にしては重すぎやしませんかせね?

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