第一部『栄光』

第一章 新米士官

第一話 新米士官ー1

――大陸歴1935年春、帝国西北戦線――


 自分なりの覚悟は固めていたつもりだった。

 まぁ、その覚悟がまるで足りていなかった事にはすぐ気付かされたのだけれど。



※※※



 出来うる事なら軍人なんかに――まして騎士(『戦場の花形』と言えば聞こえは良いけど、とにかく一番狙われやすい)なんかになりたくはなかった。

 でも、適正検査で『魔法の資質有り。加えて空間把握能力高し。騎士過程の有資格者』と出てしまった以上、祖国への義務は果たさないといけない。

 何より、魔法の資質が高い者はすべからく徴兵には引っかかるわけだし、男女関係なく。なら、待遇がいい騎士になるのがまだマシな選択肢だったろう。

 それに、私が物心ついた頃から帝国は四方に敵を抱えていて、子供心にも何れ戦争が起きそうな予感はしていた(実際に騎士学校2年目に、当初西で、次いで東で戦争が始まった)。

 

 誰かが戦わなくちゃいけないのだ。

 

 そう思ったからこそ騎士学校にも自分から志願したのだし、2年間の厳しい訓練にも耐えて、努力もしてきた。

 

 その甲斐もあって先月、無事に騎士学校を卒業。

 席次は騎士過程卒業者約300名中の銀時計組(席次上位10名には皇帝陛下から直接下賜される)には惜しくも届かなかったものの、まぁ上位と言っていい。

 私の能力を考えれば本当に良くやったと思う。

 何しろ私達の代は、近年にない程の将来有望な世代だったらしいのだ。

 確かに上位の人達は私の目から見ても数段格上なのは在学中からひしひしと実感していた。

 

 上位での卒業自体は大変喜ばしい。

 特に卒業後に帰った時、両親が我が事のように喜んでくれたのは素直に嬉しかった。

 帝国において軍人――中でも騎士は特に尊敬される存在だからだ。

 何時もは私に厳しい父が「お前は私の誇りだ」と言われた時には私も思わず貰い泣きしそうになった。

 

 私自身も嬉しかったのは間違いないのだ。

 ……両親のそれとはまた違った意味だったけど。

 軍人になった以上、戦場に出るのは仕方ない。

 ただ、銀時計組のように初配属先がほぼ自身の第一希望通りになるのは望めないにしても、私の席次なら少なくとも第二・第三希望は通る筈だからだ。

 ずっと軍に残りたい訳でもないし、最低限の義務兵役期間3年間を果たし終えたらすぐさま予備役編入を願い出るつもりの私には、戦場で勇名を馳せたい英雄願望なんて皆無。

 そこそこの実績を挙げれて、かつ生き残れる配属先が最善。

 

 が……世の中はそんなにうまくいかない。

 初配属先を教官から告げられた私は大変困惑した。

 任地は私の第一希望どころか、第二・第三希望にかすりもせず、むしろ絶対に行きたくない場所だったからだ。

 


 

「……ねぇ、ミア」

「――何?」

「本当に此処が第13飛翔騎士団の駐屯地なんだよね?」

「――そう聞いてる」

「じゃあ……どうして誰もいないんだろう……」

「――――」



 今、私は帝国西北戦線、その制空権の一翼を担っている第13飛翔騎士団の本部が置かれている駐屯地にいる。

 が、本来ならば出迎えてくれる上官はもとより、騎士らしき人物どころか整備士の姿さえも見えない。ちらほらと警備をしている兵の姿は見えるけど……。

 配属先が書かれた命令書を再度確認する。

 

 場所、時間にやっぱり間違いはなし。初配属からまさかの迷子? 

 

 隣の普段冷静沈着な銀髪同期生びしょうじょも困惑しているようだ。思わず溜息が出る。

 とりあえず、警備兵に尋ねれば多少はこの困惑も解けるだろう。

 歩き出そうとしたその瞬間、女性の声がかかった。


「そこの二人」


 振り返ると、長身の若い女性士官が立っていた。階級は――少佐! 

 慌てる私を他所に隣の同期生は見事な敬礼をした。

 私も動揺しながらそれに続く。


「――ミア・フォン・クラム少尉。第13飛翔騎士団本隊付としてただ今着任致しました」

「エ、エマ・クリューガー少尉。同じく着任致しました」

「第13飛翔騎士団第501連隊副長のレナ・フォン・ナイマン少佐です。帝都からここまでは遠かったでしょう? よく来てくれたわ。歓迎します」


 敬礼を返しながら、レナ少佐はその美貌に柔和な笑顔を浮かべた。……後から考えると少佐の笑顔は不幸の前触れ無茶ぶりだったのだけれど。



「誰もいなくて驚いたでしょ? 基本的に騎士団全員がここに集まることなんてないのよ。いるのは本部の人間だけ。被害分散のこともあるし、普段は各大隊が少しずつ離れて駐屯しているの。それにしても――いやまさか本当に帝都が、貴女達みたいな将来有望な子を此方に送ってくるとは思っていなかったわ。連隊長殿から直接伝えられても信じられなかったのが正直なところね。どうしてか? だって、優秀な子達はほぼ全員が東部戦線を希望するでしょ。現状、我が国の騎士団主力は東部に展開しているし、派手な戦果を挙げているのは事実だもの。私の先輩や同期達も向こうで随分と楽しくやっているみたいよ。それに比べて西部は開戦直後の大会戦以降、双方とも穴倉に籠ったままの持久戦続き。積極的にやりあってるのは私達みたいな騎士同士だけ。勿論、うんざりする程の砲兵が集まっているけれど、帝都から見ると地味に見えるのは仕方ないわね。だけど」――だからと言って東部の重要性が西部より劣っていることは絶対にないから十分以上に留意するように。戦場の過酷さもね。油断は即座に死神を呼び込む位には此方も日常も殺伐としているわ。さぁ二人とも準備は出来たかしら? 楽しい楽しいお散歩の時間よ。今日は少し雲も出てるし良い戦場散歩ピクニック日和ね。



「し、少佐殿」

「何かしら?」

「いえ……その……」

「クリューガー少尉。疑問があるならはっきりと口に出しなさい。少なくとも我が隊において、積極的な発言は大いに推奨されているわ。と言うよりも意見を持ちながら、発言しない事を連隊長は酷く嫌われているから留意しなさい」

 

では、言わしてもらおう。 


「西北戦線では着任してから1時間と経たずに少数で空中偵察をするのですか!? あ、明らかに砲火が我々に集……ってか、かすった! 今、かすりましたら!!」


 そう、私は今、西北戦線、その最前線上空を飛んでいる。

 周囲に飛んでいる味方は少なくとも視界内には皆無。

 結果、敵の(共王連合のおそらくは低地王国軍)対空砲火は我々三人に集中している。

 何これ、怖い……。

 

 着任の挨拶が済んだ後、少佐は我々を魔装(最新鋭ニコラウス5型飛翔魔装の先行量産型とのこと)に着替えさすと満面の笑みで「早めに戦場に馴れた方が良いでしょ?」とのたもうのだ。

 

 少なくとも初日からこんな羽目に陥るとは誰が想像出来るだろう?


 うぅ……だから、西北戦線だけには来たくなかったのに……。

 昔からが嬉々として語りがたる(私にではなく父に)場所なんてロクな所ではないのだ。

 これでは命が幾らあっても足りない。


「だけど、クラム少尉は楽しんでいるみたいよ?」

 

 少し離れた場所を飛んでいる我が同期生は周囲に飛び交っている弾雨をまるで気にしていないようだ。と言うより魔力反応を見る限りあれは物凄く上機嫌モード。これだから飛ぶことそのものが大好き人間は困る。

 まぁそもそも、魔力量の桁が違うから並大抵の砲火であの子の障壁は抜くのは実質不可能なのだけれども。

 騎士学校では『不落』の異名を面白半分でつけられていた程なのだ。

 伊達にされてはいない。確かに彼女ならこの状況でも楽しめるのだろう。

 

 最新型魔装のお陰で、私の障壁も訓練で展開したそれに比べると随分と強力になっている――と言うか段違い。

 訓練で使っていた二線級の魔装は扱いやすかったけれど、出力自体が余りにも違い過ぎる。少なくとも倍以上な気が。

 これなら確かに多少被弾しても大丈夫――かもしれない。だから、私だって楽しめれば良いのだろうけど。


「ミアと一緒にしないでください! 私は普通の人間なので弾丸が当たったらすぐに死んでしまうか弱いか弱い新米なんです」


 やっぱり無理。残念ながら私は彼女程、図太くないのだ。


「――む、エマは時々とても失礼」


 不満気な声が聞こえてくるが、当然だと思う。

 それを見ていた少佐も笑い始まる。


「ふふふ、貴女達は面白いわね。それとクリューガー少尉」

「な、何でしょうか?」

「他人の事は言えないわね。貴女も普通の新米とはとても――」

 

 その刹那、無線から切迫した声が飛び込んできた。



『鷹巣より空中活動中の全騎士に通告――大隊規模の敵共和国騎士が我が前線後方へ浸透中。目的は物資集積場と思われる。迎撃可能なは直ちに迎撃を開始せよ。繰り返す。直ちには迎撃を開始せよ』



※※※



 まぁ、覚悟が足りない云々の前に、覚悟だけではどうにもならない事も世の中には、特にこの場所西北戦線ではありふれている事を思い知らされる方が早かったのだけれども。

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