騎士戦争物語~『彼』亡き後の世界にて~

七野りく

『彼』の生きた時代

 その国は取るに足らぬ小国の筈だった。

 

 数百年に渡って断続的に戦乱が続いていた大陸において、本来ならばいずれ間違いなく戦火の中で淘汰されていく運命にあっただろう。

 が……そうはならなかった。


 何故なら、その国には『彼』がいたからである。

 

 大陸を覆いつくした18世紀後半から19世紀前半の英雄戦争は、各国に膨大過ぎる血を要求していた。

 結果、束の間生まれた平穏な時代は『彼』に多少の――後世からの視点からすると十二分な――時間を与えた。

 その異才ぶりは、士官学校時代から発揮されていたようだが、それらのエピソードは最早語り尽くされているので、ここでは詳細について述べない。

 一点だけ挙げておくとするならば、学生の身でありながら入学後僅か一か月後には教える側に立っていたと伝わっている事から想像されたい。

 

 士官学校卒業後はまるでかのような『彼』の活躍が始まる。

 

 若くして国主となった親友を助け、絶望的な情勢の中、周辺の小国を次々と併呑。果ては、旧神聖帝国内において当時は圧倒的勢威を誇っていた王国軍をも打ち破る(各国から、英雄あくま再来、と畏怖され始めたのはこの時期だと言われている)。

 その勢いのまま、数百の小国が乱立し統一は不可能、と考えられていた当時の世間一般常識を鼻で笑い飛ばすかのようにあっさりと大陸中央部を統一したのが大陸歴1850年のことだった(余談だが『彼』はその年に、友人から紹介された18歳の女性と結婚している。当時としては晩婚と言える40歳での初婚で、年の差もあったが、夫婦仲は極めて良好だったらしい)。

 

 ここまでが、彼の前半生と言えるだろう。

 

 本来ならば、ここから下り坂になっていくのが普通の人間なのだろうが、彼の後半生は――逆であった。更に登り詰めていったのだ。

 

 統一後、大宰相兼大元帥として国内で様々な当時としては先進的かつ画期的な施策(教育・医療・産業・軍事等、彼が手をつけた分野は数えきれない)を次々と断行。

 その結果、国力は年々目に見える形で増大していった。

 それを苦々しげに見ていた各国列強だったが、『彼』の外交・軍事・経済という三面による硬軟織り交ぜた対応によって連携が全く取れず、無為に時間を浪費する羽目に陥っていた。

 後世、統一から次の戦争が開始される12年間は内政期――口さがない人間からは壮大な社会実験期間と揶揄されている――と呼称される事になるが、その時期を主要テーマに研究を積み重ねた研究者達(今では私もその末席に座っているのだが)をして


「『彼』はまるでかのようだった」


と言わしめるそれら諸対策は、皮肉な事に大陸へ仮初の平和をもたらしたのだ。


 大陸歴1862年、束の間の平穏が終わり大陸にまたしても戦乱の嵐が吹き荒れる。

 断続的に行われた周辺諸国との各戦争において『彼』は戦史へとその勇名を刻み込み戦場における不敗記録を更新した。

 この頃から、帝国軍もまた大陸最精強を謳われることになる。

 参謀本部による軍統制、

 鉄道・電信・後装式ライフル銃といった当時の最先端技術の全面導入。

 そして1852年から始まった半島戦争における大規模な魔法兵投入(後に飛翔魔法の開発とそれを効率良く展開させる魔装技術が生まれた結果、『騎士』へと発展してゆく。その為『騎士の萌芽』とも)。

 各国が積極利用に二の足を踏んでいた物を、『彼』は、さも当然であるかのように利用し、まるで躊躇しなかった。

 統一以後、12年間の平和は各国との間に今まで以上の技術的かつ思想的な差を生んでいたのだ。 


 一連の戦争で北方半島を併合、更には大陸東方及び南東へ領土を大幅に増やした『彼』によって指導されるかつての小国は、最後の獲物に狙いを定め始める。それは西方の大国である帝国であった。

 良くも悪くも17世紀以降の大陸史はかの国を抜きにして語る事は出来ず、悪名名高き一大戦乱である英雄戦争を引き起こしたのはつとに有名だか、『彼』からすればかつて祖国を軍靴で踏み躙った最大の仇敵である。

 

 当時の帝国は、英雄の孫が三代目皇帝として君臨していた。

 皇帝は(今でこそ評判は極めて悪いが)軍才こそ受け継がなかったもののその才覚は中々のものであった。少なくとも、帝国を受け継いだ後、大きな失政らしい失政は見受けられない。

 むしろ、外交関係に限って言えば英雄戦争以降、半ば固定化されていた各国間の関係性を打破し孤立状態にあった帝国を四半世紀ぶりに列強へ再浮上させた立役者と言えよう。

 だが、後世の人間は彼を単なるにしか見ない傾向が強い。何故ならば――(中略)。


 

 大陸歴1895年。

 かつて泡沫国家の一つに過ぎなかった小国を、大陸中央部から東部一帯に至る一大帝国へと育てあげた『彼』は帝都にて世を去った。享年85。

 最期まで現役であり、亡くなる数日前まで執務を行っていたと伝わる。

 帝国副宰相として晩年の『彼』を補佐していた一粒種である長男への遺言は


「決して私の真似をしようとするな。此方から戦争を行わず国内を固める事に専念せよ。


だったと伝わる。


 


 ……かくして『彼』は大陸に帝国というを生み出し、逝った。『彼』亡き後の世界がどうなっていったかは、読者諸氏もよく御存知だろう。



ジェラルド・イーグルトン著(大陸歴1985年)『騎士戦争物語』序文より

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