episodeー3
童顔だったので、年齢を聞いて依恋は驚いたのを覚えている。
「君、高校生だよね……?」
「高三。名前は
「……
無表情のまま制服姿の依恋を見てそう聞いた彼は、多分顔には出てないけど相当に困っていただろうと思う。
「好きな人がいるんだ。どうしたら良いのか、全然分からない」
「つまり、男の人が好きだって事なのかな?」
「うん」
「だから、僕に色々教えて欲しいと……?」
「タダ喋るだけでも良いんだ……分からない事に答えをくれる人がいない」
暫く沈黙した後、彼は少し口角を上げて「分かった」と短く答えた。
それが常陸との出会いで、彼はいつでも気怠げで抑揚のない喋り方だったけど、底抜けに優しい人だった。
高校卒業するまで本当にお茶して喋るだけと言う関係を続けていたが、性欲盛る十代の依恋からすれば、経験を積みたいと言う邪な気持ちが育たない訳もない。
ただでさえ寡黙で大人しい常陸からは、時々何処からか色香が漂っている様に思えた。
「常陸、セックスがしたい」
「……ダメだよ。好きな人いるんでしょ?」
「常陸だって好きな人いるだろ? でも、俺と会ってくれるじゃん」
「それとこれとは話が違うでしょ」
「じゃあ、キスだけ」
「それはもっとダメ」
「……じゃあ、他の誰かに頼む」
「……依恋」
五歳年下だと言う事を最大限に利用した。
どんなに仲良くなっても、常陸は自分を見ない。そう言う釣れない所が良い。
別に攻略したいとは思わないけど、下手に惚れられるよりも適度に割り切れてる常陸との関係は、依恋にとって都合が良すぎた。
好きなのは雅だけだ。
何度も何度もこうやって攻め続け、一年程で常陸を口説き落とし、ベッドの中でのことも全て常陸から教わった。
言葉少なくベッドの中でも大人しい常陸は、淡々としていたけれど慣れない依恋をゆっくり、丁寧に、手解きしてくれる。
慣れて来ると次第に常陸の表情まで気が回る様になって来たが、彼はいつもどこか辛そうな顔をしていた。
控えめに声を上げる姿や情事の時にだけ歪む眉や潤んだ眸は、もっと狂わせてもっと煽ってみたいと思わされる。
攻めて、焦らして、泣いて縋らせてみたい。
強請るまで絶頂を与え無かったら、どんな声で欲しがるのだろう、とか。
そんな嗜虐心を堪えたのは、彼がいつも依恋以外の誰かを想って息苦しそうに喘ぐからだ。
酷く優しくしたくなる。
少し前に、唐突に彼からもう会わないと言われた。
「何で……?」
「依恋には好きな人がいるんだろ? こんな事してちゃダメだ」
「でも……常陸だって好きな人いるでしょ?」
「うん……もっとちゃんと向き合えば良かったって……後悔してる。だから、依恋にはそんな後悔して欲しくない」
「……でも、あいつはノンケだし、無理だ」
「黙ってちゃ何も始まらないよ、依恋」
子供をあやす様に頭を撫でられて、依恋は常陸がもう会う気が無いのだと悟った。
五年も自分の我儘に付き合ってくれた心優しいお兄さんは、酷く悲しげに不器用に笑って「幸せにならなきゃ」と抱き締めてくれる。
そのお兄さんに最後のお別れをしに職場へ押し掛けた。
今言わなければ、ズルズルと寂しさから引き摺られそうで、最初で最後のキスを強請りに行った。
多分、そこで遭遇したのが彼の好きな人だろう。
あんな風に慌てる常陸を見たのは初めてだった。
依恋は悪い事した、と思ったのだが踵を返して帰ろうとするその男を見て少しイラついたので、「とんだ邪魔が入ったもんだ」と言い捨てて帰った。
自分に殴り掛かって来るくらいの男なら良かったのに、そう思ったのだ。
数日後の地元で行われた夏祭りの日。
大学の後輩がダンスを披露すると言うので見に来てくれとせがまれて足を運んだ会場で、男に手を引かれてつんのめりそうになりながら着いて行く常陸を見掛けた。
「あんな顔するんだな、常陸……」
無表情で覇気のない常陸に、あんな顔させられるのはあの男しかいないのだろう。
そう思うと、一番仲の良い友達に恋人が出来て釣れなくされた時の様な寂しさがあった。
でも、常陸のその姿を見て「羨ましい」と思ったのだ。
依恋はその翌日から、雅を口説き落とすと言う難攻不落の迷宮ダンジョン攻略を開始した。
そして雅の恋人がいた発言で、木端微塵に砕かれたのだ。
恋愛経験のないと思っていた雅にとって人間と言う種の中で自分の上を行く存在が現れる事など、依恋は想像していなかった。
雅にとっての一番は、自分だと自負していたのに……。
恋人がいただと!?
そりゃ自分も五年も他の男を抱いていたけども!!
心は常に雅に向いていた。
その雅の心が、自分に向いていない事があった……。
危うく事故りそうになりながら、自宅へ到着し依恋は自室のベッドにダイブした。
ふて寝だ、ふて寝。やってられるか、ドチクショウ!
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