第三話 新米士官ー3
ミア・フォン・クラム。
姓の前にフォンとある通り、新貴族の一人。
しかも、本来は一代限りの筈の『フォン』姓を次代にも名乗る事を許された、数少ない家の長女。
騎士学校第40期生次席。当然の銀時計組。
基本的に無口。人と話すのは余り得意じゃないみたい。
座学や実習で圧倒的な成績を修めながら、首席になれなかったのはそこを教官が気にしたからだと思う。
そして、同性の私から見ても時折はっとする程の銀髪美少女。
無口なのと相まってか、初対面だと冷たい印象を与えるのかもしれない。
そう言えば騎士学校の後輩達も、懐くか・怖がるか、の極端に分かれてたなぁ。
残念ながら、外見と中身は別なのだけれど。
※※※
「――敵騎士を14時方向に視認。連隊規模。距離約30000。同高度」
ミアが淡々と報告してくる。
これから初実戦になりそうだと言うのに普段と全く変わらないのは流石と言うべきか、鈍感と言うべきか……何よ、ミア。誰も何も言ってないわよ?
全く、無駄に鋭いのだから。
それにしたって距離30000? どうすればそんなの見えるわけ?
言われた方向に目を凝らしてみるものの――無理。こんなの全然見えないって。
騎士学校入校以来の付き合いだから、彼女が見えた、と言うなら信じる。
けど、流石にナイマン少佐もまだ視認出来ないんじゃ。
「此方も視認したわ。やるわね、クラム少尉。久しぶりに最初期視認で負けたわ」――私もまた昼間に星を見る訓練が必要かしら?
どうやらナイマン少佐にも見えているらしい。
え? 距離30000だよ? 二人ともおかしくない?
幾ら魔法で身体強化をしても限度ってものがあるんだと、一般人代表の私としては大声で疑義を唱えたい。
まぁそれよりも、だ。問題はそこではなく。
「少佐殿。敵をこの距離で視認出来たのは僥倖でしたが……此方は僅か3名。しかもその内2人は、今回が初飛翔+初実戦です。警戒だけを発して後方へ退避するのが妥当かと愚考しますが……」
幾ら何でも、小隊にもならない人数(帝国における隊は2人で分隊。小隊は4人。中隊は12名。大隊36名で編成される。連隊は2個大隊)で連隊規模、70名以上の騎士を相手には出来ない。
何時の時代でも数は正義なのだ。
「意見具申を却下します。クリューガー少尉、さっきも言ったけど私達は道化役を演じなくてはいけない立場。それが真っ先に退場してしまったら、客席から石を投げられても仕方ないと思わない?」
「で、ですが!」
「――敵はまだ、此方に気付いていない。少なくとも高度上の優位は取れる。先制を取ることは可能」
ミアが口を挟んでくる。
言ってる事は正しい。正しいけど……。
仮に、仮にだ、ナイマン少佐が(正直、私は存在自体を疑りまくっている)かの『
ミアもまた銀時計組。栄えある我らが第35期生の次席にして、実質的な実力からすればトップの才媛である。実戦経験こそないが――戦えるだろう。
私自身は、お尻にまだ殻をつけてるヒヨッコだから戦力外。
物語だったら、何とかなる展開かもしれないけど、現実は何時も非情である。
幾ら高度差をとって優位を保ち、先制した所ですぐに包囲されてしまうだろう。 そうしたら、着任初日にして、初飛翔→初実戦→戦死、と言う何処も救いようがない話になってしまう。ほんと、ろくでもない。
だけど、少佐は首を横に振った。
「クラム少尉、貴女の意見も却下します」
「――?」
「貴女達の認識は根本的に間違っているわ。貴女達は何処に着任をしたのかしら?貴女達が着任したのは、帝国西北方面軍所属第13飛翔騎士団。無駄な死は絶対に許容されない、懇願しても私達が死ぬ事を許してもくだされない、それはそれは厳しい――帝国全騎士団中最強にして」――最高の騎士がおられる所よ。
少佐は、柔和な――今回は本当に素直な。ちょっとドキッとする位に魅力的な(今更だけど、少佐は本当に美人さんだ。しかも、私達とそんなに歳が離れていないように見える)――笑みを浮かべるとそう言い私達に告げ、この後の事を話始めた。
……まぁ、その内容は正直どうかと思ったけれど。
『鷹巣、鷹巣。此方黒騎士02。1個連隊規模の敵騎士を視認。現在、C-14地区から距離約30000。戦線突破を目論んでいると思われる。当方は3騎しかいない。今から、突破を図れられたら対応できない。至急、増援を乞う』
『黒騎士02。その情報は本当か? 此方ではまだその部隊を探知していない。しかも――距離30000だと? 誤認ではないのか? 前線後方へ侵入しつつある敵騎士大隊迎撃に上空にいた全騎士を物資集積場付近へ回している。今からそちらへは――1個中隊なら最速900秒で回せる』
『バカなのかしら、貴方は!? 視認しているからこそ報告をしているのよ! しかも、1個連隊規模相手に1個中隊? 最速で900秒? 死ね、と言うなら正直にそう言ってくれないかしら』
『――黒騎士02。失礼した。今、全力でそちらに回せる部隊を探している』
『いいのよ、鷹巣。間に合えば良いけど……無理そうね。精々、天国への道連れを増やすことにするわ――幸運を』
『黒騎士02。すまない――神の御加護を』
とてもとても悲壮感漂う台詞の応酬である。
物語で言う所の、全軍の崩壊を救う為に、犠牲になる覚悟を固めた悲劇の部隊指揮官、といった風。
ただ一点――この会話が魔法で暗号化されていない平文で行われている事を除けば。
「――動いた」
敵から目を逸らさず視認し続けていたミアが呟く。
どうやら敵も動き始めるらしい。
突然、此方の窮状が近くで聞こえてきて、だけどもう発見されてる。
その代わり、目の前の敵は僅か。おまけに増援は最低900秒後じゃないと展開しないときた。
普通なら平文なのを気にして罠を疑うだろう。話がうますぎる、と。
だけど、残念ながら人間は自分が信じたい現実を信じる。
敵からすれば、1年近く続いてきた西北戦線の硬直状態を崩す一大好機になるかもしれない。
開戦直後の『ワルプルギス会戦』の屈辱をも返せるかもしれないのだ。
しかも自分達がその最先鋒を担っている作戦で。
なにより、この土地は戦前まで彼等の国土だったのだ。
それを取り返せるかもしれない――なんて、なんて、甘い誘惑。
ならば、それをもう少し後押ししようか。
「し、少佐殿! 私達は僅か3騎です。後退しましょう!」
「少尉、それは出来ないわ。少しでも、1秒でも時間を稼がなければ前線が崩壊しかねない。貴女達は退避なさい。着任早々、新人を殺したなんて知られたら先に逝った戦友達に笑われてしまうわ」
「で、ですが」
「――私達も戦える。その為に訓練してきた」
「そ、そうです! 私達も戦います!」
「貴女達。……すまないわね」
当然のことながら、今の会話も敵に傍受されていることだろう。
我ながら、迫真の演技――恥ずかしくて穴があったら入りたい。
隣のミアの頬も薄らと赤くなっている。
少佐は満面の笑みで親指を立てている。
おかしいな。私達は戦場に、帝都では地味ながらも激戦地区の一つだと教えられた場所を飛んでいるのだけれど。
なんなのだろう、この余裕は。
そう今、私はこう思ってしまっている。
『負ける筈がない』と。
何の根拠もないのに。
もしかしたら、この後の戦闘で死んでしまうかもしれないのに。
本当におかしな話だ。
まだ、1発の銃弾すらを放っていない。
まして1騎の騎士すら堕としてもいない。
それにも関わらず――。
隣を見ると、ミアが此方を見ていた。考えている事は一緒みたいだ。
「――エマ」
「――ミア」
「「私達は勝てる」」
※※※
ミア・フォン・クラムは無口である。
外見は冷静沈着な銀髪美少女。
だけれども、その内面は案外と熱い、私の大事な
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