実話 怪奇話談

久喜尼子

実話 学校の怪談:白亜の殿堂

これは、私が高校時代に体験した学校の実話怪談。


先日、見慣れた藤色の校章のついた封筒が我が家に届いた。

30年以上前に卒業した高校の記念行事と同窓会のお知らせが入っていた。

同窓会というほどではないけれど、

地元に住んでいる当時の同級生達が、私が帰郷の際に、

食事会を催してくれた。

卒業してから30年以上たっているのに、

つい先週まで、一緒に通学したいたような、

そんな懐かしい気持ちがわっと溢れ出てきた。

「そういえば・・あの校舎」

「そう、あの校舎・・・」

「私達が卒業した後に、取り壊されたんだよね・・・」

「あの『あかずの間』があった校舎・・・」

そういいかけて、当時の同級生達は一斉に口をつぐんだ。


(誰もいないはずの、

あの「あかずの間」に

木魚がポクポクと打たれる音と、

読経が聞こえてきたよね・・)

私は思わず、そういいそうになった。

「空気を読む」という日本語は、大嫌いだけれど、

久しぶりの懐かしい同級生達との和気藹々とした集まりで、

雰囲気を壊したくなかった。

ただ、私の脳裏に30年以上前の当時の記憶が、

怒涛のごとく、次々と突然あふれでてきた。


その小さな田舎に引っ越してきたのは、父の転勤のためだった。


今は超高層マンションや有名大学のキャンパスが立ち並んでいるが、

当時は田んぼと竹やぶしかなかった。

国鉄の駅は木造で、溜池があった。

現在は、埋め立てられてバスターミナルになっている。

万博のために、建設された高速道路が駅から、

真っ直ぐ一本、太く、ドーンと伸びていた。

その万博道路だけが、異様に白く輝いていた。


夏の終りは、ミンミンゼミが、けたたましく、

ひどくうるさい。

草刈り後の、青臭いムッとした香りが鼻腔一杯に広がる。

汲み取り式便所や肥溜めも多く、

鼻をつくアンモニア臭や人糞のくさい臭い。

目にしみるほど、まぶしい黄緑色の田んぼと竹やぶ。

そんな国鉄の古びた木造駅から、

真っ白く輝く建物がみえた。

それが私が通うことになる高校だった。


真っ白く輝く西洋風の木造の高校の校舎は、

和洋折衷の建築を取り入れ、当時の最新のモダン建築だったという。

本館校舎には時計塔のブロンズの鐘。

玄関ホールのナデシコの花の形をした丸窓など、

かなり意匠を凝らした建築だった。

地元では、「白亜の殿堂」として親しまれていた。


第2次大戦中に米軍機から機銃掃射を受け、弾痕がいくつも残っており、

高校生の私には、生ナマしく目に焼きつき、

はっきりと記憶に残っている。


夏休みも終わりかけの頃、

あれほどうるさかったミンミンゼミの声が小さくなり、

鈴虫の声が、遠くに静かに聞こえ、

麦穂の香りや秋の気配がする頃だった。


その日は、1日中雨だった。


シトシト、シトシト

木造の校舎が、

ピシッー、ピシッーと木がきしむ音がする。


「いやな雨やね・・・」

当時、横にいた同級生は、落ち着きがなかった。


(確かにイヤな天気だ・・・)

と私も思った。


「そうじゃなくて・・・あんなぁ・・・あんなぁ・・・」

そこまでいって、彼女は、ハッとして、息をとめ、

フッーとため息をついた。

「ん・・、なんもないでぇ・・・」


「あんなぁ」は関西弁で、「あのね」の意味だ。

彼女はひどく怯えているようだった。

どうしたのだろうか・・・

不思議に思いながら、

教室から、廊下にでる。

廊下にある、自分のロッカーからカバンをだした。

床もロッカーも、

1930年台のものだろうか。

妙にレトロな、手の込んだ組み木作りでブロックで箱をつくり、

組み立てて、ロッカーを作っている。

全て職人技の手作りなのだろうか。

古色蒼然と漆とクレオソート油で磨き、

こげ茶色の床が、ピカピカに光っている。


もう5時近かっただろうか。

なのに、異様に薄暗い。

ガランとして誰もいない。

蒸し暑いはずなのに、突然、私の背筋にぞくっと冷たいものが走った。

なぜだか空気が凍り付いるように感じる。

木造校舎は、ガタピシと、すき間風が吹いていたのに、

突然、ピタリととまった。

まるで、その場の空気が寒天のように

トロンと固まり始めた。

寒い・・・

私の心臓だけがが、ドクッ、ドクッと大音をたてて鳴っているようだ。


なんだろうか。

何かおかしい・・・

右手を、チラリと肩越しでみると・・・

真っ白い長い服と、

白くて長い足が

すっーと後ろを動いていく・・・


一人、二人、

また一人、もう一人

すっーと私の後ろを、音もなく動いていく・・・


手が動かない。

足も動かない。

私は金縛りにあり、

全身が凍りついた。


それでも勇気を出して、パッと後ろを振り向いた

そこには・・・・

誰もいなかった。


いやな予感がして、家に帰ることにした。

慌てて、カバンに教科書やノートをつめこんだ。


やはり、肩越しからチラリとみると、

また一人、もう一人、

すっーと後ろを、音もなくスゥーっと動いていく。

顔はみえない。

長くて、白い服のスソ。

見えるのは細長い手足だけ。


も・もしかすると幽霊・・!

私の後ろに顔の見えない、

手足と胴体しか見えない幽霊がたくさん歩いている。

絶対、おかしい・・・

この学校に何かある。


次の日に、同級生に昨日、突然帰った理由を説明した。

「うん、うん、めっちゃわかる、わかるでぇ~」

彼女は、関西弁で平然と答えた。


「ホンマ、昨日みたいに雨がよう降る日にな、

あそこにいろいろでてくるんやで。

おばけかなぁ。

幽霊とちゃうか?

あんたもみたやろぉ?」

彼女はいつものことだと、関西弁をまくしたてながら、あっさり言い返した。


でも、それにしても何だろうか・・・・

一人や二人ではない。

たくさん、何人も何人も。

この校舎は過去に何があったのだろうか?・・・・


その日の夜、不思議な夢をみた。

本校舎の地下に通じる開かずの扉の蛇腹のカギ。

私はなぜか、それを見つけたのだ。

不思議だとも、なんとも感じずに、

開かずの扉をゆっくり開ける。

私は地下にどんどん降りていく・・・

漆で艶出しした手触りのよい柔らかい漆黒の木の手すり。

木造の組木作りの精緻な床と棚。

漆黒の木枠と白い漆喰の組み合わせが美しい教室。

防腐剤のクレオソート油の臭い。

そこで、白い手足と胴体しか見えない幽霊が

ふわふわと慌しく歩いているのだ。

相変わらず顔は見えない。

そんな本校舎の地下に行く夢を何度も見た。


この高校の過去には何かがある。

私はそう、確信していた。


社会科の先生に、私がみた「学校の幽霊」の話をした。

社会科の先生は、趣味で地域の歴史を調べていた。

「わかった。ほんなら、調べとったるでぇ~。」

関西の学校では、先生も関西弁である。


しばらくして、社会科の先生が、ちゃんと調べた上で、教えてくれた。

「この高校の建物は、第二次大戦中、野戦病院として使われとったんやって。

大阪大空襲のとき、ぎょーさん、けが人が運ばれてきたらしい。

薬も医療器具もなんもあらへん。たくさんの人が死んでもうた。

ちょうど、遺体をこの廊下にならべとったんやって。」


それからも、ときどき

雨がシトシト、シトシトとふるたびに、

教室で、

廊下で、

階段の踊り場で、

音楽室で、

美術室で、

部室で、

白い足しかみえない、

幽霊にすれ違った。


私が高校卒業した後、古い旧校舎は全て取り壊されてしまった。

私が高校にいた頃は、地下室はないことになっていた。

今は、駐車場になっている。

あの白い影の人達の魂は、まだあそこで彷徨っているのだろうか。

それともやすらかに成仏したのだろうか。


合掌


<おしまい>


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